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読み継がれる理由とは? 漱石が描いた近代とは、現代人の可能性だった。

漱石と日本の近代(上)

石原千秋/著

1,404円(税込)

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発売日:2017/05/26

読み仮名 ソウセキトニホンノキンダイ1
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 232ページ
ISBN 978-4-10-603805-1
C-CODE 0395
ジャンル ノンフィクション
価格 1,404円

「自意識は強いのに他者との関係に自信が持てない」――漱石文学の主人公たちは皆、早く生まれすぎた“現代人”だったのかもしれない。『それから』まで主要な前期六作品を取り上げ、「漱石的主人公の誕生」という新たな解釈をもとに物語の奥に込められたテーマを浮き彫りにしていく。時代を超えて通じる閉塞感と可能性を読む。

著者プロフィール

石原千秋 イシハラ・チアキ

1955年生まれ。成城大学大学院文学研究科国文学専攻博士課程中退。東横学園女子短期大学助教授、成城大学文芸学部教授を経て、2017年5月現在、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。日本近代文学専攻。現代思想を武器に文学テキストを分析、時代状況ともリンクさせた“読み”を提出し注目される。著書に『秘伝 中学入試国語読解法』『学生と読む『三四郎』』『秘伝 大学受験の国語力』『漱石はどう読まれてきたか』(以上、新潮選書)、『近代という教養――文学が背負った課題』(筑摩選書)、『読者はどこにいるのか――書物の中の私たち』(河出ブックス)、『なぜ『三四郎』は悲恋に終わるのか――「誤配」で読み解く近代文学』(集英社新書)、『反転する漱石 増補新版』(青土社)、『漱石入門』(河出文庫)、『教養としての大学受験国語』(ちくま新書)などがある。編書に『生れて来た以上は、生きねばならぬ――漱石珠玉の言葉』(新潮文庫)など。

書評

歴史と小説を同時に読み直す飛翔力

小森陽一

「近代が終わろうとしている。近代文学も終わろうとしている。漱石文学も終わろうとしている」という、衝撃的な宣言から始まる本書は、選書としては異例の上下2巻本である。それは漱石夏目金之助の主要な小説12篇を、周到かつ一気に読み切らせる筆力で論じているからだ。
 しかし上巻と下巻の分け方に、漱石愛読者は異和感を覚えることになる。なぜなら下巻が『』から始まっているからだ。これまでの漱石研究の常識で言えば、『門』は『三四郎』『それから』と共に、前期三部作として分類されて来た。短篇を連ねて長篇とする後期三部作『彼岸過迄』『行人』『こころ』と一線を画すのは、その間に「修善寺の大患」という生死の境の体験もあり、漱石の創作方法と思想上の転換があったとされて来た。
 著者は「『門』以降の小説が家庭を書いている」として、あえて後期に位置づける。そして「家庭小説が大流行」した「明治三〇年代」に対して、「明治四〇年からはじまる『朝日新聞』連載の漱石文学が当時『新しい』と感じられていた」のは「ポスト=家庭小説」、「家庭が女によって壊される物語だった」からだと言い切るのだ。
「スウヰート、ホーム」という英語の翻訳語であることを忘れて日常語として使い、その崩壊が日々明らかになる「家庭」という漢字2字熟語が、日本近代文学史の忘れ去られたジャンルとしての「家庭小説」に飛び、それを解体して構築されたのが、「家庭が女によって壊される物語」という、漱石小説のまったく新しい意味づけに飛翔する。この三段飛びが本書の最大の魅力である。
 漱石の同時代読者の思考と感情の動き方を、新聞雑誌はもとより、双六のような印刷媒体までを、著者が徹底して精査した成果が本書には結実している。漱石が新聞小説家であり、その読者がかつて読み、そして小説と同時進行で読む小説欄以外の現実のニュース記事を、巧みにフィクションとしての物語に織り込んでいった特質を踏まえながらの分析が、この三段飛びを可能にしている。
「家庭」は、古くから漢字文化圏において、家の庭、すなわち家族の生活している空間やその様態を表す言葉として使われて来た。漱石の小説が発表された時代の中で、長い歴史を持つ言葉に、どのような特別な意味が付与されていたのかが、12篇の小説それぞれのキー・ワードに即して分析されていく。
 漱石の小説が発表された時代を、「明治民法に規定された遺産相続」の時代と位置づけているところに、12篇を貫く、人間関係の分析の著者独自の視点がある。すなわち「漱石文学は家族小説=明治民法小説」であるという認識が、漱石の小説における金銭の授受という茶飯事を、「近代」をめぐる世界史と日本史の火花散る交戦点として本書は描き出していく。
 私たちがいつの間にか自明化してしまっていた「近代」の2文字が、思考と感情の枠組を根底からゆるがす装置として蠢き始める。

(こもり・よういち 東京大学教授)
波 2017年6月号より

目次

はじめに
序章 漱石的主人公の誕生
主人公には二類型ある/山の手の作家・夏目漱石/彼らは何について考え続けるのか
教育と資本――『坊っちゃん』
「家屋敷」を売る長男/売り払われた「家柄」/資本としての学歴/「物理学校」というステイタス/「赤シャツ」のプライド/差別する〈坊っちゃん〉/常識人としての〈坊っちゃん〉/〈坊っちゃん〉の山の手志向
主人公と観察――『草枕』
主人公のいない小説/写生文としての『草枕』/観察の不可能性/「朦朧」と見る/誘惑する那美
女性と自由――『虞美人草』
時代の中の『虞美人草』/ポスト=女学生小説/『虞美人草』はなぜ失敗したのか/京都からはじまる物語/博覧会という事件/「私は商品だ」と、藤尾は決心した/二四歳、藤尾の嫉妬/「謎」は世界の中にある/語り手は遠慮している
事実と意味――『坑夫』
小説と写生文/自分を書くこと、あるいは意味の遅れ/漱石のジェンダー・トラブル
言葉と都市――『三四郎』
故郷から遠く離れて/三四郎のいるベき場所/故郷を失った男たち/三四郎の視線/自己を知らない三四郎/つくられる「女の謎」/三四郎の恋、美禰子の恋/翻訳する男たち、そして美禰子の結婚
法と権力――『それから』
近代的自我に目覚める代助の恋/三千代の恋の物語/次男坊・代助の物語/代助の文明批評/誰に「実を云うと」と語っているのか/代助の知らない代助の欲望/「隠居」を考える長井得/父の批判者としての代助/ブルジョワジー・長井代助/結婚の方へ

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