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非難すべきは、資本主義ではなく、経済成長主義なのだ。

経済成長主義への訣別

佐伯啓思/著

1,728円(税込)

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発売日:2017/05/26

読み仮名 ケイザイセイチョウシュギヘノケツベツ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮45から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 382ページ
ISBN 978-4-10-603802-0
C-CODE 0333
ジャンル 経済学・経済事情
定価 1,728円

私たちは実に大きな「誤解」をしている。経済成長が人々を幸福にする――という思い込みだ。すでに到達してしまった豊かな社会でこれ以上の成長至上主義を続ければ、人々の「ふつうの生活」は破壊され続けるだけなのだ。日本を代表する社会思想家が、「人間にとって経済とは何か」を根本からとらえ直した圧倒的論考。

著者プロフィール

佐伯啓思 サエキ・ケイシ

1949(昭和24)年、奈良県生まれ。社会思想家。京都大学名誉教授。京都大学こころの未来研究センター特任教授。東京大学経済学部卒。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。2007年正論大賞。『隠された思考』(サントリー学芸賞)『反・幸福論』『日本の宿命』『西田幾多郎』『さらば、資本主義』『反・民主主義論』など著作多数。

書評

普通に生きる世界を取り戻そう

内山節

 本書の問題提起は実に簡単なことで、普通の感覚、当たり前の感覚で生きていける社会をつくろうということである。
 ところがそれが難しい。なぜなら現代社会も、私たちも、普通であること、当たり前であることを見失っているからである。それが近代以降の時代である。
 たとえば著者は経済成長主義を批判する。経済成長が悪いといっているのではない。そんなものは社会づくりの指標にはならないにもかかわらず、経済成長が絶対的指標であるかのごとくなっている時代が異常だと述べているのである。経済成長をしなければいけない、そのためにはイノベーションが必要だ、グローバリズムも不可欠だ、そういう言説があたかも正しいことのように支配しているのが、今日という時代である。だが、それは正しい言説なのか。それが正しいことを誰も証明してはいない。だがそれを当然視してしまった時代が、われわれの時代なのである。本当は、資本主義的な経済成長は、われわれの生きる世界を破壊しつづけているのではないのか。はたしてイノベーションやグローバリズムは、私たちに豊かさや幸せをもたらしたのであろうか。
 本書は、経済学にも造詣の深い社会思想家が書いた経済哲学の本である。人間とは何か、人はどう生きたらよいのか、人間が生きる「世界」とは何か。そういう問題意識をもちながら経済をとらえたとき、経済成長を絶対化してきた経済学の浅薄さがみえてくる。経済を数字でのみとらえる思考からは、数量化できないものは捨て去られる。しかし、数量化できないもののなかに、人間たちが求めている幸せはあったのではなかったか。そういう問いかけをしながら経済学を再検証すれば、参考になるのはこの本のなかで書かれているアリストテレスの経済のとらえ方であったり、『道徳感情論』とセットで読まなければいけないアダム・スミスや、「世界-内-存在」として人間の存在をみていたハイデッガーやハンナ・アーレントの哲学、社会のなかに埋め込まれた経済を求めたカール・ポランニーの経済社会学であったりする。
 経済とは何かを根本からとらえ直し、普通の感覚、当たり前の感覚から遠ざかってしまったわれわれの時代の異常さを描きだす。この作業をへなければ人間らしさが回復できない。それほどまでに私たちの時代は破壊されてしまっているのである。ただし普通とは標準的であることではない。日々の営みに追われながらも、ふと自分の生きる世界を問い直す。そういう人間こそが、長い歴史を紡いできた普通の生き方をした者たちだと著者は考えている。
 考えてみれば資本主義も近代的なものの考え方も、偶然性の影響を受けながらヨーロッパに生まれたローカル・モデルにすぎなかった。背景には中世キリスト教社会があり、戦乱に明け暮れたヨーロッパの歴史があった。それは絶えざる拡張を求めた歴史でもある。だがこのヨーロッパ・モデルに世界は巻き込まれた。さらに戦後になると、ヨーロッパ・モデルの亜種として生まれたアメリカのモデルに世界は飲み込まれていった。そして、この歴史を批判的にとらえなおそうとせずに、それが歴史の発展であるかのごとく位置づけてしまったとき、絶えざる経済成長を求めて自分の生きる世界が破壊されていく現実にさえ気づかなくなるほどに、人間たちはこの時代に飲み込まれてしまった。
 だから著者は本書のなかで、根本的な問いを繰り返す。人間とは何か。人間の生きる世界とは何か。それはこのような問いを忘れてしまった経済学への批判でもあり、そのことを絶えず問いつづけるのが人間であるという「人間主義」の思考こそが、私たちが飲み込まれている現実から自由になる出口を用意していると、著者が信じているからでもある。とともに、少なくとも現在の日本のなかには、経済成長よりも幸せな関係を求める人たちがふえていることを著者が知っているからでもある。
 読み応えのある本である。現実の経済がどのような壁に突き当たっているのかを読み取ることもできるし、本物の経済学とは何かを学ぶこともできる。経済学を突き詰めれば哲学になることを知ることもできるし、近代から現代の歴史とは何かを読むこともできる。経済成長主義やグローバリズムの虚構性を語りながら、その背後にある思想や人間たちの精神のすべてを描き尽くそうとした壮大な試みが本書である。
 成長、効率、イノベーション、グローバリズムといった言葉に追い立てられている現実から自由になって、普通に生きる世界を取り戻そうという著者のメッセージは、はたして今日の人間たちに届くのだろうか。私は届くと思っている。

(うちやま・たかし 哲学者)
  波 2017年6月号より

目次

まえがき
序章 人間復興の経済へ
成長至上主義の思考/グローバル資本主義の機能不全/アベノミクスのディレンマ/賢明な破局主義/人間=中心主義
第一章 『スモール・イズ・ビューティフル』を読み直す
(一)ハーメルンの笛吹き男
「物的豊かさ」には満足している
(二)シューマッハー再訪
40年前のベストセラー/歪んだ仕事から正気の社会は生まれない/何がよき生活か、何がよき人生か
第二章 1970年代に社会転換が生じた
(一)せめぎあう経済学
数学に席巻された理論経済学/アメリカの「マス・エコン族」/「ホモ・エコノミ力ス」という人間観
(二)ベルの「脱工業社会」論
ベルの予測した社会/脱工業社会の意思決定
第三章 高度情報化は「衝動社会」を生み出す
(一)限界費用ゼロ社会?
レーガンの新自由主義以降/コストのかからない社会
(二)「衝動社会」の見えないコスト
何でも手に入る「恐ろしい社会」/情報過剰社会の居心地悪さ
第四章 「稀少性の経済」と「過剰性の経済」
(一)「あふれ出る社会」へ
個人主義、合理主義、自由主義、能力主義/脱工業社会とは何か/無限の欲望と資源の制約
(二)「稀少性」から「過剰性」へ
稀少性とは何か/「過剰性」とどう付き合うベきか
第五章 経済成長はなぜゆきづまるか
(一)経済成長とは何なのか
成長主義という強迫観念/成長が鈍化する三つの理由/イノベーション信仰は正しいのか?
(二)イノベーションは成長をもたらすか
誤った信仰にとらわれている/「ふつうの人」に便益が還元されない
第六章「人間の条件」を破壊する「成長主義」
(一)「人間の条件」とは
「生命」、「自然」、「世界」、「精神」/「生の条件」になじまない経済成長/ソフィストとソクラテスの対立
(二)変わり者が遂行する「創造的破壊」
「人間が作り出すもの」を拡張する世界/永続するストックを破壊する経済成長/シュムペーター「創造的破壊」の真意
第七章 経済成長を哲学する
(一)問題は「価値」にある
成長についての形而上学/過去と現在の幸福は比較できるか/農場の規模が大きいとできなくなること
(二)「世界」を壊す経済成長
「世界」とは無縁なもの/「世界」が少しずつ崩されてゆく
第八章 グローバリズムは人間を幸福にしない
(一)自由貿易論の虚偽
アメリ力は自由貿易の国か/比較優位論が成り立たない/自由貿易は国を豊かにしない
(二)スミスとケインズの知見
スミスのいう「自然のなりゆき」/そこそこの楽しみ/スミスとケインズに共通した人文主義/外ヘ外ヘ求めた近代主義/経済的な進歩と人間的なものの退歩
終章 成長主義と訣別する
(一)カール・ポランニーの経済学
市場は社会的存在/ポランニーの「善き生」
(二)「外延的拡張」と「内向的凝縮」
ポスト・モダニズムが消滅させたもの/外延的拡張と内向的凝縮のモーメント
(三)「足し算」から「引き算」へ
引き算の原理を
(四)「ふつうの生」へ
「ふつうの生き方」が難しい/「方法的悲観主義」でいい
本書で紹介されている主な書籍

キーワード

担当編集者のひとこと

「ふつうの生」を送ることのすすめ

 那覇空港から「ゆいレール」で10分くらいの旭橋駅近くに、「ジャッキーステーキハウス」はある。戦後間もなく創業された那覇でも老舗の人気店だ。那覇に行くたび、私は一度はこの店に寄り、「肉欲」を満たしている。いつ行っても満員なので、開店直後の午前11時に入ることにしている。こんなに繁盛しているなら、きっと2号店、3号店があるのだろうなと思うのだが、店はここ那覇市西にしかない。ある時、雑誌に店の社長(ご婦人です)のインタビューが掲載されていて、こんなことを言っていた。
「ジャッキーはこれからも1店舗。この味を守るため広げられないのです。夢は店を支えてくれる従業員の福利厚生を、沖縄で一番にすることです」(「コーラルウェイ」2017年若夏号)
 国のGDP(国内総生産)を増やすチャンスは逃しているけど、いい話だなと思った。格好いい社長だな、とも思った。
 さて、この本、『経済成長主義への訣別』は、佐伯さんご自身も「まえがき」でお書きになっているように、拍子抜けするほど「あたりまえ」のことを訴えている。それは、「ふつうの人」が「ふつうの生を送る」大切さである。
 なぜ、そんなあたりまえのことが、しづらい社会になってしまったのかを説明するのに、なんと380ページも費やさざるを得なかった。それほど、今日の資本主義は複雑な構造をし、その動力機関を動かすため巧妙に私たちの欲望を刺激するシステムを作り上げている。
 佐伯さんは、経済成長そのものを批判しているわけではない。経済は成長してもかまわないし、しなくてもかまわない。「経済成長こそが最も大切で、経済成長が人間を幸福にする」という考え方が間違っているのだと言う。同じように、「グローバル競争、技術革新などを推し進めることによって人間は幸福になれるのだ」というのも思い込みにすぎないのだ、とも。要するに、今、手にしている量を明日にはもっと増やすべきだし、今ないものを明日には作ろうと一丸となって社会が進むべきではないと言っている。
 そうではなくて、親しい友人と語り合う時間を過ごしたり、家族と食事をゆったりと楽しんだり、野山でじっくりと自然に接したり、音楽を聴いたり、本を読んだり、そういうことを堪能できる成熟した社会に私たちはすでに到達しているのだと説いている。
 誤解をまねく言い方かもしれないが、「より良い生活」――つまりより高価なモノに囲まれた生活、他人の評価が必要な生活――を目ざすのではなく、「好きな時間、心地よい生活」を個々人が個々の形で求めようではないかと言っている。
 経済成長主義をやめて、明日からどういう生き方をすればいいのか、社会はどう変わるべきなのかは、ここには書かれていない。なぜなら、この本は、「思想の書」だからだ。経済至上主義は思い込みなのであって、それを捨てた時、大切なものは個々人によって異なるので、答えは書きようがないのだ。
 那覇の「ジャッキーステーキハウス」の社長が、経済成長が何より大切であると思っていたならば、2号店、3号店、4号店、5号店をとっくに作っていただろう。つまりは、そういうことなのである。

2017/06/20

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