文学賞

第38回
新田次郎文学賞決定発表

受賞作 
『月まで三キロ』(新潮社)伊与原新

『月まで三キロ』伊与原新

正賞及び副賞百万円
公益財団法人 新田次郎記念会
理事長 阿刀田高

[選考委員]阿刀田高 西木正明 宮城谷昌光 諸田玲子

 第三十八回新田次郎文学賞は、四月十六日上記のように決定致しました。この賞は、故新田次郎氏の遺志により設定されたもので、氏の印税を基金とし、下記の規定によって年一回授賞されます。
一、前年一年間(第三十八回は平成三十年一月―十二月)に初めて刊行された作品。
一、小説、伝記、エッセイ、長短篇等の形式の如何を問わない。
一、歴史、現代にわたり、ノンフィクション文学、または自然界(山岳、海洋、動植物等)に材をとったもの。
一、以上の条件を充たしたその年の最もすぐれた作品を選定する。
(尚、本賞では、候補作の発表は致しません)

[選評]
新鋭にして普遍的な小説/諸田玲子

『月まで三キロ』は過去の受賞作と少々趣を異にしている。この賞はフィクション・ノンフィクションを問わず、実在の人物を扱った広義での歴史小説や、山岳小説に代表される自然界を題材にした作品が対象だが、本書は歴史小説でも山岳小説でもなく、実在の人物も出てこない。自然界の知識がちりばめられてはいるものの、きわめて小説的な企みに満ちた短編集である。実は選考会でもそのことが議論になった。素晴らしい小説であると誰もが認めた上で、本賞にふさわしいかどうか、という議論である。ちなみに私も、本書に惚れ込みつつ、どこまで強く推せるか自信がないまま選考会に臨んだ。
 ところが、議論をしているうちに確信が生まれた。この本こそ受賞にふさわしいと……。ここには生きづらさに悩み、孤独や苛立ちを抱えた人々が登場する。彼らは私たち自身の姿でもあって、普遍的であると同時に現代社会のひずみの産物でもある。そんな彼らが未知の知識と出会うのだ。月だったり海底の堆積物だったり雪の結晶だったりアンモナイトだったり火山だったり……各々の知識そのものにも興味をそそられるが、眼目はそこではない。知識を得る喜びを知ったからといって人生が劇的に変わるわけではない。誰かが目を輝かせて知識を探求することが、別の誰かにほんのちょっぴり影響を与える――化学反応のような出来事が平凡な日常にも起こり得るというストーリーが、じんわりと胸に迫る。
 人工知能は進化をつづけ、今や人類の頭脳をはるかに超えてしまった。でも、私たちのちっぽけな頭には千差万別の身体がついていて、そこには複雑な感情が宿っている。先端の知識は人の情と結晶してはじめて救いや涙や愛を生み出すのだと、本書はさりげなく教えてくれる。時代の転換期でもある今回、まさに正鵠を射た受賞作を選ぶことができて嬉しい。伊与原新さん、おめでとうございます。

[受賞の言葉]
科学と山と小説と/伊与原新

 科学者と登山家は似ている。そこに山があるから登ってしまうのが登山家なら、そこに石があるから拾い集めてしまうのが科学者だ。抗いきれないその衝動は、他者にはなかなか理解が難しいかもしれない。
 かつては私も、科学研究者の端くれであった。だが、自分自身の中にある衝動よりも、衝動のままに研究に没頭する人々への興味のほうが強かったために、小説を書くようになったのだと思う。
 科学という営みもまた、山に似ている。先人が築き上げてきた巨大な知識の山を一歩ずつ登り、誰かが掛けたはしごを足がかりにして、最新の知見という頂きに至る。
 そこで科学者が見ている風景を、世界のありようを、人生にいきづまったごく普通の人々が偶然のぞき見ると、何が起きるか。そんな思考実験を、『月まで三キロ』では試みた。
 その結論が的外れなものではなかったかという不安も、受賞の報を受けて吹き飛んだ。これからも科学という山と物語との間で格闘し続ければいいのだと、覚悟を新たにしている。

2019年5月31日(金)に第38回新田次郎文学賞授賞式が行われました。伊与原新さんの受賞挨拶です。

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著者紹介

伊与原新イヨハラ・シン

1972(昭和47)年、大阪生れ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻。博士課程修了後、大学勤務を経て、2010(平成22)年、『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞。2019年『月まで三キロ』で新田次郎文学賞受賞。他の著書に『プチ・プロフェスール』『ルカの方舟』『博物館のファントム』『梟のシエスタ』『蝶が舞ったら、謎のち晴れ 気象予報士・蝶子の推理』『ブルーネス』『コンタミ 科学汚染』『青ノ果テ 花巻農芸高校地学部の夏』『八月の銀の雪』『オオルリ流星群」などがある。

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