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日中戦後外交秘史―1954年の奇跡―

加藤徹/著 、林振江/著

858円(税込)

発売日:2020/03/14

書誌情報

読み仮名 ニッチュウセンゴガイコウヒシセンキュウヒャクゴジュウヨネンノキセキ
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 234ページ
ISBN 978-4-10-610855-6
C-CODE 0221
整理番号 855
ジャンル 歴史・地理
定価 858円
電子書籍 価格 858円
電子書籍 配信開始日 2020/03/20

日中がまだ「戦争状態」だったころ一人の中国人女性が羽田空港に降り立った。数万人の日本人を救った奇跡の物語を掘り起こす。

一九五四年十月三十日の夜。一人の中国人女性が羽田空港に降り立った。当時の日本にとって、数万人の残留邦人の引き揚げは急務。一方、建国したばかりの中国は、西側諸国との関係を築くための突破口を探していた。まだ日中に国交がない時代、綱渡りの外交の主人公を務めたのが女傑、李徳全だった。その滞在中の言動は行く先々で熱狂と波紋を呼び、両国間に奇跡が——戦後史の中に埋もれていた秘話を丹念に掘り起こす。

目次
はじめに
処女作には全てがある/最悪だった日中関係/未来のための記憶遺産
第一章 日本人の引き揚げと赤十字
六六二万人の引き揚げ/不安定だった新中国/ソ連との関係で苦労した毛沢東/抗日と反日を区別した周恩来/北京の江戸っ子と呼ばれた廖承志/「対米隷属」の真相/外交音痴ではなかった日本人/引き揚げいまだ完了せず/赤十字というチャンネル/戦前・戦中の赤十字/中国の赤十字/国際赤十字の貴族性/李徳全の生い立ち/ツンデレ外交
第二章 冷戦下の日中のかけひき
サンフランシスコ講和条約/トロント会議でもつれないまま/北京放送/一枚岩ではなかったソ連と新中国/北京会談に向けての動き/三団体というかせ/内山完造と畑中政春/女性政治家の高良とみ/北京への長い道/吉田茂の中国認識/外務省のだめ押し/会談は始まったが/アウェーの苦労/日本側の譲歩/日赤社長の釈明/中国の強気の理由/舞鶴の港/突然の中断/遺骨送還/中国人の怒りと抗議運動/フィリピンとシベリア/台湾の抗議とあせり/四の船/一方的な打ち切り宣言/李徳全訪日の打診/中国側の事情/女子力の活用/日中間の認識のずれ/岡崎外相の妥協/北京の意外な反応/台湾側の動揺/中国側の準備/ソフト外交/吉田首相は面会しないが……/日赤の懸念と希望/昭和二九年の日本
第三章 手渡された「戦犯名簿」
「日本の土さえ踏めば、すなわち勝利」/羽田に到着した先発隊/衝撃的なニュース/李徳全来日/「国府系」と「親中派」の殴り合い/暗殺者の影/「戦犯」の釈放を発表/好意的報道に安堵した一行/平塚らいてうとの会見/泣き崩れる留守家族/帰れなかった日本人も/戦後も帰国を望まなかった日本人/その後の「戦犯」
第四章 一四日間の滞在が残したもの
北京からの援護射撃/吉田茂の外遊/東京から地方へ/箱根山中のカーチェイス/評論家・石垣綾子が見た「新中国の女性」/堤康次郎の歓迎会/皇族との会見の影響/在日華僑の亀裂/会うべきか、会わざるべきか/「日本人には太刀打ちが難しい」演説力/名古屋でも続いた熱狂/テレビ塔の幻の爆弾/貿易再開への期待/活発化する左派勢力の動き/左派華僑の回想/老獪な廖承志/別の顔を見せ始めた李徳全/政治的発言の封印を解くべきか/障がい者との交流/続く分刻みのスケジュール/「中日友好を外から阻む力」/厚生大臣との正式会見/李徳全をたたえる詩/微妙な空気を残して/「永続的な友好合作関係を」/最後の小競り合い/マリリン・モンローなみの騒動/それからのこと/李徳全のその後
おわりに

書評

日中が「戦争状態」だったころの人間的な友好の絆

西川恵

「李徳全」という懐かしい名前を聞いたのは、旧知の新潮社編集者Y氏を交え、何人かで昼食をとっている時だった。いま李徳全についての本を作っているというY氏に対し、名前を知っていると手を挙げたのは私だけだった。新中国の若々しい清新なイメージと密接不可分に結びついている李徳全は、日中友好の点からも忘れ得ぬ人だ。
 私が東京外国語大学の中国語科に入学したのは1966年。中国語科は二クラス、学生は合わせて六十人だった。日中に国交はなく、人的交流もほとんど絶えていた当時、中国語科を志した学生たちには、私もその一人だったが、社会主義革命の息吹に燃える中国を知りたいという強い思いがあった。そこには日本が中国を侵略したことへの贖罪意識も絡んでいたし、全国民が団結して「人民に奉仕する」をスローガンに国造りに励んでいる(と伝えられていた)中国への羨望のようなものもあった。
 そうした中国観を醸成するのに大きな役割を果たし、日中友好ムードの頂点を画した出来事が1950年代にあった。中国紅十字会会長の李徳全(1896年〜1972年)率いる中国代表団の訪日だ。1954年と1957年の二回にわたる訪日は日本の世論から熱狂をもって迎えられた。なぜか。それは中国代表団、特に団長の李徳全に、日本の人々は新中国の新しい人間像を見たからだ。
 本書は、中国と日本赤十字社が取り組んだ、中国大陸に残された日本人引き揚げ事業を軸に据え、李徳全とその代表団の一四日間に及ぶ第一回訪日の、表舞台、そして裏舞台を丹念に追う。対日関係打開の突破口にするべく、訪日を何としても成功させるよう指示する周恩来、対米関係への配慮や台湾と国交をもつ日本政府の及び腰、対中貿易再開に期待を寄せる経済界、妨害工作に出る右翼……。
 中国側の周到な準備も興味深い。随行員に若手や女性を起用してソフトなイメージを前面に出し、通訳の若い女性には赤と緑のチーパオ(チャイナドレス)を着せる。実力者の廖承志はカメラの前に出ないよう心がけた。しかしこの訪日成功の鍵は一にかかって李徳全その人にあった。
 彼女は叩き上げの共産党員ではない。夫の馮玉祥は国民党の幹部で、日中戦争の時は蒋介石政権の要職にあった。夫婦してキリスト教の熱心な信者で、戦後は国共内戦に反対して夫婦で米国に渡る。中国共産党の進歩主義に共感して、蒋介石政権打倒を国際世論に訴える。新中国成立直前、家族で中国に戻る途中、夫と娘は不慮の事故で亡くなるが、李徳全は新中国に要人として迎えられた。
 李徳全の来日中、平塚らいてうは三回、言葉を交わし、その印象を「角のないまるい大きな自然石」と書いた。根っからの共産主義者ではない、大人の風格をもった李徳全を通して、中国にゴリゴリの共産主義でない、進歩性と寛容性を見た日本人は少なくなかったと思われる。
 この日中関係の大きな転機となったのが、私が大学に入った年の夏に発動された文化大革命だった。最初は真相が皆目分からなかったが、次第に共産党内部の激烈な権力闘争であることが明らかになっていく。日本も影響を免れず、李徳全一行を守るため私設警備隊を組織した友好団体などの民主勢力は、文革支持派の中国共産党系と、反対の日本共産党系に分裂していった。
 この文革の冬の時代と並行して、1972年の国交正常化、さらに文革後1978年の中国の改革開放によって、日中は新しい友好の地平を見出すのである。左翼勢力主導の政治が突出した友好関係から、自民・公明党から社会党まで幅広い世論を基盤とした経済協力主体の友好関係だ。
 今も日中の友好関係は、とても盤石と言えるものではない。しかし、亡くなって間もなく半世紀になる李徳全の今日的意味は、筆者たちが指摘するように「記憶遺産」として、彼女が日中友好の象徴的存在として在り続けていることだろう。
 中国の革命の父・孫文を物心両面で支えた貿易商の梅屋庄吉、魯迅など中国知識人と親交を結んだ書店主の内山完造など、両国の近現代史において「記憶遺産」に名を連ねる人物は少なくない。日中の友好に尽くした人物を数多く共有することは、経済協力だけでは得られない血が通った人間的な友好の絆を作る。本書を読んで改めて思う。

(にしかわ・めぐみ 元毎日新聞外信部長)
波 2020年4月号より

薀蓄倉庫

「ウィンウィン」の歴史遺産

 この本のサブタイトルには「奇跡」という文字が入っていますが、なぜ「奇跡」なのか? 最近は韓国との関係悪化が注目を浴びているためにあまり目立ちませんが、日中関係もやはり良好とは言えません。関係を良くするための努力はしているものの、歴史認識問題をはじめ、両者が折り合える点がほとんどないからです。そんな日中両国にとって、終戦後、中国に残された日本人の引き揚げに一役買い、また一方で、世界的な孤立から中国が脱却する一助となった李徳全の訪日は、双方が成果を認めることができる、極めて数少ない事例なのです。関係改善を模索する両国にとって「ウィンウィン」の歴史遺産である「1954年の奇跡」は、今後の実際の外交関係の中で、さらに注目されることになるかもしれません。

掲載:2020年3月25日

担当編集者のひとこと

単なる美談ではない「日中外交の処女作」

 今や世界第3位と第2位の経済大国になった日本と中国。しかし、本書が描いた1954年は、まだ第2次世界大戦が終わって10年足らず。敗戦国・日本の「戦後」はまだ終わっておらず、中国やソ連には多くの日本人が残留したまま。一方、中国共産党に率いられた新中国も、実質的にはソ連の衛星国的な地位にあり、国際的に孤立していた時代でした。そんな中、国交関係もない両国は、国際赤十字という抜け道を使って、それぞれの目標を達成しようとします。そこで、中国側の中心となったのが、中国の赤十字の代表で、中国政府の初代厚生部長でもあった女傑・李徳全でした。李徳全の柔和なイメージも幸いし、中国の代表団は14日間の日本滞在中、各地で熱烈な歓迎を受け、訪日は大成功に終わります。著者は、この訪日は両国の戦後外交の「処女作」であり、そこには単なる美談では語りつくせぬ挿話、秘話、教訓が埋蔵されていると言います。昔のことではあるけれども、現在と地続きでもある日中外交の原点を、是非お楽しみいただければと思います。

2020/03/25

著者プロフィール

加藤徹

カトウ・トオル

1963年生まれ。明治大学法学部教授。東京大学文学部中国語中国文学科卒、文学修士。著書に、『京劇』『貝と羊の中国人』など。

加藤徹 KATO,Toru (Japan) (外部リンク)

林振江

ハヤシ・シンコウ

1967年生まれ。明治大学学長特任補佐、北京大学日本研究センター常務理事。国際関係学博士。明治大学特任教授を経て現職。

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