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卑俗にして高貴なる、「奇想派」最後の大物見参!

血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛

辻惟雄/著 、山下裕二/著

1,836円(税込)

本の仕様

発売日:2019/01/31

読み仮名 チトワライトエロスノエシイワサマタベエ
シリーズ名 とんぼの本
装幀 《山中常盤物語絵巻》12巻のうち第5巻より(MOA美術館蔵)/カバー表、大野リサ/ブックデザイン、nakaban/シンボルマーク
雑誌から生まれた本 芸術新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 B5判変型
頁数 127ページ
ISBN 978-4-10-602287-6
C-CODE 0371
ジャンル 芸術一般
定価 1,836円

江戸初期、凄絶な復讐譚を長大な絵巻に仕立てる一方、当世風俗をよく描き“浮世絵の元祖”と呼ばれた謎多き絵師がいた。信長に謀反を企てた武士を父に持ち、京、福井、江戸を渡り歩いた波乱の人生を辻氏がガイド、ユーモアとエロスが漂う作品については辻氏と山下氏が四つのキーワードで対談。貴重な絵巻もたっぷり見せる。

著者プロフィール

辻惟雄 ツジ・ノブオ

美術史家、東京大学・多摩美術大学名誉教授。1932年、愛知県生まれ。1961年、東京大学大学院博士課程中退。東京大学文学部教授、千葉市美術館館長、MIHOMUSEUM館長などを歴任。1970年に刊行された『奇想の系譜』(美術出版社)で、又兵衛、山雪、若沖、蕭白、芦雪、国芳を「奇想の画家」としていち早く再評価し、琳派や文人画、円山派などを中心に語られてきた近世絵画の見方を大きく変えた。日本美術の特質を「かざり」「あそび」「アニミズム」に見て、装飾工芸から幽霊画、春画、漫画まで幅広く論じる。他の主な著書に『日本美術の歴史』(東京大学出版会)、『奇想の図譜』『あそぶ神仏:江戸の宗教美術とアニミズム』(ともにちくま学芸文庫)、『辻惟雄集』全6巻(岩波書店)など。

山下裕二 ヤマシタ・ユウジ

美術史家、明治学院大学文学部芸術学科教授。1958年、広島県生まれ。東京大学大学院修了。室町時代の水墨画の研究を起点に、縄文から現代まで幅広く美術を論じる。主な著書に『岡本太郎宣言』(平凡社)、『日本美術全集20 日本美術の現在・未来』(小学館、責任編集)、共著に『驚くべき日本美術』(集英社インターナショナル)、『禅のこころを描く 白隠』(新潮社とんぼの本)など。企画・監修を手がけた展覧会に「ZENGA展」「雪村展」「五百羅漢展」「白隠展」「驚異の超絶技巧!―明治工芸から現代アートヘ―」「奇想の系譜展」など。

書評

花は紅 柳は緑 岩佐又兵衛

ミヤケマイ

 岩佐又兵衛の作品は擬音に溢れている。畳を蹴る音、斬られた人間の断末魔の悲鳴、馬の蹄の音。画力のある作家なら描かれている作品から音が聞こえることはままあるが、彼の場合はそこには描かれていない、背景の深い森の中の鳥の声、遠くでうねる海、切羽詰まった場面を盛り上げる物語を語る琵琶、鼓、能管、狂言回しの声まで聞こえてくるように感じる。これは岩佐又兵衛の作品の最大の特徴だと思う。耳の良さに加え、恐らく目も良く、作家としての資質に恵まれた人なのだろう。目の良さと言っても、一般的な観察眼とか空間把握能力だけではない。生き生きと敵に飛びかかる牛若や《花見遊楽図屏風》に、動いている一瞬を捉えて静止画にすることが出来る動体視力の良さを感じる。世間では、「名は体を表す」とか「目は口ほどに物を言う」とか言うが、隠そうとしても作品ほど作家が見えてくるものはない。性格や心情、思考のみならず、体調や運動神経まで見て取れるものだ。
 作家が、記憶を再生したり何かを想像するときに、ムービー(動画)で見ているか、スチル(静止画)で見ているかによって、その人の絵や文章に触れたときに受け取る印象は変わる。例えば『火車』の作者宮部みゆきさんなどは、恐らく作品を書くときに場面が動画で見えているのではないだろうかと想像する。彼女の本を読んでいると、頭の中で映画のように映像が流れるのだが、岩佐又兵衛の絵を見ているときも同様に、動いているように感じるし、描かれたシーンの前後が見えるような錯覚に襲われることがある。
 岩佐又兵衛の絵は、本人が物語の中に入っていかなければ描けないと思うほど、細部の小物や背景まで神経がゆき届いていて、見る者を飽きさせない。《耕作図屏風》など、構図も筆の運びも全て含めて、全体的に品の良い景色に仕上がっているが、近づいて見るとそこに描かれた人々はさほど品が良い感じでも無いのだ。《三十六歌仙画冊》もそうだが、岩佐又兵衛は、どんな性格か手にとるように分かるほど実にリアルにキャラクターを描き分けている。ただその様々な登場人物の目からは、一様に意思や生気があまり感じられない。見開かれたその目は、近視眼的に目前の瑣末なものしか捉えていないようで、どこか虚ろだ。俯瞰で見た綺麗な絵空事では終わらない、人の愚かさや無力さを内包しているのが面白い。
 私が一番好きなシーンの一つに、《浄瑠璃物語絵巻》の牛若が十五歳の春に東国に向かう場面がある。鞍馬から一人心細げに旅発つ牛若は自らの運命に途方に暮れているのだが、そんな物語の虚ろな主旋律とは裏腹に、背景の緑は燃え、山や花は生命を謳歌しているように生き生きと美しく、力強く描かれていて、まるで本人だけが美しく完璧な世界の中にいることを知らないように描かれている。登場人物たちが運命に翻弄され、目先の感情や成り行きに振り回される姿と、彼の描く現代アートやスプラッター映画顔負けの美しい鮮血の赤、背景の燃える緑の美しさとのコントラストが重なる。残酷なほど全てが美しい世界と、不条理な運命は容赦無く登場人物たちを飲み込んでいく。岩佐又兵衛の絵を見ていると孤独や苦悩すら美しく、楽しげに見えてくる。名ストーリーテラーとして彼の根底に流れている、もう一つの真の物語が透けて見えるようだ。
 世の中には物語を必要とする人としない人の二種類がいる。居場所に疑いのない人やそんなことを考えたことのない人たちは、小説や映画、オペラのようなサンクチュアリはいらないらしい。見た目や、世間に貼られたレッテルと現実の自分に隔たりのある複雑な色合いの人ほど、物語を必要とする。岩佐又兵衛は、生い立ち上、様々な色眼鏡で見られ、リアルな自分をなかなか理解してもらえず、また己の人生がなぜこうなのかよくわからないまま生きていくことを余儀なくされて、どこか物語の中でしか生きられない絵師だったのではなかろうか。

(みやけまい 美術家)
波 2019年3月号より

目次

謎の絵師がいた。
又兵衛風絵巻群の衝撃
山中常盤物語絵巻
浄瑠璃物語絵巻
堀江物語絵巻
小栗判官絵巻
その画家 卑俗にして高貴なり 作品と人生
【人生篇】解説 辻惟雄
その一 乱世に生まれて
その二 北の新天地で花ひらく
その三 江戸に死す
【作品篇】対談 辻惟雄+山下裕二
その一 笑う又兵衛
その二 妖しの又兵衛
その三 秘密の又兵衛
その四 その後の又兵衛
コラム 又兵衛工房と岩佐派のゆくえ  文 戸田浩之
ガイド 又兵衛に出会う美術館

まとめテーマでくくる 本選びのヒント

つなぐ本×本 つながる読書<広がる世界

“浮世絵の元祖”と呼ばれた謎多き絵師

織田信長に一族を滅ぼされ、武門の再興をはかりながら、絵筆に生涯をかけた。

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