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すみれの花、また咲く頃―タカラジェンヌのセカンドキャリア―

早花まこ/著

1,650円(税込)

発売日:2023/03/01

  • 書籍
  • 電子書籍あり

宝塚という夢の世界と、その後の人生。元宝塚雪組の著者が徹底取材、涙と希望のノンフィクション!

早霧せいな、仙名彩世、香綾しずる、鳳真由、風馬翔、美城れん、煌月爽矢、夢乃聖夏、咲妃みゆ。トップスターから専科生まで、9名の現役当時の喜びと葛藤を、同じ時代に切磋琢磨した著者だからこそ聞き出せた裏話とともに描き出す。卒業後の彼女たちの新たな挑戦にも迫り、大反響を呼んだインタビュー連載、待望の書籍化!

目次
はじめに 私、元タカラジェンヌ見習いです
早霧せいな[俳優]
「元宝塚」の肩書から逃げない
仙名彩世[俳優]
「なにができるか」を探し続ける
香綾しずる[会社員]
海外で人の役に立つ仕事をしたい
鳳真由[大学生]
宝塚から医療大学へ
風馬翔[振付師]
この人生で、踊りを愛し抜きたい
美城れん[ハワイ島へ移住]
“宝塚のおじさん”を極めて
中原由貴(煌月爽矢)[俳優、モデル]
台湾での新たな挑戦
夢乃聖夏[3児の母]
パワフル母ちゃん、おなかいっぱいの幸せ
咲妃みゆ[俳優]
自分自身でいるよりも、「誰か」を演じていたい
おわりに 強く、脆く……

書誌情報

読み仮名 スミレノハナマタサクコロタカラジェンヌノセカンドキャリア
装幀 新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-354921-5
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,650円
電子書籍 価格 1,650円
電子書籍 配信開始日 2023/03/01

書評

見つめて、語られる人生。

最果タヒ

 詩人と宝塚ファンをここ数年兼務している私は、新しい公演の稽古が始まる「集合日」が近づいてくると、いつもひたすらケーキを食べる。つらいからだ。集合日にはその公演の退団者の名前が発表されてしまうから。やめてほしくないから。集合日の記憶はいつもほとんど残っていない。
「でもこれはこの方が自分で決めたのだ。ここで終わりにすると決めたその人の人生の大切な一歩を、悲しいとか残念だとかいう言葉で邪魔したくない」と私はいつも思う。一人の人が人生をかけて、青春を燃やすようにして舞台に立ちタカラジェンヌになってくれた、本当はその事実だけでありがたいんだ。けれど、「その人の人生はその人のものだ」ということを改めて胸の中で唱えるたび私は本当はひどく寂しくなってしまう。舞台の上で彼女たちはたくさん研ぎ澄ませた一瞬を見せてくれて、心からその一瞬を、それだけで「好きだ」と思えた。でも自分の「好き」は本当にまっとうなものだろうか、寂しいってなんだろうといつも思っていた。
 そんなことを早花さんによる9人の元タカラジェンヌのインタビューを読んで思い出していました。あのころ寂しく感じていた「その人の人生はその人のもの」という事実が、突然とても喜ばしくて、美しい事実として私の中で花開いていくのを感じたのです。どれほどの時間が費やされた結果、この人の今があるのか、私は舞台を見ているとふと考えてしまうことがあるし、人生の一瞬を見せてもらっているだけだけど、でも少しも軽んじることのできない「一瞬」だとも思っていた。私はそこに注がれたもののほとんどを知らず、でもそれが「ある」ということだけは知っている。その人がどんな人でどんな人生を生きてきたか、それを知ろうとしなくても、その人の人生の重さを感じ取ることができただけで「好き」と思っていい気がしたし、確信するその力を私はきっと舞台からもらっていた。
 けれど退団発表があったとき、私はそういう自分の中で生まれていた「好き」とは全く違う場所にある、本当のその人の人生を感じて、自分が自分だけの心で「好き」と思うことは、勝手なんじゃないかと思ったのだ。その人が好きだから、その人の領域を踏み躙るようなことはしたくない。舞台を見てそれだけで好きと思えた、その事実は決して覆らないし、確信をくれた光の強さは少しも変わらないけれど、でも、私はその人のことを尊重したい。「好き」という気持ちをそのまま垂れ流しにしていたらその人に向き合えない、そう思ったのです。でもこの本を読むと、それはむしろ逆な気がした。読めば読むほど知らない一面が見えてくる、そして自分の「好き」がそのたびに確実に生き生きときらめきだしていたんだ。

『すみれの花、また咲く頃―タカラジェンヌのセカンドキャリア―』。一人一人が確かにそこにいて、それぞれの人生を生きていて、でも具体的な話を知れば知るほど、私は「知らなかった」けど、でもそのたびに何も知らずに舞台の人を「好き」と思う自分が伸びやかに肯定されていくような錯覚があった。私はタカラジェンヌにこういう人生を生きてほしいとかそんな勝手な願いや期待を抱いてはいないんだなと気づかされたのだ。ただ、面白かった、街にいろんな人がいるように、宝塚にもいろんな人がいる。そのエネルギーがつまって、爆発してここまで届いている。何にも知らないけど好きだ! と思うのは、そもそも舞台だからとか関係なく、他人にはみんなそうじゃないか。人を好きになる時、その人のことを全部知ってから好きになるわけじゃない。知らない面がたくさんあっても、それでも好きと思った時、その人の話をもっと聞きたいと思うし、たとえそれが自分の想定と違っても、でもそれでもたくさん聞いて、理解しようとしたいって思う。「好き」ってそもそもそういうものじゃん! と私は急に気づいた。知らない人生はそりゃあるよ、知らないことが大半だよ、でも、話してくれることが嬉しかった、どんな人生かというのももちろん知れて嬉しいけど、でも何よりも「話してくれる」こと、そして言葉の正直さが嬉しかった。それはきっと早花さんが問いかけているから。答える人が早花さんを真っ直ぐに見つめているから。だから、読んでいる私まで、真っ直ぐに目を見て、話してもらえている気がする。真っ直ぐで正直な言葉を読む間、私の心はずっと前からその準備が完了していたんだと知った。遠くて全く知らない人でも、その人が話してくれるならいつだってちゃんと聞こうと私はずっと思っていたみたいだ。その人のことが好きだから。そういう気持ちが「好き」で、それだけで「好き」と言っていいんだと、ここにきて私は心底信じられた。私は、本当に舞台の人が好きだった、客席からだって、何も知らなくたって、ちゃんと現実に生きているその人たちを見て、「好き」と思っていたんだって。
 タカラジェンヌは目の力がすごくて、「見る」というだけでその人の心がさらけ出されているように思うことがある。そしてその目を、この本の言葉にさえ感じるのです。退団はさみしい、勝手だけどやっぱりさみしい。でもそこにある「好き」は、ちゃんと本物だって今は思う。宝塚のどの人にも、その人だけの人生があるんだってことに今はとても幸せを感じる。

(さいはて・たひ 詩人)
波 2023年3月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

「命を懸けた」次にあるもの

早花まこ天真みちる

偶然にも同時期に「タカラジェンヌのセカンドキャリア」がテーマの新刊を出したお二人。爆笑トークを特別掲載!

(この対談は早花まこ著『すみれの花、また咲く頃―タカラジェンヌのセカンドキャリア―』、天真みちる著『こう見えて元タカラジェンヌです 遅れてきた社会人篇』の刊行を記念し、2023年3月8日に八重洲ブックセンター本店で開催されました)

天真 今日は、早花大先生とこのようなイベントを開けて感無量です。

早花 いきなりどうしたんですか!?

天真 奇跡的にお互いの本の刊行時期が一緒で……。宝塚在団中はほとんどお話をしたことはなかったですよね。

早花 連絡先も知らなかったのが、退団後に偶然お会いする機会があって。

天真 アホなふりして、「一緒にイベントやりませんか?」と連絡させて頂きました。

早花 アホなふりではなかったです、ちゃんとしたメールでした(笑)。私の方こそ、今日はこのような機会を頂けて大変光栄です。花組のタソさん(編集部注・天真さんの愛称)といえば、知らない方はいないスターさんで、お芝居でもショーでも、トップスターさんの邪魔をせず、なぜあれほど個性を出しきれるんだろうといつも楽しみに舞台を拝見していました。

天真 いやー、私、ギリギリ邪魔してました……よね? 以前トップさんのファンの方から「〇〇さんのことを観に行ったのに、気付いたら天真さんのことを観ていました。どうしてくれるんですか」と、割と冷静なお手紙を頂いたことがありました……。

早花 そこからキャッチフレーズの「見たくなくてもあなたの瞳にダイビング☆」が生まれたんですね(笑)。

天真 先ほど「大先生」と言ったのは、私はそれこそ在団中から、機関誌「歌劇」で連載されていた早花さんの「組レポ。」を毎月楽しみに読んでいた、ヘビー読者でございます。

早花 ありがとうございます。

天真 何年くらい担当されました?

早花 8年ほどです。

天真 長い! お稽古や公演をしながら毎月連載を続けるって相当大変だったと思います。しかも内容が、毎回こちらの期待を超えるクオリティと、ファニーじゃなくて……ユーモアあふれる文章で雪組さんの愉快な様子を届けて下さって。ほんと、「ありがてえ……!」と思っていました。

早花 楽しみにして下さった読者の方と、ネタを提供してくれた雪組のみなさんのおかげです。私も、タソさんが「歌劇」に寄稿した「と文」がすごく面白くて印象に残っています。花組さんに詳しくない方でも楽しめる工夫がされていて、さすがだなと。なので、2年前に1冊目の御本『こう見えて元タカラジェンヌです』を刊行されたときも、驚きよりも「やっぱりね!」と納得の気持ちがまずありました。書くことは昔から好きだったの?

天真 自覚はあまりなかったのですが、好きだったんだと思います。例えば「と文」の時には、気がついたら文字数が多すぎて、編集の方が漢字にできるすべての単語を変換しても収まらず、頑張って削って……。結果、「絵と文章」の両方を掲載するコーナーなのに、文章しか掲載されませんでした。

早花 覚えてる! 確かに、ページがびっしり文字で埋め尽くされて真っ黒だった!

天真 その「と文」を読んだ左右社の方が「何か書きませんか?」と卒業後に声を掛けて下さって本の刊行に到りました。あの時、頑張って書いて良かったです……。

早花 素晴らしい! タソさんの文章力のなせる業ですね。

自分を書くこと、他人を書くこと

早花 今日ぜひお聞きしたかったのは、「自分自身を書くこと」についてです。私にとってはとても難しく苦手なことなのですが、タソさんはそれが本当にお上手で。「組レポ。」で人のおっちょこちょいな失敗などはスラスラ書けちゃうのに、自分のこととなると途端に分からなくなってしまう。腹黒い性格なんです、私。(会場笑)

天真 それこそ1冊目を書き始めた当初は、「起きた出来事」を箇条書きしているだけでした。「この日、宝塚受験に失敗した。」「初めての受験で何もできなかった。」「帰り際、隣の受験番号の人に、『あなたの地元に私の祖先が眠っています』と訳の分からないことを言われた。」みたいに、つらつらとネタを羅列するだけで。そんな時、宮藤官九郎さんのエッセイを読んだら、「俺はダメだ。自信がない。こんな俺が書いてる脚本は絶対にダメだ」とあって。

早花 あんなに素晴らしいドラマを書かれる方なのに?

天真 そうなんです。自己評価と世間の評価のギャップがすごく面白いと感じて。同時に、出来事ではなくて、その時に自分がどう感じ、何を考えたのかを書かなきゃって気がつきました。冷静になれば、当たり前のことなんですが……。でも、そうなると今度は、「私の心の動きを知りたい人っているのか?」という疑問に直面して……。

早花 ここにいますよ!!

天真 力強い肯定、ありがとうございます(笑)。とりあえず依頼されたし、キャッチフレーズと同じく、「聞きたくなくてもダイビング」で半ば開き直り、好き勝手に書いてしまえ、と。でもいまだにこの疑問は拭えないままで、自分を書くことの難しさはずっとあります。編集者さんに提出する時も、赤面して顔を伏せながらこっそり送っている感じで、「どうだね、君、この原稿は」みたいには、できない。(実演)

早花 ドヤ顔の文豪がいま目の前に現れた……!(会場笑)

天真 逆に、私は早花さんのように、誰かにインタビューして、その人の思いを感じ取りながら、自分の思いも綴ることはできないので、御本を拝読して、本当にすごいなと思いました。

早花 ありがとうございます、嬉しい。

天真 それに、ご自身のことを書かれるのが苦手とおっしゃいましたが、御本の「はじめに」で書かれていた早花さん自身のお話も素敵でした。連載が始まった時から読ませて頂いていて、次は誰が登場するんだろうって毎回楽しみにしていたんですが……あのー……。

早花 どうしました?

天真 今日絶対にお聞きしたかったことがあって。(早花さんの方をじーっと見つめながら)御本には9名の元タカラジェンヌの方のお話が収録されていますが、その中に私は候補として挙がらなかったのですか……?

早花 あ、それはもちろん挙がったんです! でも、天真さんはご自分でご自身のことをかなり深く掘り下げた上、あれだけ表現力豊かに、面白い文章にまとめていらっしゃる。

天真 確かに……。

早花 確かにって(笑)。でも本当にそうで、そんな方を私がどう書けるのかなって……。正直に言いましょう、自信がなかったんです。タソさん以上にタソさんのことを書く文章力が今の私にはない、タソさんの本を読んで爆笑している限りは無理だな、と。

天真 これからはもっと寡黙になりますか(笑)。

早花 その必要はないですが(笑)、でも、そんなふうに思って頂けていたなんて、勇気を出してオファーすればよかったと今思いました。

天真 いつか機会があったらぜひお願いします!

セカンドキャリアに役立つ「余興」?

天真 今回、タカラジェンヌのセカンドキャリアを書いている、という大きな共通点があって、その上で私が「同じだ!」と思って嬉しかったのが……ねぇ、早花さ……あ、きゃびぃさん(注・早花さんの愛称)……。(急に俯く)

早花 その名で呼んで下さってありがとうございます(笑)。そして私が言うのですね、はい。ちょっと生意気な言葉なのですが、私は宝塚を卒業したばかりの頃、この先の人生を「余生」としか思えなかったんですね。10代の頃からの夢を18年間も満喫して、もうやるべきことは何も残っていないんじゃないかと。そうしたら、タソさんも同じように御本に書いてらっしゃって。

天真 タカラジェンヌ“あるある”と言いますか、卒業を決める大きな理由の一つが、命を懸けて、全てを懸けて、自らが追求する理想の「男役」「娘役」にたどり着けた、やり切ったと思えたかどうか、だと思うんですね。

早花 ええ。

天真 そんな青春がギュッと詰まった場所から離れた時、その時点で人生のすべてが終了したような気持ちになってしまったんです。

早花 卒業して3年経った今思うのは、本当に世間知らずだった、ということに尽きますが……(笑)。

天真 同じく……! 本にも書きましたが、脚本を書いたり、舞台をプロデュースしたりと色々なことを実際にやってみて、大変なことがたくさんありながらも、今、とても充実していて。それで今日、早花さんにお聞きしたかったことがもう一つありまして……。

早花 なんだろう?

天真 在団中の話になりますが、「余興」を考える人でしたか?

早花 ……はい、考えてました。

天真 くぅーー!! ちなみに、台本って書かれてました?

早花 ……はい、書いてました。

天真 やった、同じだ!! もうちょっと深くお聞きすると、雪組さんは有志でやる感じですか!?

早花 その前に「余興」の説明をしますと、コロナ以前のことになりますが、宝塚では公演期間中に一度、組単位で宴会が開かれるんです。「お疲れ様!」という意味合いの楽しい会で、そこで必ず「余興」というものが披露されます。それを誰がどう担当するかは組によって違っていて、雪組は主に下級生の担当で、そこに自ら希望して参加する上級生もいました。

天真 花組もだいたい同じです。

早花 その、「自ら希望する上級生」だった私たち……(笑)。

天真 なんなら、自分の退団公演の余興も担当しました。

早花 え、すごい! 退団公演って、やることだらけで忙しいのに……。

天真 公演と同じくらい、心血注いでいましたから……!(笑)

早花 そういえば、これは結果的にそうなったことなのですが、私が取材した9名の方の多くが、余興を担当していました。インタビュー中に余興の話になると、みなさん、情熱がほとばしり……。元雪組の香綾しずるさんに到っては、「余興で何を見せたいか、そのポイントを押さえることが全てに繋がる」という謎の名言も残してくれて。それこそタソさんは、余興での「経験」が現在のセカンドキャリアに生かされていますよね?

天真 ゼロから何かを生み出す“プロデュース力”を鍛えられた気がしています。そう、確実に余興が役に立っている……! 今日こうしてお話をしていて、いつかきゃびぃさんと私が2幕ずつ台本を書いた、4幕構成の「余興」を披露する舞台をプロデュースしてみたい……そんな新たな夢ができたのですが、いかがでしょう!?(会場大きな拍手)

早花 それは面白そう! 私も「書く仕事」をこれからも続けていければと願っていまして、ぜひご一緒させてください。

天真 わー嬉しい! 絶対実現させましょう。今日は本当にありがとうございました。勇気を出してお誘いして良かったです(笑)。

早花 こちらこそありがとうございました。

(てんま・みちる 元宝塚花組男役)
(さはな・まこ 元宝塚雪組娘役)
波 2023年4月号より
単行本刊行時掲載

常軌を逸した「夢」の先

早花まこ山里亮太

2020年に宝塚を卒業した早花さんが、自身より先に卒業した9名の元タカラジェンヌにインタビューした『すみれの花、また咲く頃―タカラジェンヌのセカンドキャリア―』は、連載時から大きな反響を呼びました。そんな早花さんと、タカラヅカ沼に深くハマりつつある山里さんとが、宝塚への溢れる愛と憧れを語りつくしました。

「死」に感じた運命

早花 あまりの緊張に、今日は40分も前に到着してしまいました……。ご活躍をずっとテレビで拝見しておりました。

山里 いやいや、僕の方が緊張しますよ。人生に新たな楽しみを作ってくれた「宝塚」の世界で活躍されていた方との対談ですから。

早花 劇場にも観に行かれているんですよね?

山里 ええ。観劇するたびに、自分にこんな感情があったんだ……! というか、自分でも驚くのですが、僕の中の“乙女”が現れて、男役さんにキャー♡となるんです。何て言うんでしょう、心の深い部分をダイレクトにくすぐられ、気持ちよく撫で回される感覚って、今までの人生でなかったもので、完全に娘役さんの目線でときめいていて。そんな今のところの結論としては、「生まれ変わったら、娘役になりたい」です。

早花 そうすると、転生した山里さんをまず待ち受けるのは、宝塚音楽学校の受験ですね(笑)。

山里 でも僕は、現時点では今世での徳の積み方が甘いので、合格するとしても3回目の受験でになりそうな気がしています。2回目に落ちた後には、きっと周りから「もう諦めて大学進学のための準備をしたら」なんて言われるんですが、「あともう1回だけ」と最後のチャンスに賭けたら受かるという……。多分ですけど、宝塚のトップスターになられる方は、前々世で二度は戦争を止めているはずです。

早花 歴代のトップスターさん……100人近くの方が戦争を止めたことになりますね。

山里 飛躍し過ぎかもしれませんが、そんなことを考えずにはいられないほど、舞台上でのトップスターさんの輝きにはとんでもない神々しさを感じます。でもそうすると、僕が3回目で合格するというのはちょっと図々しかったかも。4回目にしておきます(笑)。

早花 徳の積み方で言うならば、これだけ多くの方を笑顔にされているのですから、私は1回目で合格されると思いますよ。

山里 ありがとうございます(笑)。合格した時のために、芸名も決めています。

早花 お聞きしてもいいですか?

山里 相月サラサです。

早花 影響されている「誰か」の存在をそこはかとなく感じますが(笑)、とても素敵なお名前です。

山里 完全に元星組の愛月ひかるさんの影響です。僕が宝塚にハマったきっかけは、2021年の星組公演「ロミオとジュリエット」でした。愛月さんが演じた二役、ティボルトと「死」(編集部注・「死」という概念を、セリフを発さずに全身で表現する役)に心を鷲掴みにされてしまって、「なんて格好いいんだ!」と。でもその公演の後に愛月さんの卒業が発表されて、本当の死神は僕だったんじゃないか……。

早花 ご卒業の前にギリギリで出会えたんですから、逆に運命でしたね(笑)。

山里 退団される公演では、それまで以上にまばゆい光を放たれていて、気がつけば手を顔の前で組んで祈るような、拝むような気持ちで観ていました。

早花 退団を決めた方独特の美しさと輝きの理由……私もいまだにうまく説明できません。

山里 愛月さんについては「宝塚の舞台で男役の姿を観られるのは、今日でもう最後だ」という、僕自身の気持ちも大きく作用していると思うのですが、「あれ、あの方からもとんでもない光が……」と、観劇後に調べるとその方もその公演での退団が決まっていて。

早花 いずれ誰もが卒業していく――「限りある時間」を常に演者とお客様が共有しているからこそ生まれる空気と不思議な感覚は、私も現役時代に何度も抱いた瞬間がありました。

山里 本当に独特で唯一無二の世界ですよね。だからこそ、これほど魅了されるんだろうなぁ。

「好き」だけで駆け抜ける才能

山里 僕のファントークより、早花さんの新刊の話をしましょう! 御本、とても面白く読ませて頂きました。

早花 嬉しすぎます、ありがとうございます!

山里 登場される9名(編集部注・早霧せいな、仙名彩世、香綾しずる、鳳真由、風馬翔、美城れん、煌月爽矢、夢乃聖夏、咲妃みゆ)の方々が、とても正直に、現役時代の葛藤や苦しみを語っていらっしゃったのは、やはり同じ環境で切磋琢磨した早花さんだから聞き出せたのだと思いました。

早花 みなさん、驚くほど素直に全てを語って下さり、本当にありがたかったです。9名の中には普段から仲良くさせて頂いている方もいますが、初めて伺う話もたくさんあって、毎回3時間近いインタビューになりました。

山里 俳優さん、ベトナムの日本語学校の講師、大学へ進学、振付師、結婚と出産……などと、9名の皆さんの「セカンドキャリア」は様々ですが、全員に共通しているのは、「宝塚が好きで、それゆえに全力で駆け抜けた」ところ。それが僕には特に興味深くて、尊敬の念が生まれましたし、羨ましい! とさえ思いました。

早花 でも山里さんも、アイドルがお好きでいらっしゃるなど、色々なことにご興味をお持ちですよね。

山里 僕の「アイドル好き」は、心から好きで応援している気持ちが根底にありつつ、「仕事につながるかも」という“ビジネス”的なところも否定できないのです(苦笑)。この9名の方もそうですが、タカラジェンヌのみなさんは、本当にめちゃくちゃ宝塚が好きですよね。その「好き」という気持ちを原動力に、あらゆる限界値を超えていかれるわけで……。だって、連日お稽古と公演とで、一年を通して、お休みがほとんどないわけでしょう?

早花 そうですね、確かに毎日本当に忙しかったです。

山里 しかも、歌・芝居・ダンスと、自分を磨くために常に努力をし続けながら、壁にぶち当たれば当たるほど、「ここが成長するチャンス」ととらえてさらに努力する――なりふり構わず、辛くても楽しみながら努力し続けられるってまさに「才能」で、僕が心底憧れるものです。野球のイチロー選手がそうであるように、「好きなこと」のためなら、努力を努力だと思わずにできる「天才」の集まりが、宝塚ですよね。

早花 私は自分を「天才」だとは決して思えませんが、どんなに忙しくても結局、自分が好きで自分で選択して入団し、自分の意思でここにいる。嫌ならやめればいいだけ、なんですよね。

山里 でも、やめなかったわけですもんね。

早花 18年間おりました……。

山里 この御本の9名の方々には、それぞれ退団を決める理由がありましたが、自分の理想とする「男役」「娘役」にたどり着けた実感が、多かれ少なかれ皆さんあって卒業された。つまり、自分が好きになった世界で、自分が目標としたものを叶えたわけで、それはなんて幸せなことで、なんて格好良いことなんだろうと、感動以上に畏怖の念を抱きました。僕も芸人を始めて20年以上で、僕の場合お笑いが本業ではありますが、総合商社というか、テレビやラジオ、舞台など様々な仕事があって。一方、タカラジェンヌの方は、「宝塚を極める」という一点を突き詰める……。僕ばっかり喋ってしまって恐縮ですが、続けてもいいですか?

早花 もちろんです!

山里 しかもですね、夢は叶った日がゴールと言えるわけですが、タカラジェンヌって舞台上で、「私、いま夢を叶え続けているんです!!」と全身で表現される。それも、トップスターだけでなく舞台に出ている約70名全員が! セリフがない方も、舞台の裏でコーラスしている方も、みんな隙がなく100%幸せそうって、「素敵」しか存在しない世界ですし、好きで愛してたまらない対象に殉じているがゆえ、これ以上ないほど煌いている姿は、僕としては感動であり憧れでしかない。だからこそ、観ている側も常軌を逸した感動や興奮が湧き上がる……!!!

早花 山里さんのこの想い、全タカラジェンヌに伝えたいです!

山里 よろしくお願いします!(笑)

トップスターの「普通」に共感

山里 この御本には、タカラジェンヌの方が、一点集中の夢を叶えた後の「セカンドキャリア」についてもたっぷり綴られているわけですが、特にそこの部分は、ビジネス書としても読めると思いました。

早花 なんと! 宝塚ファン以外の方にもお読み頂きたいと願っているので、これ以上ないお褒めの言葉です。

山里 それで思い出したのが、大学時代の寮の先輩のことです。その人はバンドマンで、「音楽でメシを食っていきたい」という夢を抱いていました。でも、大学3回生の時、「バンドで生活はできない」と夢を諦めて、葬儀会社に就職したんです。上手くて格好良くてファンもついていたのに。ですが、その先輩はそこからも格好良くて、配属された先で、「音楽葬」という部署を立ち上げた。「好きなものがあるっていう自分にまず自信を持って、その好きなものを今いる場所でどう生かせるかを考えられれば、どこにいてもそこが自分の好きな場所になるよ」と教えてくれました。

早花 まさに名言ですね……!

山里 だからこの9名の方々が、もちろん悩みや迷いはありながらも、次のキャリアを力強く前向きに進むことができているのは、宝塚という自分が好きな場所を全力で駆け抜けたことで身に付いた考え方や視点や体力など、すべてのものが「武器」になっているからだと感じました。それに、「好き」を突き詰める天才たちであると同時に、彼女たちが抱えた葛藤やプレッシャー、壁を乗り越えたときに感じた喜びは、僕が仕事で感じるものと通ずるところもあって、その「普通さ」には共感もできたんです。

早花 確かに、言葉にするのは難しいですが、スターであると同時に「普通の方」でもある、というのは改めて思いました。特に印象に残った方はいますか?

山里 香綾しずるさんと鳳真由さんでしょうか。香綾さんは卒業されてすぐ、ベトナムの日本語学校で講師として働かれ、鳳さんは医療系の大学へ進学されたわけですが、まったく違う分野でも、「なんとかなる!」と前向きかつ能動的にチャレンジされていて、素晴らしいなと思いました。

早花 今回9名の方に取材して書いてみたいと考えたのは、私自身の「セカンドキャリア」を模索するためでもありました。実際取材させて頂いたら、とにかくみなさんのお話が面白くて、もっともっとお聞きしたかったですし、書く仕事をこれからもしていきたい、そのためになら、あらゆる努力をしていきたいと思っています。

山里 素晴らしいじゃないですか。次はぜひ、愛月さんにもお話を聞いて頂きたいなぁ(笑)。

(やまさと・りょうた お笑い芸人)
(さはな・まこ ライター)
波 2023年3月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

早花まこ

サハナ・マコ

元宝塚歌劇団娘役。2002年に入団し、2020年の退団まで雪組に所属した。劇団の機関誌「歌劇」のコーナー執筆を8年にわたって務め、鋭くも愛のある観察眼と豊かな文章表現でファンの人気を集めた。『すみれの花、また咲く頃―タカラジェンヌのセカンドキャリア―』は初めての著作。

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