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希望のゆくえ

寺地はるな/著

1,650円(税込)

発売日:2020/03/25

書誌情報

読み仮名 キボウノユクエ
装幀 寺田マユミ/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 yom yomから生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 207ページ
ISBN 978-4-10-353191-3
C-CODE 0093
定価 1,650円

突然、失踪した弟。あいつの真実の姿に、僕は辿り着くことができるのだろうか……。

弟が放火犯の疑いがある女と姿を消したらしいと、母から連絡があった。僕は彼と交流があった人物に会いに行ったが、弟の印象はそれぞれまるで異なっていた――。弟はどういう人間だったのか。誰のために生きてきたのか。僕たちの声は、弟に届くのだろうか。人生の「希望」とは何かを問う、話題の作家が拓く新境地。

目次
柳瀬誠実と弟の話 1
山田由乃の話
もしくはコニー・アイランドの踊り子
柳瀬誠実と弟の話 2
柳瀬誠実自身についての話
柳瀬誠実と弟の話 3
有沢慧の話 あるいは花盛りの庭
柳瀬誠実と弟の話 4
シロツメクサと小平敦子の話
小平実花子の話と檸檬ドロップ
柳瀬誠実と弟の話 5
重田くみ子の話 または箱の中
柳瀬誠実と弟の話 6

書評

傷を負った人を多く描いた小説

三浦天紗子

 マンションの管理会社に勤めている柳瀬希望のぞむと連絡が取れなくなった。希望の母親がその身を案じ、希望の会社の人間は困っている。彼が担当していたマンションの住人の間では、希望がいなくなったのはマンションでボヤさわぎがあったその日で、火が出た部屋の住人である中年女性と一緒にかけおちしたのではないかと噂になっていた。
 本人から電話があったから、事件性はない。でも、逃げる事情らしきものも見当たらない。しかも一緒に消えたのは、地味で不釣り合いな女らしい。希望はなぜ失踪したのか。ふたりの行き先とそんな大胆な行動に出た理由を求めて、兄の柳瀬誠実まさみは弟の足跡をたどり始める。
 寺地はるなの『希望のゆくえ』は、またも「失踪」がひとつのモチーフになっている。またも、というのは、これまでも寺地は、『みちづれはいても、ひとり』で、片方の失踪した夫を探す不惑の女ふたりの旅を描いたし、『夜が暗いとはかぎらない』では、行方不明になった、スーパーマーケットのゆるキャラマスコットが実は町のあちこちに出没して人助けをしているさまを織り込んだ。もちろん、失踪という状況が気になってしまう気持ちはよくわかる。人には暮らしがあり人間関係があり居場所がある。それを一切合切捨ててまで逃げる理由があるのなら、聞いてみたい。
 誠実と希望は、距離の遠い兄弟だった。誠実は、いつもどこかに希望への遠慮がある。似ていると言われても、〈同じような素材でこしらえた、魅力のあるほうとないほう〉という自虐が湧く。何より、弟にどういう友人がいたかも、どんなものが好きだったのかも、よくわからないのだ。本人の居場所を突き止めたいというより、どんな人間だったのかの実像をつかみたくて、誠実はわずかな伝手をたどって、希望を知る人に話を聞きに行く。かくて物語は、誠実が語り手となって希望とつながりがあった人物から話を聞くパートと、希望についての話をする関係者が自身の過去を回想していくパートが交互に置かれ、進んでいく。
 ページを繰る手が止まらないのは、失踪した希望がリフレクターの役目を果たし、誠実や彼らの母親、関わりがあった者たちの、当人たちも記憶の底に埋めていたような傷や後悔や秘密を、代わる代わる登場する語り手自身に突きつけるように照らし出すからなのだ。
 強権をふるい暴力で支配する父親や夫に、忍従しつつ憎む娘や妻。それを嫌悪したり、見て見ぬふりだった息子たち。自分の価値観こそが絶対で、他人にレッテル張りをすることにためらいのない母親を軽蔑する娘。夫婦円満を望むあまり、妻への不満を口にできなかった夫。かと思えば、勉強のできる長男と比べたりせず、次男が好きな道を行くことを応援するという両親の大らかさに、かえって何もない自分を自覚し、コンプレックスが刺激されてきた息子もいる。こう生きたかった。こうありたかった。その理想と現実の距離に引き裂かれ、傷を負った人が多く描かれる。
 それにしても、希望の印象を追えば追うほど、彼のつかみどころのなさが際立ってくるのが興味深い。高校時代のガールフレンドだった山田由乃は、希望はやさしくて、きれいな人だったと言った。会社の後輩の有沢慧は、誰に頼まれたことにも「いいですよ」と引き受けてしまう希望の、いつも風に吹かれているような感じに反発していた。希望が少しだけ通った〈のばら保育園〉の元園長・小平敦子は、希望を大人をじっと観察するような〈子どもらしくない子ども〉の雰囲気が気持ち悪いと思っていたし、敦子の娘で当時保育士だった小平実花子は、再会したとき〈「静謐」のまま大人になっていた〉と感じた。希望と一緒にいなくなった重田くみ子には、〈なにか薄いあきらめが、霧のように全身をつつんでいる人〉だと見えていた。
 実際、「とは限らない」が、寺地の小説にはついて回る。人には、ふだん見せている顔とは違う面があることや、状況が変われば反応が変わるときがあることを肯定して、多面的に描く。だから、リアリティーがある。登場人物たちが本当にすぐ隣にいるような気になるのだ。
 また、本書でも、デビュー作の『ビオレタ』同様、美しい箱が印象的な役割を果たす。『ビオレタ』では、〈棺桶〉と呼ばれる箱は記憶や思い出を葬るためのものだったが、本書では……。答えは、重田くみ子が語る章を読まれたし。この温かさが、寺地はるな印だよなと思う。

(みうら・あさこ ライター)
波 2020年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

寺地はるな

テラチ・ハルナ

1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。他の著書に『わたしの良い子』、『大人は泣かないと思っていた』、『正しい愛と理想の息子』、『夜が暗いとはかぎらない』、『架空の犬と嘘をつく猫』などがある。

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