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すべて忘れてしまうから

燃え殻/著

572円(税込)

発売日:2022/08/01

書誌情報

読み仮名 スベテワスレテシマウカラ
装幀 寺田マユミ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-100352-8
C-CODE 0195
整理番号 も-45-2
ジャンル 文学・評論
定価 572円

エモーショナルな郷愁を誘う、燃え殻初のエッセイ集。

人生はままならない。だから人生には希望が必要だ。深夜ラジオを聴いた部屋で、祖母と二人きりで行った富士サファリパークで、仕事のためにこもった上野のビジネスホテルで、仮病を使って会社を休んで訪れた石垣島で、ボクが感じたものは希望だったのか――。良いことも悪いことも、そのうち僕たちはすべて忘れてしまう。だからこそ残したい、愛おしい思い出の数々。著者初のエッセイ集。

  • 配信
    すべて忘れてしまうから(2022年9月配信)
目次
はじめに
セックスしなくても幸せだった夜
逃げて逃げて今がある
映画館の席は必ず端に座ることにしている
そもそも、エモってなんだ
あなたの関節を全部折ります
死にたいんじゃない。タヒチに行きたいんだ
写真の中のあの人は、どんな声をしていたのだろう
彼女は駅のホームで突然「バカ」と短く言った
きっと今日も僕はリサイクルされている
偉そうにするなよ。疲れるから
異国の彼が僕よりここに馴染んでいる
何も持たずにすべてを置いて僕たちは死ぬ
会ってほしい人がいるの
ここではないどこか、僕じゃない誰か
俺は似合ってるか? ここに
ねえ、なんで追ってこないの?
涙を流している人が常に一番悲しいわけじゃない
やっぱり、すぐに「わかる」って言う奴はダメだと思うんだ
新宿にさ、森があるの知ってる?
アラーキーより今を残す人
抗えない自分がその物語の中にいる
サービスの国の住人たち
MTVでも、見ていけよ
俺、もう16だからタバコやめるわ
勘違いしないでね、と彼女は優しく囁く
ではお客さま、ステージのほうへ
アンタさ、つんく♂に似てる?
逆に、忘れられない年越しになったね
これは約束と営業です
この週刊誌、買いにくいわぁ
おじいさん越しに見た彼女は、やけにキレイに映った
エゲツない思い出は、ひとつ覚えときゃいい
ヘラヘラ笑うことが、せめてもの抵抗だった
北は駆け落ち、南はバカンス
生きていると全部が、元には戻らない
いつもの交差点で待ってます
あの記憶は誰のものなのだろう
男と女は、世界でふたりぼっちだったんじゃないだろうか
僕は今でもアイスは噛んで食べる
今夜は、悪口かエロ話だけにしましょう
僕たちは出会って話をして、またひとりに戻る
旦那はいないから安心して
悪いことが起きる気配もなかった
あの夜、『ナイトクルージング』を一緒に聴いた
新しい『フォーカス』入りましたよ
今日も誰とも会わずに一日が終わろうとしている
記憶は優しい嘘をつく
君はいつか知らない誰かとまたここに来る
現実は常に、陰謀論よりクソつまらない
すべて忘れてしまうから
解説 町田 康

書評

この景色は一生忘れない

堀井美香

 燃え殻さんに初めて会ったのはラジオの収録だった。この本、『すべて忘れてしまうから』の単行本刊行を記念しての特別番組で、彼がリスナーの悩みや忘れられない出来事に答えていくというもの。私は燃え殻さんのアシスタントとして出演をとのことだった。
 私たちは収録の二、三日前にツイッターで挨拶をした。「打ち合わせ、全然出来てないのですが、収録よろしくお願いいたします。」「僕もよくわからないまま行きますが、お願いします。」みたいなやりとりだったと思う。
 収録の間、彼は自分の記憶を手繰り寄せるようにして、リスナーのメールに丁寧に優しく答え続けた。昔、酷いいじめにあっていたこととか、悲惨なパワハラを受けていたこととか、傷跡のような自分の時間をさらりと話しながら、全てから逃げてください、と笑って言った。
 彼が発する言葉は、どこかにたどり着こうとするものではなかったが、その答えを聞いていると、本は静かにめくられ、彼の作品ひとつひとつが浮かび上がってくるようだった。彼の記憶と共に、自分の過去も呼び起こされそうになったが、そこに身をうずめようとはせず、振り払った。記憶を無理にアップデートしてきた私には、逃げてきた何かに、もう一度向き合うことは難しいから。周波数低めの声で、無気力な雰囲気さえ漂わせてはいたけれど、むしろこうやって淡々と、しこりとも思えるようなある日の話ができるなんて、きっとこの人は私より強い人なのだろうなと、マイク越しに彼のことを見ながらぼんやりと考えていた。
 いつだったか、私が土曜ワイド劇場の江戸川乱歩美女シリーズがどれだけ素晴らしいかを一方的に語った時、自分も昔見たことがあるとおっしゃって、放課後学校から帰ってきてどんな風にテレビの前に座って江戸川乱歩のドラマを見たか、その不気味さに小さい自分がいかに震えたかを、こと細かに話してくれた。そしてこの本に出てくる、彼の祖父や祖母のこと、家族との海水浴のこと、母親と見た団地の灯りのことなんかを語るのと同じように、屈託無く話しながら、楽しそうに笑っていた。
 不確かな幻想のようではあるけれど、この本で、私たちが知らない、彼の内なる世界を覗けるのは嬉しい。その中でも彼の語る少年時代の話が好きだ。
 いたいけな燃え殻少年を想像するとき、正直、今の燃え殻さんより愛おしい。きっと臆病で泣き虫でか弱い少年だったのかもしれない。でも、いつも彼の周りには心地よい人々がちゃんといて、彼の過去にはしっかりと幸せな思い出がある。だから彼は今、一瞬の景色を緩やかに切り取ることができているのだろうと思ったりもする。

 竹中直人さんと燃え殻さんと三人で集った日がある。
 土砂降りの夜で、店の窓には雨の中に反射する首都高速の赤と緑の光跡が、綺麗に映しだされていた。それはとても楽しい時間で、竹中さんはいろんな話をしてくれた。
 燃え殻さんが羨ましくて泣いてしまうというつげ義春無能の人」の中にある「この広い宇宙に三人だけみたい」というセリフが竹中さんにとってどんなに惹かれる言葉なのか。燃え殻さんが愛する映画「ヌードの夜」の監督である石井隆という人間が竹中さんにとってどんなに大切な存在なのか。そして私たちが感傷的になって少し黙ると、ブルース・リーのモノマネをしてくれたりもした。竹中さんの向かいに座って、燃え殻さんはずっと嬉しそうだった。
 何時間かの幸せな時間をすごして、私たちは竹中さんの帰りを見送った。五階の踊り場の窓から二人で顔を出して下を覗き込み、雨の中、車に乗りこむ竹中さんに向かって叫んだけれど、雨の音に消されて竹中さんは気づかなかった。
 彼は憧れの人の背中を見下ろしながら「この景色は一生忘れない」と声を落とした。
 その低く柔らかい声と言葉とともに、暗い地面、わずかな波立ちと光のなかで、シャッターがゆっくりと切られる。そしてその映像は、ゆらりと浮かび上がるリフレクションのように、自分の脳の中に染み付いていく。雨の中の実像と水たまりの反射面が合わさり、本当にこの世界に二人だけという感覚になっていき、息が止まりそうになった。
 前にもこんなことがあった。確かに私はその人の言葉に救われた。誰だったかもわからないし、本当にあったのかもわからない。そうしてその記憶は私の前から消えていった。それはあまりにも薄暗く蒼然としていて、今ではもう、思い出そうとする気力すらない。
 過去も、たくさんの人たちのことも、すべて忘れてしまうから、一緒に時間を過ごした人達の言葉を一つくらいは覚えておきたいと彼は話す。でもきっと、彼という存在が、彼そのものが、その言葉を、誰かと二人だけの世界を、作ってきたのだと思う。
 今はこの瞬間から消えてなくなる。薄まり、溶暗の中に置き去りにされる。そこからそっと記憶を連れ出してくれるのが、燃え殻さんであり、この作品なのだと思う。

(ほりい・みか フリーアナウンサー)
波 2022年8月号より

著者プロフィール

燃え殻

モエガラ

1973(昭和48)年神奈川県横浜市生れ。2017(平成29)年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、全世界に配信、劇場公開もされ、大きな話題に。他の著書に『すべて忘れてしまうから』『相談の森』『夢に迷って、タクシーを呼んだ』『これはただの夏』『断片的回顧録』『それでも日々はつづくから』『あなたに聴かせたい歌があるんだ』(漫画家・おかざき真里との共著)がある。

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