新潮社

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』ブレイディみかこ

 うしろめたさのリサイクル学

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2 A Change is Gonna Come ―変化はやってくる―

 ニュージーランドのモスクで銃乱射テロ事件が起きたとき、アーダーン首相がスカーフをヒジャブ風に頭に巻いていた映像が話題になった。愛と思いやりの象徴のような姿と報じられ、多様性と連帯の重要性を示したと賞賛されたが、意外なところにアンハッピーな人がいた。
 わたしのイラン人の友人である。
 新鮮なサーモンを入手したので、サーモンちらし寿司をつくって日本食が好きな彼女を呼んで週末のランチとしゃれこんでいたときのことだった。スカーフを頭にかぶったアーダーン首相がテレビに映っているのを見て、友人が言ったのである。
「物をよく知らない大学生が、また感傷的になってああいうことをやっちゃうのよね」
「大学生じゃないよ、彼女はニュージーランドの首相」
 わたしが言うと、友人は驚いたように答えた。
「え。女性首相だってのは知ってたけど、あんなに若いの? 大学生かと思った」
「やっぱダメなの? 異教徒がヒジャブを被るのは?」
「異教徒とか、そういうのはどうでもいいんだけど」
 友人はそう言って日本人顔負けの美しい箸さばきでサーモンの切り身を摑む。彼女はワインもけっこう飲むし、熱心なムスリムではない。それをよく知っているので、宗教的な問題ではないだろうとは思っていた。理由は別のところにあるのだ。
「この映像を見て気分を害しているムスリムや元ムスリムの女性はたくさんいると思う」
 と彼女は言った。
「ヒジャブは女性への抑圧と差別のシンボルだから、一国のリーダーならよけいに被ってほしくない。大学生なら感傷的になってやっちゃうのもわかるけどね」
 友人が帰って行った後で、息子がわたしに尋ねた。
「ヒジャブって、そんなにいけないものなの?」
 彼は寿司や刺身は苦手なので、先にランチを済ませて居間の隅でスマホをいじっていたのだが、実はしっかりわたしたちの会話を聞いていたのだ。
「学校の先生は絶賛してたのに。『すばらしい決断だ、ムスリムの人たちはみんな心強く思っただろう』って……」
 ヒジャブを抑圧のシンボルと言った友人は、ムスリムのフェミニストだ。彼女はもうヒジャブを被っていないし、大学生の娘にも被らせていない。彼女の言っていることがなんとなくわかるのは、わたしも日本で「九州のカトリック」だったからだろう。東京や大阪などに比べたらずっと土着の、コテコテに古い宗教上の習慣が残っていた九州では、女性はミサに行くときベールを被らなければいけなかった。
「すべての男の頭はキリスト、女の頭は男、そしてキリストの頭は神」「女はだれでも祈ったり、預言したりする際に、頭に物をかぶらないなら、その頭を侮辱することになります」と新約聖書のコリントの信徒への手紙には書かれている。どうして女の頭が男なのか、どうして女だけが祈るときに頭に物をかぶらなければいけないのか、ということに葛藤した覚えのあるわたしには、友人の心情は理解できた。
「イランでは、公共の場では女性はヒジャブを被らなければいけないことになっていて、うっとうしい、嫌だな、と思っても脱げないんだよ。女性にはそれを脱ぐ権利もあるって戦った人が投獄されたり、罰としてムチで打たれたりしている。だからヒジャブが平和のシンボルとか言われたら、『はあ?』って思う人もいるんだよ」
「そんなこと学校の先生は言わなかった……」
 息子はショックを受けたような顔で聞いている。
「でも、ムスリムの人たちの中には、女性がヒジャブ被ってても別にいいんじゃない? と思っている人もたくさんいるし、そういう人たちにとっては、ニュージーランドの首相の姿は先生の言う通り心強かったかもね」
「……うん」
「こういう問題はさ、あれに似てるよね。母ちゃんが日本人だって言ったら、たまに胸の前で手を合わせてお辞儀する人いるじゃん。でも、日本人が誰かに会ったとき、あんな挨拶をする習慣なんてないよね。ただ彼らには日本人はああいう風にするっていう、ぼんやりしたイメージがあるんだ」
「間違ったイメージだよね」
「でも、いちいち『間違ってますよ』って説明するのも面倒くさいし、彼らは彼らでこちらに親しみを示すためにやってるんだろうなって思うから、母ちゃんなんかはそのまま笑って流す」
「母ちゃんは確かにそうだよね」
「でもそれは母ちゃんが、この人たちの日本への理解はこの程度だって諦めているからとも言える。でも、諦めない人たちもいるんだよ。あなたたちが本当に多様性や寛容さを大切にするのなら、ヒジャブとか手を合わせてお辞儀するとかで終わるんじゃなくて、その先に進んでくださいって。本当に日本の人は手を合わせてお辞儀しているのかとか、なぜムスリムの女性たちはヒジャブを被っているのかとか、その先にあるものをちゃんと考えてくださいってね」
 テーブルに頬杖をついた息子が、しみじみと言った。
「よく考えることって大事なんだね」
「うん。まあ簡単に言えば、そういうこと」
「誰かのことをよく考えるっていうのは、その人をリスペクトしてるってことだもんね」
 という息子の言葉を聞いて、なるほどなと思った。
 フェミニスト的見地から、宗教的見地から、どうして白人女性がヒジャブを被るのかという批判はある。でも、気分を害した一部のムスリムの人々の怒りは、ほんとうは息子風に言えば「リスペクトされていない」と感じたからなのかもしれない。
 そう考えると、わたしなんかは、ある意味でリスペクトされないことに慣れ過ぎて、手を合わせてお辞儀をされても怒らず、逆にありがたさとか感じちゃっているのかなと思った。
 その先に進むこと。その先まで理解してもらうこと。そんな変化は、確かにこちらが求めなければ起こるはずもない。

ターバン母さんとの再会

 息子の学校では、音楽部の恒例の春のコンサートの準備が進んでいた。12月のコンサートはクリスマスソングがテーマだが、春のコンサートは毎年テーマが変わる。これまでのテーマには「デヴィッド・ボウイ」や「映画音楽」などがあったが、今年(2019年)は「ザ・ファンク・ソウル・ディスコ」がテーマだった。
 コンサート前にはいちおう部内でバンドのオーディションがあり、それに合格しないとバンドとしては出演できない。息子のバンド(名前はまだない)のメンバーたちも熱心に練習を重ねてオーディションに臨んだが、あっけなく落ちた。リードヴォーカルのティムが、ギャングスタ風に歩き回りながらラップをがなっているときにギターのエフェクターのケーブルに引っかかってこけたからだと息子たちは信じているが、真偽のほどは定かではない。
 そんなわけで、息子はまたもや部員総出のビッグバンド演奏にのみギターで参加することになり、テンプテーションズの「パパ・ウォズ・ア・ローリング・ストーン」だの、ウォルター・マーフィーの「ア・フィフス・オブ・ベートーヴェン」だの、ファンキーなナンバーを自室で毎日練習していた。
 コンサートは、イースター休暇に入る前週、学校のホールで二夜連続で行われた。
「トリッキーなギターソロやんなきゃいけないから緊張する」という息子を開演時間の30分前に学校に送り、わたしもホールの入口脇の廊下で開店の支度をした。今年から、制服リサイクル隊が音楽部のコンサート会場でも制服販売を行うことになったのだ。
 テーブルの上にリサイクルの制服を重ね、SとかMとかサイズを書いた紙をテーブルの縁にセロテープで貼っていると、早くもホールの扉の前に列ができ始めた。開演10分前にならないと扉は開かないが、音楽部員たちは30分前に来るように言われていたので、出演する子どもを送ってきた保護者たちが、そのまま列に並んで開場を待っているのだ。
 列の中に何人か知っている顔を見つけ、「ハーイ」とか「久しぶり」とか世間話をしながら制服を並べていると、列の後ろのほうに見覚えのある家族が立っているのが目に入った。
 鮮やかなオレンジとグリーンのロング丈のワンピースを着て、黄色いターバンを頭に巻いた女性と、その周囲に立っている子どもたち。去年、息子のクラスに転入してきたアフリカ系の少女の家族だ。黄色いターバンの母親の脇には、中折れのストローハットをかぶったダンディな黒人の中年男性が目の覚めるようなブルーのシャツを着て立っている。
 それでなくとも黒人の少ない学校だから目立っているのだが、彼らのカラフルなファッションはそこだけ別世界のようだった。陰気な色彩の列の中で、そこだけ原色に輝いている。梶井基次郎が丸善の棚に置いて来た檸檬れもんの色ってこんな感じだったんだろうかとふと思った。
 じっと彼らを見ているわたしの視線に気づいたのか、ターバンの母親がこちらに近づいてきた。わたしは思わず視線をらし、テーブルの上の制服を意味もなく広げてまた畳み始めた。気まずい感じだった。去年、こんな風にリサイクルの制服を売っていたときに、ちょっとした言葉の行き違いで、彼女を怒らせてしまったことがあったからだ。
 あれはちょうど息子たちのクラスで、アフリカを中心に行われているFGM(女性器切除)に関する授業が行われた直後だった。クラスの女子たちが、彼女の娘も家族からアフリカに連れて行かれてFGMを施されるのではないかとかいう無責任な噂を流し始めたのである。そんなときにわたしが「どこか休暇ホリデイに出かけるんですか?」と聞いたものだから、彼女が「アフリカには帰らないから、安心しな」と吐き捨て怒って帰ってしまったのだった。そんなつもりで口にした言葉ではなかったとは言え、わたしの心にも暗いしこりが残った。あれ以来、彼女と顔を合わせたことはなかったのである。
 だから、彼女が拍子抜けするほど明るい声で「ハロー」と言ってきたときには虚を突かれた気分になった。
「ハロー。お元気ですか」
 こちらも気を取り直して挨拶すると、彼女はテーブルの上の制服を手に取り、
「体操服はこれだけしかないの?」
 とわたしの脇に立っているリサイクル隊の母親の1人に話しかけている。
 彼女にとっては、わたしはリサイクルの制服を売っている母親の1人に過ぎないのだし、ひょっとするとあの頃、似たような経験は他にもあったのかもしれない。時は進むし、人も進む。そもそも先方はわたしのことなど覚えてないかもしれないし、と思いながら、別の保護者の相手をした。そしてその保護者から代金を受け取り、売れた制服をビニールの袋につめていると、うつむいて制服を物色していたターバンの母親がいきなり顔を上げて話しかけてきた。
「あんたの息子、ギターうまいんだってね。娘が言ってた」
 またもや不意を突かれて動揺しながらわたしは答えた。
「そんな、特別うまいってこともないと思います。音楽部の子はみんな楽器が上手だから」
「うちの娘も音楽部に入ったんだ」
「そうなんですか。何の楽器を弾いているんですか?」
「うちの娘は歌。シンガーさ」
 彼女はそう言ってリサイクル隊の母親の1人に何枚か選んだ制服を渡し、財布から硬貨を数枚取り出して渡した。
「みんな一生懸命に練習してきたんだから、きっといいコンサートになるよ。じゃあね」
 彼女が制服の入ったビニール袋を下げて歩き去って行ってから、彼女に制服を売ったリサイクル隊の母親が言った。
「彼女の娘、音楽部に入って以来学校に来るようになったから、コンサートが嬉しいんだろうね」
「え?」
「知らなかった? 彼女の娘、去年の夏に編入してきたんだけどなかなか溶け込めなくて、女子たちに仲間外れにされて、学校に来なくなっちゃったの。教員や生活指導員が何度も家庭に行ったりして働きかけたけど、来たり、来なかったりで……。転校させる話も出ていたらしいけど、校長の勧めで音楽部に入って、それから毎日学校に来るようになったらしい」
 彼女はPTAの役員もしているので、こういうことをよく知っているのだった。
「うちの息子と同じクラスなんですけど、全然そういう話をしてなかったから、知りませんでした」
 わたしはそう言ってくすんだ色の列の中でひときわ明るく目立っている原色のファミリーに目を向けた。女生徒が配布しているコンサートのプログラムを受け取ったターバンの女性が、中を開いてにこにこ笑いながら眺めているのが見えた。

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音楽部のソウル・クイーン誕生

 コンサートが始まり、遅れてきた保護者たちもすべてホールに入って行ったと思われる頃、一緒に制服を売っていた母親に「息子さんを見てきていいよ」と言われたので、わたしもこっそりホールに入った。リサイクル隊の別の母親コンビが販売を担当することになっている2日目のチケットを買っていたのだが、演奏中は誰も制服を買いに来ないので、廊下にただ立っていても暇なのだった。
 後方の隅っこに空いた椅子を見つけて座ると、ちょうどビッグバンド(要するに部員全員)がアーサー・コンリーの「スウィート・ソウル・ミュージック」を演奏している最中だった。ギターのメンバーたちが座っている列の中央で、息子もギターを抱えてちんまりと座り、神妙な顔つきで弾いている。周囲の子たちに比べて、彼のギターだけやけに大きく見えた。
 曲が終わると、シスター・スレッジの「ウィー・アー・ファミリー」が始まり、次はダスティ・スプリングフィールドの「サン・オブ・ア・プリーチャーマン」へと曲が移り変わる。ビッグバンドの後ろにはひな壇が設置され、音楽部のコーラス隊のグループが20人ぐらい立っていた。その中からリードシンガーが1人ずつ交代でステージの最前方に降りてきてはマイクの前に立って歌った。降りてくるのはみんな大人っぽい化粧を施した上級生の少女たちばかりだ。ソウルやR&Bの影響を受けたポップソングがヒットチャートを席巻する時代に育ったティーンらしく、みんなアデルやエイミー・ワインハウスを髣髴ほうふつとさせる歌唱法で、どの子も美声の持ち主だった。
 出演者の服装は黒と白のモノトーンでまとめるように言われていたので、みんな黒いパーカーや白いポロシャツ、Tシャツなどを着ているが、コーラス隊の中に1人だけ襟元に花びらのような大きなフリルがついたブラウスを着た少女がいた。まるで花の中央から顔が出ているような華やかなデザインだ。だが、彼女が目立っているのは服のせいだけではない。コーラス隊もビッグバンドもみんな合わせて、ステージに立っている黒人の生徒は彼女だけだった。だから、すぐに彼女がターバンの母親の娘だということがわかった。
 少女が合唱に加わっている姿を見るだけで、もううまいことがわかった。体の揺らし方、頭の振り方、そして指揮者の先生を見ている目つきがすでに周囲の子とは違うのである。交代でソロを歌っているのはみんな上級生だから、息子と同じ学年の彼女がリードを取ることはないかもしれないが、実はこの子が一番うまいんじゃないか。
 と思っていると、エイミー・ワインハウスの「ヴァレリー」の演奏が終わった後で彼女がひな壇から降りて来た。司会の副校長がマイクを取って、ステージの端に立つ。
「次は時代を遡り、ちょっと静かな曲を聴いていただきたいと思います。サム・クックの有名な曲で、公民権運動のアンセムとなり、現代にいたるまで、社会をより良い場所に変えようとする人々に影響を与え続けてきた作品です。もちろん、その曲は『ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム』です」
 そう言って副校長が曲を紹介すると、ヴァイオリン担当の子たちがイントロを弾き始め、ブラス隊も立ち上がった。ビッグバンド・ヴァージョンの伴奏だ。その前方ど真ん中で、ターバンの女性の娘が、マイクスタンドを握りしめて歌い始めた。
「私は川のほとりで生まれた 小さなテントの中で そしてそれ以来 ちょうどあの川のように 私も流れ続けている」
 ものすごい声だった。12歳や13歳の少女の歌じゃない。驚くほど成熟した、アレサ・フランクリンみたいにブルージーで暖かい声だ。
「長い時間 ほんとうに長い時間がかかった でも私は知っている 変化はやってくる 必ずやってくる」
 いい気分でリズムを取りながら演奏を聴いていた会場の人々のムードが一変していた。少女の歌がぶっ飛ぶほどうまかったからだ。みんな真顔になって吸い込まれるようにステージを見ている。
「映画館に行っても 街に出ても いつも誰かに この辺をうろつくなと言われる 長い時間 ほんとうに長い時間がかかっている でも私は知っている 変化はやってくる 必ずやってくる」
 小さな体のどこから出てくるのかと思うようなパワフルな声で少女は歌い続けた。ビッグバンド演奏も霞むような迫力だ。これは教会のゴスペルで鍛えた声だなと思った。彼女の前に歌ったミニチュアのアデルやエイミーたちとは、ちょっとシンガーとしてのレベルが違う。
「もうやっていけないと思ったこともあった でもどういうわけか いまは信じている 私はやっていけるって 長い時間 ほんとうに長い時間がかかった でも私は知っている 変化はやってくる 必ずやってくる」
 演奏が終わると、物凄い拍手が起きた。ティッシュを出して涙を拭いているお母さんや、黙って胸に手を当てているお父さんもいる。歓声を上げる人も、口笛を吹く人もいない。それは割れんばかりの、でも静粛な拍手だった。
 副校長が再びマイクを持ってステージの袖に出て来た。彼は両手を広げて拍手を抑えるような仕草をし、それが収まるのを待ってから言った。
「このような歌がソウルと呼ばれるのは理由があることなのです」
 確かに彼女の歌こそソウルだった。また拍手が湧き起こり、それが鎮まるのを待って副校長が言葉を続けた。
「この曲を作ったのはサム・クックですが、彼にインスピレーションを与えたのはボブ・ディランでもありました。ボブ・ディランの『風に吹かれて』というプロテスト・ソングを聞いたサム・クックが、それに大いに触発され、自分もこのような歌を書くべきなのだ、書いてもいいのだ、と思って作った曲が『ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム』です。そのことを我々は覚えておくべきだと思います」
 副校長は一度も「黒人」「白人」という言葉を使わなかった。けれども、白人のボブ・ディランが人種差別に抗議する曲をつくり、それに黒人のサム・クックが触発されたという、人種の垣根を超えたインスピレーションについて語っているのは明らかだった。
 三度目の拍手はなかなか鳴りやまなかった。小柄なソウル・クイーンはすでにひな壇に戻り、コーラス隊の1人になってそこに立っていた。

 コンサートが終わる前に廊下に出て、リサイクルの制服の出店に戻った。最後の曲の演奏が終了し、ドアが開くといっせいにホールから人々が出て来て、出口のほうに流れて行く。
 ターバンを巻いた女性とその家族のカラフルな一団も出て来た。出店の前を通り過ぎて行くとき、彼女と目が合ったので、
「娘さん、とんでもないシンガーですね。びっくりしました」
 と言うと、周囲を歩いていた人たちも、
「あれはすごかった」
「ぶっちぎりで今夜のベスト」
「涙が出た。いいものを聴かせてもらいました」
 と口々に少女の歌を絶賛した。
「みんな上手だった。みんなで一緒に練習して、みんなでベストを尽くしたからいい演奏になったんだ。あの子はみんなの中の1人に過ぎない」
 ターバンの女性はきっぱりとそう言い、満面の笑みを浮かべて廊下の向こう側に手を振った。
 白い花びらみたいなフリルのブラウスを着た少女が、数人のコーラス隊の女子たちと楽しそうに喋りながら控え室から出て来たからだ。
 あの子はみんなの中の1人。
 それは謙遜の言葉ではなく、ターバンの女性にとってとても重要な言葉なのかもしれないと思った。彼女たちも、長い時間はかかったが、ここまで来たのだ。

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この本をできるだけ多くの人たちに読んでほしいと思っています。
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(編集H&新潮社「チーム・ブレイディ」一同)

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