藤原正彦さんインタビュー
             
  ──聞き書きをもとに本を作られたのは初めてだそうですが、やってみていかがでした?

藤原 騙されました(笑)。もう少しラクかと思った。「品格ある国家」について語っているわりには、文字にしてみると言ってることが下品なんで、そのままでは本にならなかったし。結果的に、手間は書き下ろしとあまり変わらなかったですね。
 
             
  ──ご苦労様でした。この本では、情緒と武士道精神の重要性について繰り返し語っておられます。そういう考えを明確に抱くようになったきっかけは何ですか?

藤原 最大の理由は、87年から一年間ケンブリッジ大学に行ったことです。ケンブリッジの人たちは、ニュートンの頃と同じ伝統の中で暮らすことに、最高の価値を見出しているんです。同じ部屋で、同じ黒マントを着て、同じくロウソクの下でディナーを食べる。そんな保守的なコミュニティが、どうしてノーベル賞やフィールズ賞をとるような偉大な学者を生み続けているのか。その理由は何なのか。「改革」とか「便利」を求めることが、本当にいいことなのか。そういうことを考えるようになりました。

──伝統として続いているものこそ価値がある、と。

藤原 日本では、例えば住宅などでも新築が評価されますよね。ところがイギリスでは古い方が価値があるんです。家具なんかもそう。私が住んでいた家も古くてすきま風が吹いてましたが、便利さを求めて建て替えるのではなく、少しずつ直して使っているんです。日本もせっかく「情緒」や「武士道精神」といった、世界に誇るべき「国柄」を持っているわけですから、こうした伝統は何としても守っていくべきです。
   
             
  ──情緒と論理は普通、対立するものとして考えられますが、藤原さんの言う情緒は論理と対立しない……。

藤原 論理には常に出発点が必要です。そして、その出発点は常に仮定である。だから、論理は論理だけで自己完結していないんです。みんなそのことを忘れています。日本が育んできた情緒や武士道精神は、実は論理の出発点ともなりうる、すぐれて普遍的な価値なのです。

──『国家の品格』の第二章では、論理の限界を論理的に証明しています。目からウロコが落ちました。

藤原 欧米人にはそれがなかなか分かって貰えない。ここ五世紀くらいは、欧米流の「人間中心主義」「論理中心主義」が世界を覆ってましたから。
 
   
    ──そういう藤原さんご自身にも、実は「アメリカかぶれ」だった時期があるそうですね。この上半身裸の写真にも、なにやらその片鱗が……。

藤原 ああ、これはコロラド大学の助教授をやってたころに、西海岸で撮ったものです。この頃は、アメリカかぶれというより、アメリカ人のつもりでしたから。英語で講義してたし、ガールフレンドもたくさんいたし(笑)。
 その状態で日本に帰ってきちゃったから本当にアメリカかぶれで、ジーンズに上半身裸で町を出歩いたり、教授会で「改革」を掲げて年配教授を論破してみたり……。
 
 
 
  ──それ、ご著書の中で触れられていた「論理は放っておくと暴走する」を地でいってますね。

藤原 いま思うと恥ずかしいです。でも、「論理的正しさ」に絶対的確信を持っていると、そういうことが分からなくなっちゃうんですよ。「市場原理主義」を正義の御旗にして企業買収を仕掛けている人たちも、自己確信に満ちた顔してるでしょ。

──その快適なアメリカ生活を捨てて、なぜ日本に戻ってきたんですか?

藤原 アメリカに行く前に助手を務めていた都立大にまだ籍があったんです。本当は最長二年までなんですが、向こうの大学でポストを得られたので、例外的に三年行ってました。あのままアメリカにいたら、本当に「いやな奴」になってたかも知れません。

──そうならなかったのには、お父さんの影響が大きかったようにお見受けしましたが。

藤原 そうですね。『武士道』を書いた新渡戸稲造と一緒ですよ。自分の道徳を形作るものが何かを振り返ってみると、幼い頃父に叩き込まれた武士道精神にその基盤があることに気付いた。「卑怯なことはするな」と、自分自身の価値観をむりやり押しつけてくれた父には、どんなに感謝しても感謝したりません。だから私も、子供たちには自分の価値観を押しつけてきました。

──余計なお世話ですが、奥さん美人ですね。

藤原 そうですか? 顔なら私も絶対的自信がありますよ(笑)。ただ、若干くやしいのは、息子が結構ハンサムなんですけど、私と歩いているとみんな「あれっ?」って顔をしているんです。で、女房が来ると納得してる。

──新書の単著は今回が初めてですが、どんな方々に読んでもらいたいですか。

藤原 日本全国の、私をひそかに愛している数限りない女性ファンです。養老さんの『バカの壁』がライバルなので、がんばらないと(笑)。
   
             

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