立ち読み:新潮 2022年7月号

ギフトライフ/古川真人

 昼にオフィスで面談しましょうと所長から言われて出社したときには、おおよそ何を言われるのか予想はついていた。溜まっている休みをまとめて取れ、そうでないとあなたの信用ポイントにも響くことになるだろうから——実際、正面に腰掛ける所長がぼくの食べるコンビニ弁当に視線を落として肉尽くしだねと笑って言ったのは、すでに休暇の申請を今週末までに出してほしいと切り出されたあとだった。
「九月いっぱいは肉系の弁当がセールとかで、駅前の弁当屋で安売りしていたんですよ」と、ぼくは言って塩辛いソースをまとった肉団子を口に運ぶ。
「カロリーがすごそうだな。あなたも気をつけてね、やっぱり健康は一度失うと取り戻すのがね……休みをあまり取らないっていうのは訳があったりします? 時々こういう機会を設けて従業員の働き方を把握しなくちゃいけないから、きょうは出社してもらったんですけど」
「理由はないですけど、まあ強いて言えば妻が育休を取ってますから。ぼく自身も基本は家で子供の面倒を見ながら仕事してたんで……まあでも、うっかり忘れてたのが理由です」
「あれですか、うち以外だと」
 健康に気をつかっている所長のことだからベジミートを使ってるんだろう、手の平からはみ出る大きさのケバブにかぶりつくとしばらくして促すようにそう言った。
「二社ですね。一社が『企業』の下請けで、あと一社が更にそこからの下請けです」
「そうですか。ほかでは育児休暇を申請して、代わりにうち一社に集中してくれてるっていう感じですね? じゃあ、今日も奥さんとおうちでゆっくりしていたはずだったりしました? 来てもらっちゃって申し訳なかったです」
 いえ、そんな、たまに外に出るのも気晴らしになっていいですからとありきたりな返事をしたぼくに、所長は「もうひとつ、これ提案なんですけど」と言った。
 そこでやっと、ぼくは呼び出された理由が休暇の申請だけではなく仕事を頼むためだったのだと理解した。
 福岡に出張してくれと所長は言った。
 この営業所でのぼくの仕事はレンタルドローンの保守点検だ。といっても実際に機体に触ってみることもなければ、そもそもドローンの内部構造や性能といったことは何一つ分からない。なのに、そう、ぼくはちゃんと働くことができている。どう働くかといえばまずタンマツに連絡がくる、どこそこの農場、工場、珍しいところだと富豪の私有地に貸し出したドローンに不具合が生じたって。不具合がどんな性質なのかぼくは知らないしまた知る必要もない。具体的な故障の情報はぼくじゃなくドローンの修理を担当する工場に行くから。だからやることといったら最寄りの営業所に連絡をして、新しいドローンを工場から送る手配をしたから故障機の回収と交換のための作業員を派遣してくれと伝える。
 これだけ。でもこれだけじゃさすがに食べていけるだけの給料は得られていないから他の会社にも従業員登録をしたうえで、中国政府から委託を受けAIによって反社会的な会話をしていると判断された人物を通報する前の、翻訳された書き起こしの文章を確認する業務だとか、病院の電子カルテの定期的な保存管理と廃棄作業だとか、そうした細かいちまちまとした、けれど社会に必要な——のかは分からない、でもぼくの収入となっている点じゃ大切な——仕事を他に二つ兼業することで、あと妻の稼ぎも加えてどうにか東京で暮らしていけている。
 そう、本来なら東京に居たまま福岡の営業所に連絡を入れれば仕事はすむはずなんだ。けれど今回不具合が生じたドローンはぼくが回収しに行かなければならなかった。なぜならどうしても現地の人間を使ってやり取りできない代物であるせいで、東京営業所から派遣された従業員だけで回収と現地からの発送作業までをしなければならないからだった。別に現地の従業員でいいじゃないかと思うけど銃を備え付けてあるのが厄介だった。イスラエル製。元は軍用ドローンだったらしい。耕作地の害獣を駆除するためのドローンだった。
 銃が装備してある特殊な事情に加えてカメラだとか各部品の材質だとかそういったものに特許関係の機密事項がごちゃごちゃと付いているらしく、だから「企業」に連なる系列として特別に管理事業を任されたこの営業所に所属する従業員しか、不具合の生じたドローンを扱ってはならないという規則になっていた。
 というわけでぼくが出張するはめになった。
 でも、なんでぼくが? 他にも従業員はいるのに。
 なんでなのか、それは分からない。ここで働きだしてからいつの間にか銃がくっ付いたドローンの管理ならぼくにお任せみたいになっていた。数か月に一度、貸し出し先から連絡を受けて銃の弾丸を配送する手続きをしてはいる。それから回収後の新しい機体の配備の手続きも。弾丸と、交換したドローンに関してはさすがにぼくじゃなく現地の営業所が持っていってくれる。頻繁に弾の替えをくれと言ってくる取引先なんかは、きっと山の裾野まで目いっぱい耕作地として拓かれたところもあって、そういう場所なら猪や猿の類もたくさんいるに違いない。でも中には、ほとんど毎月のように弾を持ってこいと言ってくるところもある。そんなに撃つほど害獣って多いんだろうか? それとも威嚇射撃をして追い払っているから弾がすぐになくなる? そんな疑問を手続きしながら思い浮かべることはある。けれど理由を知ったところでぼくの生活には関係ない。東京のマンションで妻と三人の子供と暮らす生活に、どうしてドローンのぶっぱなす弾の行方が関わるだろうか。ちょっとでもそれが関係するとすれば、ぼくにとってドローンのあれこれの手続きを処理することが生きていくうえでの必要な稼ぎとなっている点だけなんだ。
 そして、その稼ぎを得るために所長が提案してきたのが九州北部の特区内に墜落したドローンの回収だった。

(続きは本誌でお楽しみください。)