立ち読み:新潮 2020年4月号

縁側の人/筒井康隆

 わたしの恋人マイダーリン、地獄の恋人ヘルダーリン。死ぬがよい、高貴な精神よ。この地上では君の住まう場を求めても所詮甲斐ないのだ。なぜならば地上こそが地獄。狂気の晩年にも詩を書き続けたが、それさえ地獄で出版された。あはははは。なあに驚くことはない。ヘルダーリンは昔読んだ詩でな。大正時代に出た生田春月という詩人の翻訳が家にあってな、たまたまその詩をいくつか読んだだけだが、今でもヘルダーリンなんてもの読んどる人がいるのかな。わしはちょうどお前の年頃、中学時代に読んだ。これはもう、清らかな清らかな詩でのう。あれは中学生ならいかれるわい。そうそう。思い出したぞ。あの頃の同級生で吐糞症の女の子がいた。腸閉塞の為に腸の内容物つまり大便が口から出る病気だ。口が臭かったので皆から嫌われていたが、可愛かったのでわしはその子が好きだった。その子もわしが好きで、ずいぶんつきまとわれたもんだ。だから十三、四歳の頃だよ。お前には好きな子がいるのかな。ええと、お前は武志だったかな。ああそうか。広継だ広継だ。すまんすまん。とにかく中学の学芸会、今は文化祭って言うのか。クラス代表で何かやれと言われて、他に何かやる芸を持ったやつがいなくて、しかたないからそこでヘルダーリンを朗読して、ヘルダーリンを讃えたわしの詩も朗読した。誰にもわからずに皆ぽかんとしておったが、社会の教師にだけは褒められたなあ。ああ、世界史専門の教師だよ。
 詩かね。詩は昔、わしだけではなく、若い連中がみんな好んでおってな。バイロンとかハイネとか、いろいろとあったが、ほとんど忘れてしもうたなあ。それでもいくつかは憶えておるよ。戦後すぐの頃だから十二、三歳だったかなあ。戦前から家にあったレコードで、「ポエマ」というタンゴのレコードがあった。よく憶えておらんのだが、やっぱりアルフレッド・ハウゼという楽団の演奏だったかなあ。あの頃はコンチネンタル・タンゴといえばアルフレッド・ハウゼだったからな。「真珠採りのタンゴ」「碧空」「ジェラシー」「ラ・クンパルシータ」。で、その「ポエマ」だが曲の合間に詩の朗読があった。「ああ黄昏も迫り」というあの曲をバックにして女が朗読する。意味も何もわからぬままに何回も聞いて憶えてしまったんだが、間違っておるかも知れんよ。憶えておる通りに言うてみるが、とにかく、こんな詩だ。
 ポエマタンゴ
 マーティカルモニーヤ
 デパチヨナンセンチミエント
 セーストヴィスタクラルゴティーエントコモデニートウエストコムディート
 デラババラディタニエルブレドミナンセ
 イーコムマールゴヴェーティセイロオ
 何が何やらわからんだろう。わしにもわからん。ドイツ語かも知れんが、わしはドイツ語を知らんので何とも言えんな。ああ。第二外国語か。わしはフランス語だった。いやいや、もう今となっては何もかも忘れてしもうた。辛うじてエートルとアヴォワールは憶えておる。うん。BE動詞とHAVE動詞だ。そうだ。こんな詩を暗記させられたことを憶えてるぞ。「オンネンタンデー・リヤン・リヤン」。何も何も見えなかったという意味だが、たしか「水の上」とかいう詩でな。誰の詩か憶えとらん。サルトルではなかったかなあ。ああ。何もかも断片じゃ。断片じゃ。断片になってしもうたわい。そうかお前が武志か。もう大学生か。英語とイタリア語かあ。ということは、お前は恵一の息子か。でかいなあ。ということは恵一はもう中年か。昔なら初老ではないか。恵一になあ、この家の商いを継がせようと思うておったが、会社員になってしもうたなあ。祖父さんが始めた不動産業じゃ。そうじゃ。その祖父さんがこの家を建てた。他に継いでくれる者もおらん。わしの代でしまいか。何もたいした仕事をせいでも勝手に儲かっておったから、ええ商いだったんだがなあ。
 寒うなってきたな。敏子さん。羽織をくれんか。あ。淑子さんか。こりゃ失礼。武志は「スリラー蟹の出現」という小説を知っとるかな。これは変な小説でなあ。隣の部屋で変な音がして、危険だということがわかっていながらそっちへ見に行くなどの、スリラー映画の観客をはらはらさせる技法そのものを批判しとるのだが、それがそのままスリラーになっておってな。これが怖い。今はどうすれば読めるかなあ。何せ昔の小説だ。ネットで古本を捜してご覧。いやいや。わしの本棚を捜しても無駄だよ。金がなくなるたびに本をごっそり売ったからなあ。でもなあ、売った本のことでも内容はぼんやりと憶えておるから、読んだだけのことはあったんだろうな。それにしても、スリラー蟹とはどんな蟹だったのかな。東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれてたはむれておった蟹なのかなあ。はてさて、指で砂山の砂を掘ってたら出てきたのはいたく錆びしピストルかなあ、真っ赤に錆びたジャックナイフかなあ。なんでまた砂に大といふ字を百も書いたのかなあ。死ぬのをやめるためだけかなあ。あの辺のことはようわからんわい。
 なあ広継。あの桑の木だが、枯れてきておりゃせんか。わしには枯れてきたように見えるが。昔理科で蚕を飼うた時に、クラスの連中が大勢、あの桑の葉を取りに来たなあ。虐めっ子は庭に入れてやらなんだ。それを恨んでまた虐められたがな。あはははは。中島の芙美子ちゃんも来たなあ。あの子は綺麗だった。四年前に心臓を悪くして死んだが。そうか、あの家には今も芙美子ちゃんの曾孫がおるのか。芙美子ちゃんに似とるか。なんじゃ男の子か、つまらん。なあ武志。お前は何をやっとるんじゃ。スポーツのことだよ。何。クラヴマガとは何じゃ。イスラエルの軍隊の武術とはそりゃまた物騒なものをやっとるなあ。クラヴマガのう。えっ。弟はテコンドーをやっとるのか。テコンドーなら知っとるわい。そうそう正志だったな。兄弟で凄いものやっとるんじゃなあ。わしなんかフェンシングだった。エペ、フルーレ、サーブル、一応全部やった。いやあものにはならなんだ。女の子に負けておったよ。
 フェンシングが弱かったのはな、あの頃は肥り過ぎておったからでな、若いから旨いものには眼がなくて、常にたらふく食っておった。しかし肥り過ぎは恰好悪いし女の子には嫌われる。痩せたいのだが食い気が先に立ってどうにもならん。そんな時、食い過ぎて下痢をした時などは嬉しかったもんだ。いくら食っても肥る心配がないんじゃからな。おおっ、ここで島倉のお千代さんの替え歌を思いついたぞ。
 しあわせいっぱい腹一杯
 だって だってわたしは
 下痢しているんだもん
 わはははははははははははは。こらこら、気ちがいを見る眼でわしを見るな。
 お前、正志じゃないか。この縁側から小便させてやったの憶えているか。ズボンの前をあけて、青唐辛子みたいな小さなペニスつまみ出してやって、シーコイコイ、シーコイコイと言うと、勢いよくあの金木犀のところまで飛ばしたなあ。今はもうあんな小さいおちんちんじゃないだろうな。いやいや、出して見せんでもよろしい。そうだ思い出した。小学生の書いた詩というのが新聞に載ったことがあった。あの詩には驚いたなあ。今じゃたいしたことはないのかも知れんが、あの頃大学生だったわしには詩の定型を批判しておるように見えた。「シバヰ」という、こんな詩だ。
 ヤ
 ヤ ヤ
 ヤ ヤ ヤ
 ヤ

(続きは本誌でお楽しみください。)