翌日の新聞紙面、各紙の大見出しが次から次へと目の前に浮かび上がってくる。
ああ、今、自分は大変な場所にいる、寺山修司の一大スキャンダル劇、いや、天井棧敷VS状況劇場! そう、日本の演劇界の歴史的闘争現場に立ち会っているのだ――と百合子は気づいて、身が震えた。
と、その時だった。
警察官に取り抑えられ、腕をつかまれて、パトカーに連行される殴り込み劇団員の一人が、ぎろりとこちらをにらむ。つるんとはげたスキンヘッドだ。不気味な怪入道は、うなり声を上げると、突如、路上の少女たちに体当たりを食らわせてきた。
百合子は突き飛ばされ、倒れ、背中からガードレールに激突する。
(うわっ、怪優・麿赤兒だ!? 息子の大森南朋はまだ生まれていないっ……)
ええっ、大森南朋? シブいイケメン俳優の? まさか、その父親がこの兇悪な怪入道? 信じらんない……ググってみたら〈大森南朋(おおもり・なお)、父は俳優、舞踏家の麿赤兒。1972年生まれ……〉、なるほど69年にはまだ生まれていないっ……衝突と背中の痛みでくらくらしつつ、百合子は倒れながらうなずき納得する。
目の前が真っ暗になった。
星が見える。ぽつんと一つ、明るい。北極星だ。その下に、ひしゃくの形の七つの星。北斗七星……。
黒い壁に投射された人工の星たち。
薄暗い店内で、はっと目が覚める。
喫茶・銀河鉄道である。
ああ、自分は夢を見ていたのか?
それとも……。
そう、この時空を超える幻の銀河鉄道に乗って、半世紀も前の渋谷へと旅に出ていたのだろうか?
天井棧敷館。口裂けピエロ。寺山ママ。愛犬タロウ。時代はサーカスの象にのって。和製ジーン・ハーロウ。萩原朔美。カルメン・マキ。昭和精吾。芥正彦。家出少女の雪子ちゃん。新宿駅 東口からキック・オフ! 状況劇場。唐十郎。四谷シモン。大久保鷹。それに、運転席の九條映子。寺山修司のアッパーカット。パトカーと警官隊。そして、麿赤兒と、まだ生まれていない大森南朋……。
さっき見たばかりの光景が、次から次へとフラッシュ・バックする。
ふと隣を見ると、サブコちゃんがテーブルに突っ伏して眠っていた。赤縁メガネがはずして置かれ、メガネを取ると、つるんとした顔で、なんだか赤ん坊みたい。寝顔があどけなくて、かわいい。
何やら、むにゃむにゃと呟いている。
「……夢の中で、夢を見たわ。夢だと思っていたことが現実で、現実だと思っていたことが夢だった、という夢なの」
寝言でまで、テラヤマ名言かよ!? ふっと百合子は苦笑する。
「ところで、サブコちゃんさあ」
そのあどけない寝顔に話しかける。
「あのー……新型コロナウイルスって、いったい何のことなの?」
(つづく)
この作品はフィクションです。主要参考文献は完結時に掲載します。(協力・寺山偏陸)