新潮社

TRY48中森明夫

[第三回 4/5]

(座長の唐十郎だよ。寺山修司より五歳下、いわば寺山の弟分。二人は古くからの知り合いで、仲がいい。唐は初戯曲を寺山に捧げたし、寺山も状況劇場の旗揚げ公演に推薦文を寄せた。唐がテント小屋で芝居をやるアイデアも、寺山がヒントを与えたそう)
 えっ、なんでそれが、こんなもめごとに?
(ちょうど今、天井棧敷館の裏手にある金王神社の境内に紅テントを張って、状況劇場が公演をやってるんだ。そこに寺山が葬式用の花輪を送ったの)
 葬式用の花輪!?
(うん、天井棧敷の旗揚げ公演に唐十郎がパチンコ屋の店先に飾られていたようなぼろぼろの花輪を持っていった。それに対する返礼で、寺山もジョークのつもりだったんだろうけどね。後に二人は対談で、こんなふうに語ってるよ。
唐=草月会館で寺山さんが『青森県のせむし男』なんかやると、きれいな花輪が一杯届いていた。ぼくが雨に打たれたぼろぼろの花輪を届けに行った。あれは本気なんだよ。つまり、どんなきれいな花束よりも僕の持っていった老残の白鳥みたいな花束のほうが絶対美しいという。
寺山=だから一番いいところに飾った。俺は花輪に腹を立てたりしなかったよ(笑)。

 今夜、状況劇場の芝居がハネた後、衣裳とメイクのままの役者たちが一杯ひっかけ、酔っ払って、寺山修司は俺たちにケンカを売ってるのか! って、気勢を上げ、座長の唐十郎を先頭に殴り込みに来たってわけ)
 殴り込み!? わっ、恐っ。ヤクザ映画みたい。百合子は、ぶるった。
 異様な妖気の唐座長を取り巻くのは、黒いハットにヒゲで三白眼の謎紳士、背の高い金髪の女……いや、男? いやいやオトコオンナ? さらにはつるんとスキンヘッドで獣のようなうなり声を上げる怪入道と……みんな白塗りの奇人変人で、さながら見世物小屋から飛び出してきたような異形の一群だった。
 対する天井棧敷サイドは、弱っちい。ひょろっとしたヤサ男の萩原朔美はじめ、いかにも文化系インテリ男子の軟弱な風情。状況劇場一派に完全に押されっぱなしである。
「おら~っ、寺山修司を出せよ、寺山をよお~っ!」
 その声に反応するかのように、道路の向こう側に停止した車のドアが開き、誰かが走ってきた。はおったコートをひらめかせる、大柄の男……寺山修司だ!
 車の運転席から心配そうに見つめる短髪の女性は……妻の九條映子である。
「なんだ、いったい?」
 寺山は一群に割って入る。息を切らして、唐十郎たちと対峙した。
「えっ、どうしたんだ?」
「葬式の花輪をよこすとは、嫌がらせか!」と唐の背後の誰かが叫んだ。
 ああ、ともらし、寺山はぼそりと呟く。
「……ユーモアだ」
 しかし、なまったその発音は正確には伝わらない。
ノーモア? ふざけんな!」
 背の高い金髪の女? 男? オトコオンナ? が唐の前に飛び出した。寺山の腹部にこぶしをお見舞いする。よろめいた寺山はカウンター・パンチを繰り出し、アッパーカットで相手を叩きのめした。
(四谷シモンだよ……後の世界的な人形作家。この時、25歳。状況劇場の女装役者だった)
「うぎゃあ~っ!」と絶叫して、黒いハットにヒゲの謎紳士がなだれ込んでくる。腕を振り廻して、大暴れ、三白眼をぎらつかせて、さながら狂犬のよう。
(大久保鷹だよ……伝説の怪優さ)
 その場が騒然となった。劇団員同士が殴りあい、つかみあい、もみあい、もはやバトルロワイヤル状態だ。野次馬が取り囲み、天井棧敷館の前は人群れであふれ、明治通りに飛び出して、車が止まり、渋滞して、クラクションが鳴りやまない。
 寺山は孤軍奮闘で、襲いかかってくる敵方役者に次々とパンチを繰り出す。やがて唐十郎ととっ組みあいになった。唐は猛烈な勢いで突進して、寺山を壁際に追いつめる。しかし、それ以上、殴りかかってはこない。やはり兄弟ゲンカか? 怒り爆発してなお兄貴分へのひそかな尊敬が押し止めるのか?
 寺山が唐の耳元で何か囁いている。
「劇団員の興奮を醒まさせろ」
 その時だった。破壊音が耳をつんざく。
 喫茶店の前にあったコカコーラの看板を、四谷シモンが高々と持ち上げて、その広いウインドに投げつけたのだ。描かれた寺山はつのイラストもろとも巨大な一枚ガラスが音を立てて割れ、砕け散った。
 店内から悲鳴が上がる。実物の寺山はつだ。寺山ママは狂ったように泣き叫び、身をよじり、ふるわせた。愛犬タロウがワワンワンワンと吠えまくっている。
 サイレンの音が鳴り響いて、赤いランプを点灯させたパトカーが次々と到着した。路上の公然暴力行為で現行犯逮捕、寺山修司と唐十郎がお縄となる。大暴れした劇団員たちも警官隊に取り抑えられ、次々とパトカーに押し込まれた。警察署へと連行されてゆく。
 百合子もサブコも呆然と立ちつくしていた。あんぐりと口を開け、ただ、ジッとその様を見つめているだけだ。