新潮社

TRY48中森明夫

[第二回 4/4]

 えっ、Lの葬式!
 百合子は衝撃を覚えた。
 そんなのって、ありか!?
 サブコの手にするスマホのモニターには、〈2005年2月〉のテロップの動画が映し出される。
 どこかの川沿いの原っぱだ。大勢の人々が群れ集っていた。男もいれば、女もいる。若い世代が多い。みんな真っ白な服を着ている。白いローブのようなものを身にまとい、フードをかぶっている者もいた。
 誰もが無言で、ただそこに佇んでいる。
 陽が傾き、あたりが次第に暗くなった。
 夕暮れだ。
 ふと白い衣装の群れが、一斉に顔を上げる。
 川沿いの土手に、一つの影が現れた。
 白いローブを着た男だ。フードをかぶっている。風にローブがはたはたと揺れていた。
 男はフードを脱いだ。
「寺山修司だ!」
 誰かが叫んで、指差した。どっと一同はどよめく。
 ごま塩の半白髪で、シワの刻まれた顔、ぎょろっとした大きなにきらきらと夕陽が反射している。
〈寺山修司・69歳〉のテロップが出た。
 寺山はゆっくりと土手を降り、その中腹に立つ。両脇に長い黒髪の二人の少女を従えていた。共に純白のローブを着ている。
 一人の少女は、黒い枠の額を胸に抱えていた。ボサボサ髪で、ぎょろ目の青年の肖像がそこにある。
 Lの遺影だ。
「葬儀を始める」
 ぼそっと寺山がもらし、うなずいた。今一人の少女が、ろうそくを取り出し、小皿に立て、寺山に手渡す。マッチを擦って、火をつけた。
「点燈!」と今度はしっかりとした声が出る。
 川原の人々は、みんな用意したろうそくに火をつけた。
 夕暮れの原っぱが、無数のろうそくの光で照らし出される。
 夢幻的な光景だ。
 ギターの調べが聴こえる。
 土手の上から、今一つの影が現れた。
 アコースティックギターを爪弾きながら、ゆっくりと降りてくる。
 白いローブを着て、背の高い、長髪でサングラスをかけた中年男。
 J・A・シーザーだ。
 かつての日本の三大フーテンの一人、劇団・天井棧敷の音楽を担当していた。
 シーザーは寺山の斜め後ろに立ち、無表情のまま幻想的なギターの調べを奏でている。
「昭和!」
 と、寺山がひと声かけると、また一つの影が土手を降りてきた。
 寺山が場所を譲る。
 白いローブのフードを脱ぐと、男の顔が現れた。
 昭和精吾だ。
 そう、かつて力石徹の葬式で高らかに弔辞を詠み上げた、あの男である。
 額が後退して、蓬髪で、削げた頬には幾筋ものシワが刻まれ、かつてのあの煽情詩青年は、今では初老の男に変貌していた。
 眼光の鋭さだけは変わらない。
 瞳をぎらぎらと光らせた昭和精吾は、夕暮れの土手の中腹にすっくと立ち、目の前に白い紙を広げた。
 朗々と声を張り上げて、詠み上げる。
 Lへの弔辞だ。

 Lよ
 ICPO=国際刑事警察機構も、日本の警察庁も
 頼りにする、最後の切り札
 どんな難事件も、世界中の迷宮入り事件だって、必ず解決してしまう
 明智小五郎も、金田一耕助も、シャーロック・ホームズも顔負け
 正体不明の名探偵

 Lよ
 ある時は竜崎、またある時は流河旱樹、いくつもの偽名を持ち
 君の本当の名前を、誰も知らない
 夜神月と共に東応大学に首席入学
 イギリスのテニスの元Jr.チャンピオン
 でも、友達はいない
ライトくんは、私の初めての友達です」

 Lよ
 そんな夜神月を、君は追いつめる
 1%の疑いと、明晰な頭脳による推理と、執事のワタリの有能な働きと
 始終、口にする、甘い食べ物のエネルギーによって

 Lよ
 ボサボサ髪で、ぎょろ目で、目の下にクマを作り
 裸足で、椅子に乗っかり、しゃがんで
 スヌーピーの漫画『ピーナッツ』のライナスのように、いつも親指をしゃぶり
 ドーナツや、ケーキや、フルーツポンチや、生ハムをよけた生ハムメロンや……
 角砂糖を山盛りにしたコーヒーや
 そう、君は偏食王子
 コーヒーカップの黒い液体の表面に映し出される
 ラテアートのようなL、君の顔

 Lよ
 夜神月のアルターエゴ、分身
 ドッペルゲンガー、精神的双生児
 君と夜神とは、あまりにも似ている、似過ぎている
 夜神が一発殴れば、君が一発蹴り返す
 常に互いの心理を探り、読み合う
 さながら鏡に映った自分自身を読むように

 Lよ
 遂に君は、夜神月と手錠とクサリでつながれ
 24時間行動を共にする
「男同士でキモいよ! こっち系?」と夜神の恋人ミサミサに疑われ
 BL系の読者らを狂喜させた
 だが……

 Lよ
 おまえを殺したのは誰だ、誰なのだ
 死神レムがおまえの名前を探り、デスノートに書いた
 その死神を操っていたのは、夜神月だ
 では、夜神月を操っていたのは?
 作者だ、作者を操っていたのは?
 夕暮れの憂鬱だの、遠い国の戦争だの、一服のタバコの煙だ
 そして、その夕暮れの憂鬱だの、遠い国の戦争だの、一服のタバコの煙を操っていたのは
 時の流れ
 時の流れを操っていたのは
 糸巻き、歴史
 いいや、操っていたものの一番最後にあるものを見ることなんか
 誰にもできやしない

 Lよ
 おまえを殺したのは誰だ、誰なのだ
 おまえを殺したのは誰だ、誰なのだ
 おまえを殺したのは誰だ、誰なのだ
 おまえを殺したのは誰だ、誰なのだ
 おまえを殺したのは誰だ、誰なのだ

 L!

 高らかに叫んで、昭和精吾は弔辞を破り裂き、宙に舞い上がらせた。夕闇に真白い蝶の群れのように紙吹雪が飛んでゆく。
 昭和精吾が退き、再び寺山修司が土手の中腹に立った。
「Lを殺したのは……」
 寺山は、土手下の川のほとりに群れ集う白装束の人々を見廻して、ふいに人差し指を突きつける。
「……おまえだ!」
 びくっと群衆が反応する。
 指を上下左右に動かして、人群れの誰彼となくその顔を差し続けた。
「おまえだ! おまえだ! おまえだ! おまえだ! ……おまえたちだ!」
 寺山の目がぎらぎらと輝いている。
「この匿名社会で、名前を伏せ、じっと息を殺し、必死で空気ばかりを読み、自らの存在を消して、名前を明かした者らをインターネットの匿名掲示板というデスノートに晒し、炎上させ、なぶりものにし、集団リンチにかけ、遠巻きに傍観し、薄笑いを浮かべ、見殺しにする……そうだ、おまえたちなのだ!!」
 一気にまくしたてた。すごい気迫だ。みんな息を飲んでいる。
「Lは……」
 一拍置いて、群衆を見る。
「……おまえの罪を背負って、死んだ」
 また、人差し指を突きつけた。
「おまえ! おまえ! おまえ! おまえ! ……おまえたちみんなの罪を背負って、死んだのだ」
 寺山の肩が震えている。息が上がったようだ。
 しばしそうしていたが、やがてゆっくりとうなずくと、傍らを見る。
 長い黒髪の少女が、小皿に立てたろうそくとペンを手渡した。火のついたろうそくに文字を書き込む。
〈寺山修司〉、と。
 そうして、ゆるりと土手を降りてゆく。自らの名前を記したろうそくを両手に持ったまま。
 川のほとりの白い人群れが、さーっと両側に分かれて、道を作った。その真ん中を寺山は歩いてゆく。さながら海を割って歩く映画『十戒』のモーゼのように。
 川のほとりに立つと、急に寺山の背が10センチ程も低くなった。ヒールの高いポックリサンダル、通称テラヤマシューズを脱いだのだ。
 裸足のまま、川へと入ってゆく。たちまち腰まで水に浸かった。
 火のついたろうそくを両手で持ち、頭上に掲げる。
「自らの名前を哂す者は……」
 息を飲む。
「……Lになる」
 ろうそくを立てた小皿を、水に浮かべた。笹舟のように。
〈寺山修司〉と記された火のついたろうそくは、ゆっくりと川を流れてゆく。
 それを見送るように、寺山は両腕を高々と上げ、広げる。
「Lは、私だ……寺山修司!」
 夕闇に大音声が響き渡る。
 J・A・シーザーのギターの調べが一段と高くかき鳴らされた。
「Lに続け!」と誰かが叫んで、いくつかの人影が川の中へと入ってゆく。
「私は、Lだ……新高けい子!」
「僕は、Lだ……萩原朔美!」
「あたしは、Lだ……蘭妖子!」
「俺は、Lだ……森崎偏陸!」
 かつての天井棧敷の劇団員たちが、次から次へと叫び、自らの名前を記したろうそくを川に浮かべる。
 それに続いて白装束の若者たちも、わっと立ち上がって、我先にとろうそくに名前を記し、川の中へと入っていった。
「私は、Lだ」「僕は、Lだ」「あたしは、Lだ」「俺は、Lだ」……それぞれの名前が声高に叫ばれ、川面に響き渡る。
 あたりはもう夜の闇だ。
 無数のろうそくの光が水面を埋めつくす。名前が、名前たちが、川を流れてゆく。
 灯籠流しのように。
 ギターの調べに見送られながら。
 寺山修司の姿は?
 もう見えない。
 ただ、白い小さな光だけが、川の向こうに昇天してゆくのが見える。
 それは幻影だったろうか?
 さながら、その人は白い鳥に化身して、空高く飛翔してゆくように見える。

〈どんな鳥も、想像力より高くは飛べない〉

(つづく) 

この作品はフィクションです。主要参考文献は完結時に掲載します。(協力・寺山偏陸)

 第三回

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