女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第4回R-18文学賞 
選評―角田光代氏

角田光代

R-18文学賞というのは、女性による女性のための官能小説を対象にしています。と、わざわざ冒頭にこんなことを書くのは、今回読ませていただいた小説の多くが、官能とは無縁だったからです。官能小説と括るからには、ふつうの小説ではだめなわけです。小説を書きたい、という気持ちから応募先をさがす方も多いのだと思いますが、文学賞にはそれぞれ、個性と特色があります。R-18は、官能小説と明記してあるはずです。そういうわけで、今回読ませていただいた小説のうち、官能度が低いものは、それだけの理由で天引きさせていただきました。もったいないな、と思うものもあったのですが、けれどここは、新潮エンターテインメント賞でも文藝賞でもなく、R-18文学賞という、強い個性を持った場なのですから。

「青ざめる雪」の話の運びは、候補作のなかで一番うまいように思います。ページをめくらせる力があるし、説得力もあります。宇尾野という男のキャラクターもいいと思う。ただ、これは長編小説向きの題材なのではないかという印象を持ちました。この枚数では、何か物足りない。そうして官能がだいぶ足りない。官能小説ではない分野で書かれたほうが、持ち味が出せるかもしれません。

「グレープフルーツのしずく」は、大人になりきる直前の、幼なじみとの恋のような友情のような性欲を扱った作品で、好感を持って読みました。グレープフルーツの苦味も含んださわやかさと、小説世界がきちんと一致していると思います。けれどこぢんまりとしていて、読後あまり印象に残らないという欠点があります。主人公、さゆの心の動きを、もう少しダイナミックに書いたほうが、生き生きして印象深い小説になるのではないでしょうか。

「うみはひろいな、おおきいな」。官能という括りがあると、小説の場面がどうしても日常になりがちななかで、無人島という設定を持ってこられたのは新鮮でした。それから、セックスもしくは性欲を、自然の一部として書こうとした作者の心意気には敬意を表します。もったいないのは、やはり無人島で、性的虐待を受けた経験のある女の子が、みずから裸になることの、説得力の欠如です。ここまで舞台を「作る」のであれば、たとえば先輩が性について語るとき生物学用語しか使えないとか、登場人物にも大幅なデフォルメが必要かもしれません。トラウマというものを書くときも、もっと注意が必要だと思います(トラウマという題材はもはや出尽くした感があり、ありきたりな印象をどうしても持たれがちなので)。

「夏がおわる」は、一番心に残った作品でした。日記風、改行の極端な少なさ、などの読みにくさを超えて、読ませる力があります。名古屋弁のセックスの神さまもいいし、ラストの、少年と主人公の会話も、理に落とすようなことをせず、等身大の言葉を使っている。だからきちんと読み手に届く。何より、吉井さんのキャラクターが秀逸です。「こういう男、いるんだよなあ。こういうこと、言うんだよなあ」と幾度もうなずきました。好きな人を思いすぎるあまり、ほかの男の人と遊ぶ主人公、という図式はさして新しくないのですが、独自の文体と、それが醸し出すリアリティが、何より色濃く、読んでいて痛みすら覚えました。大賞にふさわしい作品だと思います。

「宇宙切手シリーズ」は、タイトルがとてもいい。自分にまったく自信を持てない女の子が、老人との出会いによって少しずつ前を向いていく、さわやかな小説です。「見つけてくれてありがとう」というようなせりふも、小説世界に合っていて、心に残りました。残念なのは二点。まず官能度が足りない。それから、老人(浩介さん)が、あまりにも美化され過ぎている感があるところです。性交に及ばなくとも、たとえば手が触れ合う、腕が触れ合う、胸元に視線を走らせる、など、ほんの数行の描写で、官能というものは書けると思うし、そうすることで、年齢を重ねてしまっても浩介さんの人間くささ、男の残り香みたいなものを表すことは可能で、そうしたほうが、よりいっそう切なさと説得力を持つのではないかと思います。

「カササギ」は、この賞では今まで読んだことのないような、独特の世界を持った作品です。Sの男とMの女を見事に書ききっているし、道具立て(大正風カフェ、和服、足袋など)がみな、その世界から浮き上がらずきちんとおさまっている。SとMの合致の先には絶望しかないと、ある凄みで伝えてくる小説です。私がこの小説を押せなかった理由は、平野さんという男、自虐的なまでに彼の言いなりになる主人公容子、平野さんにあてがわれる日菜ちゃん、登場人物がみな、厚みを持っているように思えなかったからです。嫌なやつだけど本当はいいやつ、と書く必要はなくて、嫌なやつに厚みを持たせると、好悪を超えて、彼なり彼女なりは読み手の心を捉えると思うのです。今のままだと、好悪が超えられず、読者をとても選んでしまうと思う。この独特な世界、また読んでみたいです。ぜひまた書いてみてください。

 また次回応募される方は、ぜひ、R-18文学賞という賞の個性を理解した上で、応募してほしいと願っています。新しい官能、切ない官能、喜びに満ちた官能、静かな官能、笑える官能、まだまだ書かれていない物語はたくさんあります。どうぞ読み手である私を驚かせてください。