女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第19回R-18文学賞 
選評―三浦しをん氏

情報提示のタイミング

三浦しをん

『スタンプ』は生き生きとした文章でユーモアがあるし、登場人物が魅力的だった。技術的な問題点としては、一行アキが多すぎる。細切れな一行アキに頼りすぎると、文章の「息」が保たず、結果的に、描写力や人物を掘り下げる胆力や構成力の欠如につながるおそれがあるので、要注意だ。
 本作の場合、アキから告白される以前に、いっちゃんがアキに対してどんな振る舞いをしていたか(=なぜアキはいっちゃんに惚れたのか)を具体的に見せるのが肝心だと思うが、捨て猫を引き受けた以外にさしたるエピソードがなく、やや説得力に欠ける。これは一行アキを多用し、シーンのさらに断片単位のみを考えながら書いているからではないかと推測され、惜しいと思うのだ。全体の構成を一息のうねりとしてとらえ、そのなかにエピソードをうまく配置することを心がけてみてはいかがだろう。いっちゃんが、自分が抱かれるケースをまったく想定していないらしいのも少々疑問だった。
『夜をめくる』は、登場人物それぞれの心情が丁寧に描写されていた。珠子の言葉によって、主人公の千春がラストで自分の行く道を見いだす展開も、大仰ではない変化、日常のなかのさりげない希望/展望という感じがして、個人的には好みだった。しかし若干のパンチの弱さ、千春を「二十歳も過ぎて甘ったれた女性」と感じる読者もいるだろうという印象は否めず、その原因はなにかといえば、エピソード提示の段取りにあるのではないか。
 本作では千春がどんな病気で、幼少期にどういう生活をしていたのかが、後半になるまで具体的に描かれない。健康にすごく気をつけているらしいとうかがわれるエピソードはあるが、さりげなさすぎて、千春の事情や思いがはっきりと伝わってこないのだ。千春が日常で自身の体にどう気を配っていて、たとえば友人たちがそれに対してどんな反応をしているかについて、物語の前半から描写を積み重ねたほうが、多くの読者が千春に思い入れ、応援することができたのではないだろうか。さりげなさを選択したのは作者の慎みゆえだと思うが、千春の事情が物語の根幹に深くかかわっているからこそ、「事情を小出しにすることでストーリーを進めるフックに利用している」と受け取られかねない作劇は避けたほうが、本作にとってより効果的だったのではないかと思う。
『海馬の子』は、冴えた描写がいくつもあり、感性の鋭い女子高生の気持ちや行動が的確に文章化されていて、私は好物だった。作中で起こる事件の「小ささ」(むろん、登場人物にとっては大事件だが、客観的には狭い世界での出来事と言えよう)と、大仰にも思える文章との釣り合いが取れていないようにも感じたが、しかしそれこそが自意識に満ち満ちた女子高生を活写しているとも言え、好意的に受け止めた。
 ただ、作者自身も近視眼的になってはいけない。たとえば物語冒頭の時点で、主人公が高校一年生なのか二年生なのか、どこにも書かれていない。この一年の差は大きいので、さりげない説明が必要だろう。また、時制が曖昧で、ものすごい過去を振り返って語っているのかと思いきや、一年未満ぐらいの過去で肩透かしだった。主人公が現在どの時点に立脚し、どの程度の過去を振り返っているのか、作者のなかで明確にし、その時間感覚に合った語り口にするべきだ(私は、本作は過去を振り返るという体裁は採らず、現在進行形の時制で進めたほうがいいと考える)。
 今回の最終候補作はいずれもレベルが高かったが、『何言ってんだ、今ごろ』と『カラダカシの家にはカッコウが鳴く』が頭ひとつ抜けている、と辻村深月さんと意見が一致した。作風はまったく異なるが、「感想や解釈を語りあいたくなる」「ちがうラストもありえるのではないか、とどんどんアイディアが湧いてくる」という点で共通しており、つまり小説を読む楽しみを存分に味わわせてくれる二作だった。
『カラダカシの家にはカッコウが鳴く』は、ユーモアあふれる文章と描写に惹きこまれて読み進めたら、予想もしなかった着地に導かれ、感情が乱高下した(いい意味で)。伏線となるアイテムの出しかたや、にじみでる不穏、緩急のつけかたが非常にうまい。
 矛盾や情報提示の不手際が少々あり、たとえば「カラダカシ」の設定が曖昧で、作中世界でこういうひとはどの程度存在を認識されているのかなどは、作者のなかで明確に把握してから書いたほうがいいだろう。主人公の心情と行動がややちぐはぐだと感じられるところもあったが、これをクリアできる物語展開のルートは少なくとも二、三個あり、辻村さんと私で渾身で考えたので、加筆修正の際のご参考までに、詳細は担当さんから聞いてください(もちろん採用しなくてもいいです)。いずれにせよ、作品をよりよくする方法ははっきり見えており、瑕とも言えぬレベルの些細なことだ。
『何言ってんだ、今ごろ』は、主人公の変化とドラマ(物語の劇的瞬間)が鮮烈に描かれ、とても印象深かった。登場人物それぞれの立場や事情をさりげなくうかがわせるので、「主人公の母親はどんな思いで涼一との再婚を決めたのだろう」「トウカはこれからどうなるんだろう」「タイラはどんなパリピ暮らしをしてるのかな」など、さまざまに想像をめぐらすことができる。この一編だけでは書ききれぬことがありそうなので、連作にするのもいいかもしれない。
 気になったのは、夏の田舎が舞台なのに、においの描写がほとんどなかったことだ。文章を通して読者の嗅覚をくすぐると、より奥行きをもって情景や空気感を想像してもらえるので、心がけてみてほしい。また、ラストの展開にかかわるのに、それまでの描写で、主人公がどんな髪型でどのぐらい髪の長さがあるのか、まったく触れられていない。細かい点だが、こういうところに気を配ると、作品がいっそう締まるはずだ。
 受賞者のお二人は、今後も独創的かつ登場人物の心情に深く迫った作品をお書きになれると思う。ご活躍を心から応援しております。