女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第15回R-18文学賞 
選評―辻村深月氏

辻村深月

 候補作がどれもおもしろく、幸せな選考会でした。
 どの作品が受賞作になってもおかしくなかったと感じますが、中でも、大賞に選ばれた『金魚鉢、メダカが二匹』は、作品の物語性と構成力が群を抜いていました。
 終盤、作品の世界観がひっくり返るある秘密が用意されているのですが、そこを読んだ瞬間に、嬉しくて小躍りしたくなってしまいました。この著者の他の作品も読んでみたい、と読者としての欲を掻き立てられます。女のための物語である、という“R-18らしさ”を守りながら、物語に仕掛けを施すことによって読者を一足跳びに主題まで連れていく構成は、ミステリのような鮮やかさがあり、お見事、の一言に尽きます。
 著者はミステリの書き手ではないのかもしれないのですが、作品に応じて多様な表現方法を持っている人なのでしょう。今後のご活躍を楽しみにしています。
 読者賞に選ばれた『夜の西国分寺』にも拍手を送りたいです。大人になった主人公が振り返る中学時代の恋は、彼の身体に惹かれるところから始まり、会って話すだけの夜の待ち合わせの楽しさ、彼の欲望の本音や、それに呼応して本当は「あの夜、わたしもオレンジ色の電車が来ると知っていた」と一人ささやかに読者にする告白まで含め、“最初の恋”の普遍的な魅力に満ちています。
 その大切な恋の思い出を呼び起こすための冒頭のイカと魚のエピソードが物語にうまく絡めていない点が惜しいのですが、その点を踏まえてもあまりあるほど、中学時代の主人公が置かれた出口の見えない家の風景と、そこに差し込む桐原の存在に心を摑まれました。
 著者は四年連続で最終候補になっています。候補作からは毎年、さまざまな切り口で自分の伝えたいことを模索する真摯な姿勢が見受けられました。四回目の今年、背伸びせず、ストレートに強い物語と丁寧な描写力を備えたこの作品が読者賞に選ばれたことが、選考委員としてはとても嬉しいです。これからは選考の場ではなく、読者を見据えたプロの場で、より広い視野で小説に向き合っていただけたら、と思います。受賞、おめでとうございます。
『泳ぐ鹿 Swimming Deer』も、この話を必要とする人がいる、と信じられる作品でした。しかし、叔母が写真を撮る理由など、話の展開が薄々見えてしまうところがあり、もう一歩、話に何かひねりを、と期待してしまいました。ただ、息苦しい境遇に置かれた主人公が、後ろ向きすぎず、かといって前向きでもない絶妙な描かれ方をしていて、その嫌みのなさには多くの読者が共感できると思います。今回は残念ながら受賞ならなかったのですが、また来年も作品をお待ちしたいです。
『県民には買うものがある』には、主人公と同じ地方出身者として無視できない熱と切実さを感じました。切実であるがゆえのユーモアも随所に光っていて好感が持てます。カードのポイントにこだわる林田くんの現実感には、「ああ……」と思わず天を仰ぎたい気持ちになりました。
 ただ、狭い世界の現実と、SNSの世界で消費されて傷つくことの間にややズレを感じました。ミチルくんのツイートに自分が消費されてしまった、と感じるならば、自分も彼を消費しているのではないか、という点にも思い至らなければならないのではないか。主人公は、SNSに登場するような“世界線”にいくためにこそ“文化的な流行りもの”を身につけたのではなかったのか、という思いが込み上げ、そのあたりをもう少し整理して描いてほしかったです。
『祝、貧乳』。主人公の、胸を大きくするための奮闘の日々と情熱、彼女の中に膨らんだ自分のストーリーが、終盤、好きになった男子からの手紙であっさり裏切られるラストが、残酷だけれども、すごくおもしろい。小さな胸を「祝う」「癒す」という言葉で肯定する結末はやや未消化で物足りなさを感じましたが、センスのよい著者だと思います。
『ストロボライド』。隣人の女が怖く、そのアンバランスさから目が逸らせないのですが、ゲイであるはずの主人公がなぜ彼女を抱かねばならなかったのか、なぜ他の誰でもない彼女の鼓動にそんなに惹かれたのかがまったく伝わってきませんでした。タイトルにもなっている「ストロボ」の表現もわかりにくく、隣人カップルのストーリーが悪くなかっただけに残念でした。