女による女のためのR-18文学賞

新潮社

第11回 受賞作品

王冠ロゴ 大賞受賞

深沢 潮

「金江のおばさん」

深沢 潮

――このたびはご受賞おめでとうございます。第一報はどちらで聞かれましたか?

 自宅で久しぶりにPCを開いていたとき、携帯電話に連絡がありました。他社の新人文学賞に長編を応募するのに、最後の推敲作業と梗概を書く準備をしていたときに、電話がありました。最終候補に残った段階で、結果が気になって頭から離れず落ち着かなかったので、いっそのこと考える隙を自分に与えないようにしようと、旅行のスケジュールを入れていました。旅行から帰った翌日に連絡があったので、そのタイミングに驚きました。

――今回の応募は初めてではなかったそうですね。

 R-18文学賞に応募するのは3回目でした。3年前と2年前にも応募しました。今回も応募しようと、エロティックなものを書いていました。が、ふと応募要項を見ると、「女性ならではの感性」と、募る作品の幅が広がっていたので、思い切って少し前に書いたもので、大事にしていた作品「金江のおばさん」に手を入れて出してみました。

――4年前から小説を書いていらしたそうですが、何がきっかけで書き始めたのですか。

 これ、というきっかけは、はっきりしていないのですが、私生活で苦しいことが続いていた時期に、気づいたらフィクションを作っていました。書く事で日常の均衡を保っていたという感じです。ふりかえってみると、幼い頃から辛いことがあると頭の中で物語を作って(妄想とも言い換えられますが)現実逃避していました。それを大人になって、言語化したということで、ごく自然な成り行きだったと思います。

 この間、クローゼットの整理をした際に、小学校の卒業アルバムが出てきました。そこに「将来の夢は童話作家」とありました。自分ではすっかり忘れていましたが、物語を考えるだけでなく書いて人に読んで貰いたいという欲求が潜在的に自分の中にあったのかもしれません。

――この作品のテーマは、どのようにあたためてきたのでしょう。

 報道などで伝えられるニュースを自分はそのまま対岸の火事として聞いていられるけれど、胸が張り裂けそうな思いをしている人もいる。ものごとは違う側面から見るとまったく色合いが変わるということを、つねづね感じておりました。こういう齟齬というか、感覚の違い、さらに生きているだけで哀しく切なくそれでも日々健気に生きていくという人間(女性)の姿を物語の形で表したいと思っていました。在日の生活を知りうる環境にあったので、設定をそこにしました。女性と男性、母性と父性、親子関係、そして結婚とはなんだろう、というのも長年持ち続けているテーマでした。

――現在のお仕事は日本語講師とのことですが、これまで、他にどんなお仕事をされていましたか。

 外資系金融機関のトレーディング部門や外資系化粧品メーカーのマーケティング部で働いた経験があります。日本語講師を始めてからは10年あまりになります。いずれも外国人と接する機会の多い職場で、多様な価値観を知ることができて、複眼的な物の見方を学べたという点で、恵まれていたと思います。小説を書くにあたり、プラスになっています。

――読書体験について、おききしたいのですが、愛読書などは?

 非常に厳格な家庭に育ち、幼少時は漫画や推理小説を禁止されていました。表紙が赤や緑の文学全集(日本、および世界の)を読んでいました。中高生時代は『アンナ・カレーニナ』やサガンの小説を読んで恋愛に憧憬を抱く一方、遠藤周作さんの『沈黙』を読んで、人間って……と考え込んだりしていました。大学生になると一転、ブレット・イーストン・エリスの『レス・ザン・ゼロ』を得意気に読んだり、村上春樹さんに夢中になったりしました。村上春樹さんにはかなり影響を受け、フィッツジェラルドにまで手を伸ばしました。すべては素晴らしい読書体験だったと思います。

 仕事をするようになってからは、ビジネス書や新書(とくに社会科学系、心理学系の本)ばかり手にし、小説からはしばらく離れていました。自分が書き始める数年前から小説に回帰して、読書の量も増え幅も広がりました。愛読書は多くてあげきれないほどありますが……B・シュリンク『朗読者』、カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』、 江國香織さん『つめたいよるに』(とくにその短編集の中の「デューク」)、そして小池真理子さん『水の翼』が大好きです。吉田修一さんの『パレード』には、人の顔をひらがなに例えて描写する箇所があるのですが、まがりなりにも日本語の先生をしているせいもあってか、この描写で吉田修一さんの魅力に、はまりました。

――これからどんな作品を書いて行きたいですか? 現在、執筆中の作品について教えてください。

 描きたい世界がいくつかあります。今回書いた作品もそうですが、閉じた世界に生きる人の話。映画「ラブ・アクチュアリー」のような、人間讃歌的群像劇。米TVドラマ「デスパレートな妻たち」日本版みたいな、コミカルかつなまなましい女性の生態。そして、できれば、情念のほとばしる大人の恋愛ものも書いてみたいです。ずいぶん欲張りだと自分でも思いますが……多種多様なものを書きわけるには、まだまだ拙いので、努力を続けたいです。
 先日「伴侶とは?」というテーマの長編を書き上げたばかりです。現在は、「金江のおばさん」に連なる短編をいくつか書いています。また、小学校を舞台にした長編も書き始めました。さらに、「ママ業界」の赤裸々を短編で書き溜めています。