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「十字軍」から現代が見える

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 かつて2001年の同時多発テロの直後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領が「この十字軍、対テロ戦争は長い時間のかかるものとなるだろう」と演説したところ、紛争が宗教的な意味を帯びてしまうと、世界中で批判が巻き起こりました。しかし、欧米の社会が中東の武装組織との紛争に、「十字軍」的なものを感じることの証左でもありました。

 それから十数年後、アメリカは「イスラム国」と名乗る集団によるテロや誘拐事件に悩まされることになりました。この「イスラム国」は英語では「Islamic State」。彼らが「国=State」という言葉を使ったのは、かつてヨーロッパ各国から中東にやってきた「十字軍」が「十字軍国家=Crusade State」と自称する国を打ち建てたことをイメージしているのかもしれません。

「十字軍」というものはことほどさように、21世紀の現在まで尾を引いている、歴史上の大きな出来事なのです。

いい妻、いい母、いい子。自らに課した「役割」が綻びるとき――。
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森美樹/著 『私の裸』
 結婚している女は早朝に起きてひととおりの家事をこなし、身支度をすませ、自分自身の女も整える――。そんな生活を自分に課す、結婚5年のライター・天音。彼女は知人の紹介で俳優の朔也と出会い、彼についてのルポルタージュを構想します。
 人とは違う身体を生かして役者を生業とする朔也を取材するうち、彼の周囲の女性たちが変貌した瞬間を知ることになります。彼女たちも天音と同様に、「いい妻」「いい母」「いい子」でいなければならないと自らに言い聞かせる日々を送っていました。その「役割」が綻びるきっかけとは、そして綻びた先にあるものとは......。

 前作『主婦病』が女性を中心に熱い支持を集めた森美樹さんの最新作『私の裸』。本作もまた、じんじんするような共感を呼び覚ますこと間違いなし(私もそのうちの一人です)。
 森さんの作品には、金言とも呼びたくなる素晴らしいフレーズが数多く登場します。『主婦病』では、

 たとえ専業主婦でも、女はいざという時のために最低百万円は隠し持っているべきでしょう。

 が印象的でした。作中で、主婦・美津子が目にした新聞のお悩み相談の回答欄にあった一節です。本作『私の裸』でも、

 好きだって言われたからって、その人の評価を上げるなんて軽率だわ。
 いい子でも、ばかでも、女は男から搾取できる。
 私には、夫を愛する才能しかないもの。


 など、心の奥に打ち込んでくるような言葉がいくつも光っています。物語のなかで読むといっそう深く心に沁みてきます。知らなかった〈私〉までもが露わになるような、四人の女性たちの物語にぜひ触れてみて下さい。

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2019年01月15日   お知らせ / 今月の1冊
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