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古代史の正体―縄文から平安まで―

関裕二/著

792円(税込)

発売日:2021/04/19

書誌情報

読み仮名 コダイシノショウタイジョウモンカラヘイアンマデ
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 188ページ
ISBN 978-4-10-610902-7
C-CODE 0221
整理番号 902
ジャンル 歴史・地理
定価 792円
電子書籍 価格 792円
電子書籍 配信開始日 2021/04/19

「日本史の定説」の大ウソを暴く『万葉集』『日本書紀』に隠された真実。

「日本文化の基層は弥生人が作った」「大化改新で悪玉の蘇我氏が成敗された」――。この種の「通説」は旧態依然のまま半世紀前と変わらない。それを乗り越えるためには、考古学の知見を生かした上での、大胆な推理が必要となる。「神武と応神は同一人物」「聖徳太子は蘇我入鹿」「壬申の乱は親蘇我と反蘇我の闘い」など、透徹した目で古代史の真実に迫ってきた筆者のエッセンスを一冊に凝縮した、初めての通史。

目次
はじめに
第1章 弥生時代はなかった?
文明と進歩を嫌う日本列島人/日本人はどこからやってきたのか/旧石器時代から縄文、弥生へ/「海人」とスンダランド/稲作は縄文時代に始まっている/「強大な権力」の発生を嫌った縄文文化
第2章 考古学で解くヤマト建国――きっかけはタニハ連合
「邪馬台国」論争にうつつを抜かすな/ヤマト発祥の地に北部九州の痕跡はなかった/銅鐸・石製短剣は「文明に抗う社会装置」か?/ヤマト建国と東海地方の関わり/近江の伊勢から纏向へ丸ごと移動?/見過ごされてきた「タニハ」の重要性/タニハと近江・東海をつなぐ証拠
第3章 神話から解くヤマト建国――神武と応神は同じ人
『日本書紀』を手掛けたのは藤原不比等/重要地域を完全に無視/天孫降臨の後に向かった「鹿児島県の野間岬」/白旗をあげた北部九州/『日本書紀』で神功皇后の半生を追ってみる/邪馬台国を潰すまで/落ち目だった奴国の役割/敗れた王がなぜヤマトの王に立ったのか
第4章 日本海勢力の王・継体天皇と物部氏の暗闘
ヤマト政権の二重構造/日本海から出現した蘇我氏/中央集権国家を目指した雄略天皇/応神天皇5世の孫がなぜ担ぎ上げられたのか/「19年の攻防」の本当の意味
第5章 「聖徳太子」は蘇我入鹿である
乙巳の変への道のり/「改新之詔」を読み直す/大化改新をめぐる学説の変遷/孝徳朝は親蘇我政権/改革後、なぜか活躍しない二人の英雄/山背大兄王一族の墓がない/改革者を大悪人にすり替えた大トリック/法興寺を建てたのは誰か
第6章 壬申の乱は「親蘇我」対「反蘇我」の闘い
王家を二分した対立の構図/奇跡的勝利を収めた大海人皇子/壬申の乱をめぐる学説の変遷/4つの謎/中大兄皇子は母を人質にした?/やはり無視された「日本海」と「東海」
第7章 『万葉集』は歴史書である
『万葉集』は文学を超える/額田王の痛快な「紫野行き」の歌/天智は殺意を抱いたか?/『懐風藻』は大津皇子を「長子」と呼ぶ/「石川郎女」は蘇我氏の隠語
第8章 蘇我氏の息の根を止めた黒幕・藤原不比等
天武と持統の間に横たわる断層/黒幕・藤原不比等登場/高市皇子の死と皇位継承問題の勃発/「石川刀子娘貶黜事件」の重大な意味/「天皇のツルの一声」を温存した藤原氏
第9章 不比等の娘・光明子が「反藤原」だった理由
計算ずくだった聖武天皇の関東行幸/なぜ反藤原派の天皇に豹変したのか/「不比等の娘」ではなく「県犬養三千代の娘」/最後の天武系・称徳女帝の戦い/藤原氏だけが栄える時代が到来した
第10章 平安時代は平安でも雅でもない
平安の6大事件/夷をもって夷を制した藤原氏/手柄を藤原氏に横取りされた菅原道真/院政は静かなクーデター/人事の威力に気づいた王家/東国の底力が藤原一党支配を終わらせた?
おわりに
参考文献

インタビュー/対談/エッセイ

古代史の真実が見えにくい理由

関裕二

 今年は筆者にとって作家デビュー30年の節目に当たる。その間、古代史の研究は進み、多くのことがわかってきた。しかし、それが国民に正しく伝わり広まっているかと言えば、とてもそうとは思えない。それには、いくつかの理由が考えられる。
 たとえば、筆者は邪馬台国論争にはあまり大きな意味はないと考えている。そもそも邪馬台国が登場する「魏志倭人伝」の文面をいくら読んでみても、その所在地は特定できない。一方、考古学はヤマト建国の詳細を、すでに解き明かしてしまった。今日の日本につながる国家が、3世紀の奈良盆地にできたことははっきりしたのだから、答の出ない論争に時間を費やしても得るものは少ない、というのが筆者の立場だ。
 ただ、邪馬台国が障害となって、古代史の真実に迫れないとすれば話は別だ。邪馬台国論争は明治以来、東大閥中心の北部九州説と京大閥中心の畿内説が争い、学界では近年は畿内説が優勢となってきた。ただ、畿内説が成立するには、「魏志倭人伝」の記述にある邪馬台国に至る方向を「南」から「東」に読み替えることが条件となる。部外者からみるとあまり説得力のない「定説」だ。
 ヤマト建国の地である纏向まきむく遺跡の発掘が進むと、東海地方の土器が多く出土し、ヤマト建国には東海地方を支配した勢力の影響が強いことがわかってきた。ところが、邪馬台国畿内説が正しいとなると、東海地方には邪馬台国と敵対していた「狗奴国」がいたこととなり、ヤマト建国に影響力を持ったという見方と矛盾してしまう。そこで学界がどうしたかと言えば、東海地方の影響を無視、ないし軽視するという態度をとり続けたのである。これでは古代史の真実にはたどり着けない。
 なぜこのようなことになってしまうのかと言えば、学閥が代々主張してきた説を、個々の研究者が覆すのは難しいからだ。昨今は学者たちの研究分野がさらに細分化する傾向にあるため、大きな仮説、物語を打ち出せないという問題もある。
 また、大陸・半島から稲作とともに弥生人が日本列島に来て、日本文化の基層を作ったとかつては学校でも教わった。しかし最近の研究では、日本に稲作が伝わったのは紀元前10世紀後半で、それ以前から存在した縄文文明とゆっくり融合してきたことが分かってきた。それでも弥生文化が日本の基層という思い込みがなくならないのは、大陸・半島の文化を必要以上に尊重する左翼史観の影響がまだ払拭されていないからかもしれない。
 このように、日本古代史の真の姿は、様々な障害物によって、見えにくくなっている。本書はそれを取り払って、これまでの教科書的な歴史観を新常識でひっくり返していく通史である。
 神武天皇の存在をどう理解すべきか、聖徳太子は本当にいたのか、『万葉集』の本質とは何なのか、北近畿「タニハ」の重要性とは――。我が国の『古代史の正体』を是非見極めていただきたい。

(せき・ゆうじ 歴史作家)
波 2021年5月号より

薀蓄倉庫

『万葉集』は歴史書である

万葉集』は大らかな時代の牧歌的な文学と考えられがちです。しかし、『古代史の正体―縄文から平安まで―』の著者・関裕二さんは、その文学的な価値を十分認めた上で、『万葉集』を「ただの文学を超えた歴史書でもある」と評します。初めて中央集権国家づくりを手掛けた雄略天皇が節目節目に登場することも無視できませんが、天智天皇と天武天皇の両方に愛されたとされる額田王の歌に注目することで、乙巳の変で蘇我入鹿が成敗された後も、なぜその後の政権で蘇我氏が重用されたのか、天智天皇の基盤は盤石だったのかなど、『日本書紀』だけでは見えない、歴史の真実に気づかされます。

掲載:2021年4月23日

担当編集者のひとこと

「日本海勢力」は無視できない

 本作は関裕二さんがデビュー30年にして初めて古代史を1冊にまとめた通史となります。1991年のデビュー作『聖徳太子は蘇我入鹿である』以来、考古学の知見を生かした大胆な仮説で多くの読者を獲得してきた関さんですが、最近の著作でよりフォーカスを当てる頻度が増えているのは「日本海勢力の影響力」でしょうか。そもそもヤマト政権ができたのは北近畿の「タニハ」と呼ばれる地域の動きがきっかけだったこと、継体天皇が19年間も大和盆地に入らなかったのも旧勢力と日本海勢力の綱引きの結果であることなど、日本海に意識を置いて歴史を眺めることで、斬新な古代史像を生んでいます。様々な読み方ができる古代史通史です。是非お楽しみください。

2021/04/23

著者プロフィール

関裕二

セキ・ユウジ

1959(昭和34)年、千葉県生まれ。歴史作家。武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。仏教美術に魅せられ日本古代史を研究。著書に『藤原氏の正体』(新潮文庫)、『神武天皇vs.卑弥呼 ヤマト建国を推理する』(新潮新書)など多数。

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