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マトリ―厚労省麻薬取締官―

瀬戸晴海/著

902円(税込)

発売日:2020/01/17

書誌情報

読み仮名 マトリコウロウショウマヤクトリシマリカン
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 新潮45から生まれた本
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 270ページ
ISBN 978-4-10-610847-1
C-CODE 0236
整理番号 847
ジャンル ノンフィクション
定価 902円
電子書籍 価格 902円
電子書籍 配信開始日 2020/01/24

「俺たちは、猟犬だ!」本邦初! 元麻薬取締部部長がすべてを明かす。

「俺たちは、猟犬だ!」激増する薬物犯罪に敢然と立ち向かうのが厚生労働省の麻薬取締官、通称「マトリ」だ。麻薬、覚醒剤など人間を地獄に陥(おとしい)れる違法薬物の摘発、密輸組織との熾烈な攻防、「運び屋」にされた女性の裏事情、親から相談された薬物依存の子供の救済、ネット密売人の正体の猛追、危険ドラッグ店の壊滅……約四十年間も第一線で戦ってきた元麻薬取締部部長が薬物事犯と捜査のすべてを明かす。本邦初の稀少(きしょう)な記録。

目次
まえがき
第1章 「マトリ」とは何者か
総力を挙げた国際オペレーション/「マトリ」とは何か/薬物捜査の実態とは/麻薬取締官になるには/密輸された「貨物」の中身/「泳がせ捜査」を敢行/「動くな! フリーズ!」/「ロードローラー事件」の国際合同捜査
第2章 「覚醒剤の一大マーケット」日本
毎年「約243万人」も増える薬物使用者/「“戦争”だ」/「逃げるとシャブが貰えない」/〈見つけたらコロス!!〉/日本は絶好の「覚醒剤市場」である/「ラブコネクション」/マトリのお家芸捜査/知らぬ間に「運び屋」にされたケース
第3章 薬物犯罪の現場に挑む
麻薬類の弊害/薬物を断つとどうなるのか/注射針中毒/「急性中毒」の恐怖/「国際犯罪」であり「経済犯罪」である/急増する「大麻」事犯最前線/密輸から「栽培」に/最高級の大麻「シンセミア」とは/素人が「密造者」になるとき/薬物乱用の入り口はどこか/「大麻合法化」は苦肉の策
第4章 ドヤ街の猟犬――薬物犯罪捜査史
日本の薬物犯罪の始まり/「サブロウが来る」/「黄金の腕」を持つ女/シャブ時代の到来/ドヤ、あおかん、泥棒市の街「西成」/赤電話で状況を報告/捜査官の人間力と情熱
第5章 イラン人組織との攻防
覚醒剤乱用期の変遷/ヒロポン時代とシャブ時代/イラン人グループの跋扈/動く「薬物コンビニ」/渋谷、名古屋での無差別密売/大阪での大捜査/客付き携帯電話/「ジャパニーズドリーム」の体現者たち
第6章 ネット密売人の正体
ネット薬物犯罪の出現/摘発のいきさつ/「ブッが届いた。明朝やる」/覚醒剤をどう入手したのか/ネット事犯の特徴/ネット密売時代の幕開け/ネットで薬物を売る側の実態/薬物を仮想通貨で決済する/地道な捜査の結実/「ダークネット」の脅威/ネット密売人の正体
第7章 危険ドラッグ店を全滅させよ
薬物の「パンデミック」/危険ドラッグとは何か/いつ現れたのか/爆発的に流行した理由/どこで製造され、どう売られているのか/危険ドラッグの製造とは/取締権限がなかったマトリ/危険ドラッグとの暗闘/転機になった大事故/どのように摘発したのか/危険ドラッグは「金のなる木」/威信をかけた戦い/天王山の戦い/壊滅への追い込み/危険ドラッグ販売店が全滅した日
第8章 「マトリ」の栄誉
「人事院総裁賞」という顕彰/天皇陛下からの労い/マトリの歴史に刻む
あとがきにかえて
年表

書評

「マトリ」が赤裸々に明かす薬物犯罪史

池上彰

 芸能人の薬物犯罪のニュースでよく出てくる名前が「マトリ」。麻薬取締官の略称で、正式名称は厚生労働省麻薬取締部職員です。名称に麻薬と入っていますが、麻薬に限らず覚醒剤や大麻など薬物犯罪全体を取り締まります。
 警察や海上保安庁なども薬物犯罪を摘発しますが、「マトリ」は薬物専門に特化した捜査機関なのです。
 一般にはなかなか知ることのできない、この「マトリ」の実態を赤裸々に描いているのが『マトリ―厚労省麻薬取締官―』(新潮新書)。著者は元ベテラン捜査官で、関東信越厚生局麻薬取締部部長だった瀬戸晴海氏です。
「マトリには、約300名の麻薬取締官が存在している。麻薬取締官は薬物犯罪捜査と医療麻薬等のコントロールに特化した専門家で、半数以上を薬剤師が占めている。おそらく世界最小の捜査機関である」(本書)
 薬物犯罪捜査においてマトリが他の捜査機関と異なるのは、いわゆる「おとり捜査」が認められていることです。薬物犯罪を取り締まる根拠となる「麻薬及び向精神薬取締法」の第58条に「麻薬に関する犯罪の捜査にあたり、厚生労働大臣の許可を受けて、この法律の規定にかかわらず、何人からも麻薬を譲り受けることができる」と記されているからです。
 おとり捜査では、麻薬中毒者を装ったり、業者に扮したりと、犯罪組織に深く関わりますから、危険と隣り合わせです。身分は厚生労働省職員ですが、警察官と同じように容疑者を逮捕できますし、拳銃を携帯することもできます。
 私がマトリと関わったのは、1980年1月のこと。元ビートルズのポール・マッカートニーがコンサートのために来日した際、大麻を所持していたため成田空港で逮捕され、取り調べを受けることになったのです。
 当時の私はNHK社会部で渋谷警察署を拠点に警視庁第三方面本部管内の取材を受け持っていました。第三方面本部は渋谷、世田谷、目黒の3つの区の計9つの警察署を管轄しています。いわゆる「サツ回り」です。この日、「ポール・マッカートニーが逮捕されたぞ。どこに連行されるか、心当たりがあるか」と社会部デスクから問い合わせの電話があったのです。私が思い出したのが、目黒警察署の近くにあった麻薬取締官事務所(当時)。「そこに連行されるはずです。カメラマンを寄越してください」と連絡。結果、ポールが麻薬取締官事務所に連行される映像はNHKの特ダネになりました。取り調べを終えたポールが連行されたのは警視庁の本部庁舎。ポールがマトリ二人に腕を掴まれて事務所から出るシーンを撮影した報道写真の中には、私が映り込んでいるものもあります。あの頃は若かった。
 いわゆる薬物犯罪の恐ろしさを私が痛感したのは、1981年6月に起きた「深川通り魔事件」です。この事件を本書ではこのように記しています。
「覚醒剤中毒の男が東京・深川の路上で主婦らを包丁で次々と刺し、4人が死亡、2人が怪我を負った。男は主婦らを刺した後、通行中の女性を中華料理店に連れ込み、2階に立て籠った。女性が逃走したのを機に警察官が突入し、包丁を振り回して暴れる男を取り押さえ逮捕している」
 このとき私は警視庁捜査一課担当記者になっていました。事件発生と同時に現場に急行。夜7時のNHKニュースで逮捕の瞬間を中継しました。
 この男は覚醒剤中毒患者特有のフラッシュバック現象(幻覚や妄想に襲われる精神状態)で犯行に及んだことがわかりました。事件後、私は事件発生までの彼の過去を取材して歩き、覚醒剤中毒の恐ろしさを知りました。
 本書は、著者の体験談を軸に、戦後の日本の薬物犯罪の歴史をたどります。戦後広まったヒロポン中毒。ヒロポンとは覚醒剤のこと。戦時中の日本軍はパイロットの眠気防止などのために使用し、それが一般に広がりました。
 その後、ヒロポンはシャブと呼ばれるようになり、暴力団の資金源に。1990年代にはイラン人の密売グループが跋扈。やがて「危険ドラッグ」の取り締まりも始まりますが、犯罪も“進化”して、ネット密売の取り締まりには手を焼くことになります。
 著者の瀬戸氏による薬物犯罪との戦いは、戦後日本の裏面史でもあるのです。

(いけがみ・あきら ジャーナリスト)
波 2020年2月号より

薀蓄倉庫

覚醒剤をなぜ「シャブ」と呼ぶのか

 1960年代に覚醒剤ブームが起き、当時、尼崎にあったある暴力団の組に「サブロウ」という男がいた。この男は韓国から密輸された結晶型のヒロポン(覚醒剤)の中間売人で、ヒロポンを配達していた。仕事熱心で、その筋では誰もが信頼を置いていた。そのうちにヒロポンが届くことを「サブロウが来る」、さらには「サブが来る」と言うようになった。そして、サブがシャブに訛り「シャブが届く」に変化。まもなく覚醒剤自体を「シャブ」と呼ぶようになった。これが一般化した。シャブの語源が「骨までしゃぶる」というのは、後にマスコミが言い始めたのではないか……。
 この話は、著者の瀬戸晴海氏が、麻薬取締官になって初めて赴任した大阪で、ヤクザを引退したある親分から聞いた話です。元親分は、覚醒剤状勢の生き字引のような人物だったそうです。
 本書では、ほかにも「黄金の腕」を持つ女や「ペー屋」(ヘロイン密売所)など、興味深い逸話が次々と紹介されています。

掲載:2020年1月24日

担当編集者のひとこと

「Mr.マトリ」が明かす捜査秘録

『マトリ』の著者・瀬戸晴海氏は、現役時代から斯界では密かに話題になっていた方です。通称は「Mr.マトリ」。
 数年前にお会いした際、その紳士的でシャープな外見とともに、穏やかな語り口調での明解なお話に魅了されました。
 初登場は2018年の「新潮45」での4回の連載。麻薬取締部の極秘捜査の実情を活写しており、たいへん貴重な記事となりました。
 その連載に、大幅な書下ろしを加えたものが本書です。
「マトリ」と呼ばれる麻薬取締部には約300人の取締官がいて、薬剤師、行政官、捜査官としての顔をもっています。警察とは異なり、厚生労働省所属の薬物犯罪捜査専門組織なのです。著者は一昨年まで関東信越厚生局麻薬取締部部長として最前線で指揮を執っていました。
 本書では、「マトリ」についての基礎知識や違法薬物の解説を丁寧に進めながら、昭和から現在までの数々の薬物犯罪と捜査の実態が明かされています。
 密輸組織を摘発した「ロードローラー作戦」、アフリカ系組織により知らぬ間に「運び屋」にされた独身女性の裏事情、イラン人密売組織との熾烈な攻防、大阪・西成での薬物中毒者による凄惨な殺人事件との遭遇、大麻栽培の実態、動く「薬物コンビニ」の摘発、両親から相談があった薬物依存の子どもの救済、ネットでの匿名密売人の正体の猛追、危険ドラッグ店の壊滅作戦など、知られざる捜査秘録が明かされた、薬物犯罪史となっています。
 なお、巷で報じられる著名人の薬物使用などはごく一部で、一般人はもっと酷い甚大な被害に遭っているのだそうです。
 こうした捜査秘録から、硬質ながらも、想像力を刺激するハードボイルドな文章で、捜査の場面や被疑者との対話などがスリリングに展開していきます。
 いまや、日本はアジア最大の「覚醒剤市場」となり、SNSを通じて、違法薬物が拡散し続け、仮想通貨でも決済されているという惨状です。
「薬物犯罪は時代を映す鏡」だと言う著者。いまこそ、警鐘を鳴らしたいという思いが本書で見事に結実しています。ぜひご一読ください。

2020/01/24

著者プロフィール

瀬戸晴海

セト・ハルウミ

1956(昭和31)年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒業。1980年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。薬物犯罪捜査の第一線で活躍し、九州部長等を歴任。2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。2018年3月に退官。2013年、2015年に人事院総裁賞受賞。

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