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時代小説の戦後史―柴田錬三郎から隆慶一郎まで―

縄田一男/著

1,650円(税込)

発売日:2021/12/16

  • 書籍
  • 電子書籍あり

苛烈な戦争体験が型破りなヒーローを生んだ! 時代小説の概念と読み方が変わる最強ガイド。

『眠狂四郎』『柳生武芸帳』『魔界転生』『死ぬことと見つけたり』……何度となく映画化やドラマ化されてきた時代小説の大ヒット作。しかし、創作の舞台裏は意外と知られていない。作家たちはいずれも過酷な戦争体験を有し、痛快無比な娯楽小説に昇華させていた! 名作の誕生秘話と作家の実像を文芸評論の第一人者が解き明かす。

目次
まえがき
第一章 柴田錬三郎の偽悪
大衆作家、柴錬の誕生/バシー海峡の漂流体験/不滅のヒーロー登場前の主人公たち/「眠狂四郎」までの道のり/円月殺法と混血児/同時代作家、石原慎太郎との違い/三島由紀夫自決に対する解答/戦中派の責任の取り方
第二章 五味康祐の懊悩
「おれはいちばん大事なものを売った」/「新潮」編集長、斎藤十一との運命の出会い/芥川賞受賞作『喪神』/紙の上で自殺/神、長嶋茂雄と英霊たちへの鎮魂/剣豪小説の才能/『柳生武芸帳』の「目に見えないテーマ」/『薄桜記』に描かれた妻への贖罪/二度の自動車事故と一生背負わねばならぬ十字架/贖罪と鎮魂、慟哭譜である三篇の傑作
第三章 山田風太郎の憧憬
「私の人生は決して幸福ではなかった」/“天下の奇書”風太郎忍法帖/何故『柳生忍法帖』なのか/『戦中派不戦日記』の“電流のようなもの”/『魔界転生』のアイデア/忍法帖最高傑作誕生の裏には/完結篇『柳生十兵衛死す』/〈柳生十兵衛〉三部作と母の死
第四章 隆慶一郎の超克
昭和という時代の終焉に/『葉隠』は面白くてはいけないのか?/規格外の男たちの抗争『死ぬことと見つけたり』/補陀落渡海というモチーフ/坦々として、而も己を売らないこと/「海」という自由を愛す
あとがき

書誌情報

読み仮名 ジダイショウセツノセンゴシシバタレンザブロウカラリュウケイイチロウマデ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-603859-4
C-CODE 0395
ジャンル ノンフィクション
定価 1,650円
電子書籍 価格 1,650円
電子書籍 配信開始日 2021/12/16

インタビュー/対談/エッセイ

作家に抱く感情について

縄田一男

 久々の自著『時代小説の戦後史―柴田錬三郎から隆慶一郎まで―』のゲラを読みながら、私は自分の評論家としての資質を何度も問い糺さずにはいられなかった。
 評論家という生き物は、所詮、対象の作品を論じつつ、自分を語っている――これは良くいわれることだが、つくづく思うのは、自分は感情の生き物だ、というこの一事である。
 評論は、客観性を旨とするのは鉄則だが、私の場合、常に自分の中に張りめぐらされた情の回路がこれを邪魔する。
 つまり何をいいたいのかというと作家に対する愛情が強すぎるのだ。
 たとえば本書で柴田錬三郎を論じた章では、その最後の箇所、戦中派の柴錬が、戦後生まれた若い世代に対して、どう戦争責任を取り続けたか――それを記したゲラを読みながら、この偽悪家のポーズを取り続けた善意の作家がどのような生を送ったか。それを思うと涙が次から次へとあふれて作業を止めざるを得なかった。
 自分が出した結論に対して涙していては世話はないが、少なくとも私は自らがそのように思えたことしか書かなかった。それが間違っていたか正しいかは神のみぞ知るだが、同じような感情の高ぶりは、ゲラを読みながら随所で起こった。
 が、五味康祐の場合は、その数奇な人生故に涙を流すことさえ許されなかったと思う。思い起こせば、五味の取材をしていていちばん嬉しかったのは、この作家の育ての親ともいうべき編集者、斎藤十一さんのお宅を訪ねたときに起こった。
 恐いもの知らずの私は、斎藤さんに、五味の作品における、彼が私淑する日本浪曼派の詩人、伊東静雄の影響を語るや、ニヤッと笑われて、
「君の方がよく知っているじゃないか」
 と、いってしばらくして「この本に五味のことが書いてあるから」と、五味の恩師、保田與重郎の『現代畸人傳』を下さったではないか。
 どうか、五味が贖罪の思いをこめて放った二短篇「にちぼつより」と「火術師」が、『柳生武芸帳』と同等の地位を得られますように。
 そして忘れられないのが、山田風太郎である。
 風太郎さんについては、生前、何度も自宅にお邪魔し、私が結婚した際には家内ともどもごあいさつに伺ったことがある。
 そのとき、家内がサインをねだり、名前をいうと、
「えーと、上のなまえは?」
 といわれてびっくりしたことがある。
 その飄々とした人柄に魅かれて図々しくお近づきになったのだが、さまざまお話を伺っているときにも風太郎さんは、自分を論じるに際して、色々とヒントを与えてくれていたのだ。
 あるときは、
「ぼくはモームが好きでね」
 といわれたが、それもとても「好き」などというレベルとは違う、もっと切実な魂の叫びだったのではあるまいか。
 風太郎さんは幼い頃に父を、思春期に母を喪っているが、モームの自伝的長篇『人間の絆』を読むと、モームが風太郎さんとまったく同じ経緯で両親を喪っていることがわかる。
 どんな思いでこの小説のページを繰ったのか。そしてこの小説の発端を読んだとき、どんな衝撃が、この鬼才の胸中をはしったのであろうか。
 それはとても「好き」などという生易しいものではなかったはずである。
 そして幸福な家庭を得たにもかかわらず、風太郎さんは、ひとたび筆を執るや、「私の一生はこの時期(思春期)に母を亡くしたがため、生涯不幸であった」と書き続けたのである。
 最後に隆慶一郎――。私は隆さんが生命のほむらを懸命に燃やし続けて、あと一ヵ月で亡くなるというとき、辛うじてお会いすることができた。その縁で追悼文を書く機会があったが、そのとき「お前の文章は泣き濡れている。読む方はそういう追悼文に接して鼻白むものだ」と随分叱られた。
 だが、もう本当のことを書いてもいいだろう。「私は自分の寿命の五年や十年、さしあげても隆さんに長生きして作品を書いてもらいたかった」と書きたかったのである。
 私がこの四人の作家にぶつけた感情の発露が、どのような具現化を見せたのか、後は読者の判断を待つしかあるまい。

(なわた・かずお 文芸評論家)
波 2022年1月号より

著者プロフィール

縄田一男

ナワタ・カズオ

昭和33年(1958年)東京都生まれ。専修大学大学院文学研究科博士課程修了。『時代小説の読みどころ』で中村星湖文学賞、『捕物帳の系譜』で大衆文学研究賞を受賞した。大衆文学研究会の会長、チャンバリストクラブの代表を歴任。著書に『武蔵』、『歴史・時代小説100選』、『ぼくらが惚れた時代小説』(山本一力、児玉清との鼎談集)、『図説 時代小説のヒーローたち』(永田哲朗との共著)などがあり、新聞雑誌で文芸評論に健筆をふるっている。

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