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性の進化史―いまヒトの染色体で何が起きているのか―

松田洋一/著

1,430円(税込)

発売日:2018/05/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

男性はいつか、この地球上から消えてしまうのだろうか?

地球に暮らす175万種類近くの生物には、温度などの環境によって雄雌の比率を変える生物もいれば、性のない生き物すらいる。そもそも、なぜ性は存在するのか? なぜヒトには雌雄同体がないのか? 性転換する生物の目的とは? 命を次世代に継いでいくため、驚くほど多様化させてきた生き物たちの「性」の通史。

  • 受賞
    第72回 毎日出版文化賞 自然科学部門
目次
まえがき
第1章 いまヒトのY染色体で何が起きているのか?
現代人にみられる精子減少の危機/一夫一妻制が引き起こす精子の劣化/ヒトの精子に多い染色体異常/生殖補助医療の功罪/Y染色体を持つことの不合理/Y染色体は後戻りできない/遺伝子とゲノムDNA/遺伝子や染色体は時間とともに変化する/ヒトの染色体/Y染色体の退化と有性生殖/ヒトの性決定遺伝子SRYの発見/ヒトとネコの性染色体の構造はほとんど変わらない
第2章 「性」はなぜ存在するのか
ヒトはそもそも女性になるようにできている/無性生殖と有性生殖/有性生殖をおこなう意義/有性生殖は必ずしも有利であるとは限らない/遺伝の法則の発見/もしダーウィンが遺伝の法則を知っていたら/遺伝子説と染色体説/ヒトゲノム配列の解読/遺伝的な多様性を生みだす減数分裂/受精で何が起こるのか
第3章 性決定と性染色体
なぜX、Y染色体と呼ぶのか/ヒト染色体研究の歴史/ヒトの性がY染色体で決まることの発見
第4章 性染色体と遺伝
伴性遺伝とは/X染色体に見られる身近な遺伝子異常/ヨーロッパ王室と血友病/ロシア革命とロマノフ王朝の終焉/DNA鑑定と母性遺伝/アナスタシア事件の結末
第5章 染色体異常
染色体異常とは/染色体の数的異常/染色体異常の起源と性差/減数分裂の男女差/高齢出産と染色体異常の関係/染色体異常の男女差
第6章 「性」はどのようにして決まるのか
様々な雄と雌の関係/温度による性決定様式/性染色体を持たない遺伝的な性決定様式/性決定にかかわらないY染色体/雌ヘテロ型の性決定様式/男性と女性が生まれる仕組み/動物が持つ多様な性決定遺伝子/鳥類の性決定様式/昆虫で見いだされた新たな性決定様式/なぜヒトに雌雄同体はいないのか/鳥には雌雄同体が出現する/有袋類の細胞に残る性の記憶
第7章 性染色体の進化過程
Y染色体はどのようにして生まれたのか/Y染色体の構造/回文構造の不思議/Y染色体の構造変化の過程/Y染色体の爆発的な進化
第8章 性染色体の起源とその多様性
哺乳類が持つX染色体の特徴と進化/鳥類、爬虫類、両生類の性染色体の起源/カモノハシが持つ奇妙な性染色体
第9章 性染色体のミステリー
ヒトは性転換が高頻度に起こる運命にある/退化したY染色体を持つことの不利益/三毛ネコが雌である理由/X染色体不活性化の巧妙なしくみ/性染色体の数的異常とX染色体の不活性化/性染色体構成と雑種の表現形質
第10章 進化の大きな分かれ道
胎児か卵か/胎盤の獲得によってもたらされたもの/ラバとケッテイ/異なるゲノム間の軋轢を引き起こす分子機構
第11章 退化し続けるY染色体
モグラレミングとトゲネズミの不思議/Y染色体なしでどのように性を決めるのか/もしヒトの男性がいなくなったら/Y染色体は簡単には消滅しない
第12章 生殖補助医療と人類の未来
継承されてしまう脆弱性/ES細胞を用いて前進/iPS細胞がもたらした医療革命/ヒトはヒトで研究すべき/ゲノム編集技術がもたらした革命/iPS細胞の利点/かつて歴史で何がおこなわれたのか/進歩の裏にある危険性
あとがき
参考資料

書誌情報

読み仮名 セイノシンカシイマヒトノセンショクタイデナニガオキテイルノカ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 272ページ
ISBN 978-4-10-603827-3
C-CODE 0345
ジャンル 生物・バイオテクノロジー
定価 1,430円
電子書籍 価格 1,430円
電子書籍 配信開始日 2019/06/14

書評

「煩悩」を持つ人がヒトの生殖の未来を考えるための書

高橋真理子

 先日、久しぶりに朝日新聞の仲間が数人で蕎麦屋に集った。来年70歳になるOBに50代男性記者が「年をとれば煩悩がなくなるのか」と盛んに聞く。いや、最初はOB氏が前立腺肥大で手術を受けたと聞いて「術後でも快感はあるのか」という質問だった。記者同士は聞く方も答える方も明け透けである。答えは「ある」で、それから煩悩談義がにぎやかに続いた。
 酒席での他愛ない会話だが、女性である私は男性の性に対するこだわりに改めて感じ入ってしまった。50代男性は70代目前男性にそれを聞きたいのか……。もちろん、女性だって性には一方ならぬ関心を持つ。日本社会の規範が表に出さないようにさせているだけだ。とはいえ、関心の持ち方には男女差があると感じざるをえない。
 男女の違いは、ご存知のようにXとYという性染色体によってもたらされる。X染色体を2本持つのが女性で、XとYを持つのが男性だ。Y染色体はXに比べてとても小さい。それを初めて知る男の子は、たいてい、不本意な顔付きをするものだ。
 しかし、「Y染色体は退化の一途をたどり、やがてその中の遺伝子がすべて消失してしまう」と聞けば、不本意どころか、驚愕と恐怖の面持ちになるのではないか。
 これは、性染色体研究の世界的権威が一流科学雑誌に発表した学説である。この主張が出てくるまでの研究の積み重ねをわかりやすく解説し、性という切り口から生物の進化を見る視点を与え、ヒトの未来を考える土台をつくってくれる。それが本書だ。
「あとがき」にあるように、DNAや遺伝子、ゲノムに関する読み物はあふれているけれど、染色体について一般向けに書かれた本はほとんど見かけない。きっと、「染色体」という言葉に古臭いイメージが、場合によっては「おどろおどろしい」イメージがついているからだろう。何しろ一般の人がこの言葉を聞くのは「性染色体」でなければ「染色体異常」なのだから。
 しかし、染色体研究は決して古臭い学問ではないことが本書を読むとわかる。生物にはまだまだ謎がたくさんあり、それを解くのに染色体は大いに助けになる。特に、最近は性染色体の起源に関する研究が進んでいるという。ヒトと鳥類の性染色体の起源は異なる。鳥類と爬虫類の祖先は共通だが、鳥類とヘビ類の性染色体の起源は異なっていた。カメ類の起源も鳥類と異なる。ところが、沖縄本島の爬虫類・ミナミヤモリはニワトリと起源が同じだった。どうなっているの? と首をひねってしまうが、今のところはっきり言えるのは、両生類や爬虫類では性染色体の起源が多様だということだ。
 驚くことに、哺乳類であってもトゲネズミという動物には雄も雌もX染色体1本しか持たない種がいるそうである。X染色体1本でちゃんと雄と雌を産み分け、種を存続させている!
 結局、性決定の仕組みに必然性はなく、「たまたま進化の過程で獲得されたシステムに支配されているだけ」らしい。ということは、今後も変わっていく可能性があるということである。
 必然性はないとしても、大きな流れはある。哺乳類が卵生から胎生へと進化するにつれY染色体は短くなってきた。後戻りはしていない。その理由も本書には丁寧に書いてある。そして、変化のスピードは速い。とくに霊長類になってからが速い。そこから引き出されたのが「Y染色体は退化の一途をたどり、やがて遺伝子が消失してしまう」という先の学説だ。
 これに対する著者の専門家としての見解は読んでのお楽しみとしよう。それより、この学説が出る前から話題になっていた「精子の劣化」は、私たちにとってより切実な問題である。男性の精子数が50年間で大幅に減ったという研究結果をデンマークの研究者が発表したことは私にも記憶がある。米国では変化がないという報告も出たが、ヨーロッパではその後も精子濃度の低下が観察されているそうだ。一夫一婦制という婚姻形態がこの傾向に拍車をかけているのは、生物学的に見て間違いないらしい。生殖補助医療の発展により、生殖能力を欠くY染色体が後代に伝わるようになっていることも事実である。
 ヒトの生殖の未来はどうなってしまうのだろうか。これは、居酒屋での格好の話題だろうが、一方で不妊に苦しむ人たちにとっては差し迫って深刻な問題である。無神経に論じるのはいただけない。だからこそ、本書を読んで広い視野からヒトの生殖の未来を考えてみることをお勧めしたい。

(たかはし・まりこ 朝日新聞科学コーディネーター)
波 2018年6月号より

著者プロフィール

松田洋一

マツダ・ヨウイチ

1955年、三重県生れ。名古屋大学大学院生命農学研究科教授。名古屋大学大学院農学研究科修了(農学博士)。科学技術庁放射線医学総合研究所、米国ロズウェルパーク癌研究所研究員、名古屋大学助教授、北海道大学理学研究科教授(理学部附属動物染色体研究施設長)を経て、現職。魚類から哺乳類まで広く脊椎動物を対象として、ゲノム・染色体の進化研究に従事。

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