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地名の謎を解く―隠された「日本の古層」―

伊東ひとみ/著

1,430円(税込)

発売日:2017/07/27

  • 書籍
  • 電子書籍あり

いざ、地名の“迷宮”へ――
歴史を遡り、「名づけの由来」を探り出す!

太古の時代から、「地名」は風土や原初的な神話世界と強く結びついていた。古代につながる難読地名から平成の市町村合併まで、土地の名前には日本人の心性や自然観、人間の営為を知るための鍵が“暗号”のように埋め込まれている。柳田國男や谷川健一など先人の研究に導かれながら、その歴史的変遷と秘められた意味に迫る。

目次
序章 「地名」が日本の原郷へいざなう
神宿る大地/古代、人は「草」だった/国魂行き交う“地名の森”/人と大地をつなぐ臍の緒/漢字を脱皮していく地名/現代人と神様/人と天然との交渉の記録
第一章 古層から隔絶する現代地名
“地名の森”という迷宮/商標化していく地名/「はみんぐ町」に「ときめき」/誤植のように見える地名/地名保存より優先されたもの/その地名、誇大表示です/方角だらけの「東京都西東京市東町」/「東京」は地名ではない?/ミッシングリンクは「東京」
第二章 再編された地名、リストラされた神様
地名も明治維新を迫られた/同じ「村」でも大違い/東京・世田谷の彦根藩/何万もの町村が消えた/柳田國男も唖然とした行政村名/近代国家が引いた境界線/神様界も“近代化”/神と仏を分断する/廃仏毀釈でできた奈良公園/国が神様を格付け/日本人が無宗教になったワケ
第三章 「日本国」よりも古い地名
古代国家のディープインパクト/「日本」の始まり/東アジアの中の「日出づる国」/歴史を定着させる文字/ヤマト王権と漢字の出会い/漢字を借りてやまとことばを書く/翻弄される地名表記/難読の原点、好字二字令/地名を掌握することは、その地を支配すること
第四章 文字化された地名の謎
言葉遊びの地名起源譚/故事にこじつけるマコト/絡み合う空言と真事/不思議な箸墓伝説/当てにならない地名の漢字/「日光」になった「二荒」/「一口」「芋洗坂」「妹峠」の共通項/判じ物の地名
第五章 声だけのコトバの記憶
万葉びとのコトバを“聞く”/大和の畿内語と東国方言/多言語が重層するやまとことば/日本語のルーツ探し/DNAから見た日本列島の人々/縄文人と弥生人についての誤解/連続するヒトと地域文化/これからの日本語系統論と縄文語/縄文土器というコトバ
第六章 地名の呪力
一万年も続いた文化/縄文人たちの「定住革命」/人と自然が共生する「ハラ」/万物がもの言う世界/縄文文化のもとで生まれた自然地名/常陸国にいた夜刀神/方言と地名/謎多き古代地名/地名は「らいふ・いんできす」/呪力ある諺/本当は意味のあった枕詞
終章 日本的なる風土――地名と日本人
私たちはどこから来て、どこへ行くのか/地名についての問わず語り/三輪山のオホモノヌシの物語/恐るべし、古代ヤマトの言向け力/大いなるモノの主/隠された縄文的な心性/日本の風土に育まれた文化
付録 まだまだある、気になる地名たち
あとがき
主要引用・参考文献

書誌情報

読み仮名 チメイノナゾヲトクカクサレタニホンノコソウ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 240ページ
ISBN 978-4-10-603812-9
C-CODE 0325
ジャンル 日本史
定価 1,430円
電子書籍 価格 1,144円
電子書籍 配信開始日 2018/01/12

書評

地名に宿る呪性やことばの重みを知る

三浦佑之

 わたしの出身地は奈良県に接した三重県の山間部で、生れた時は三重県一志いちし多気だげ村だったが、昭和の大合併で一志郡美杉村となり、平成の大合併でとうとう海までは数十キロも離れているのに津市美杉町になり、おまけに一志という古代以来の郡名が消滅した(古代の表記は壱志・壱師)。ところが一方、村名(町名)の下に位置する丹生俣にゅうのまたという字名は昔から変わっていない。文献で遡れるのは近世初頭だが、かなり古い地名だと思う。
 おそらくどこも、太古の昔から続く地名とつい最近名付けられた地名が混在し、そこに古そうにみえる新作地名も紛れ込む。たとえば、神話に出ているので由緒正しい伝承地名だと思ってしまうが、「愛媛」県や「比婆ひば」郡(広島県)は明治に、「笠沙かささ」村(鹿児島県、現・南さつま市笠沙町)は大正に、「橿原かしはら」市(奈良県)は昭和に、古事記や日本書紀の神話に出てくる地名を借りて新しく作られた「行政地名」であり、その土地で元から使われていた地名ではなかった。
 律令国家と明治政府は似ていると前から感じていたのだが、本書を読んでそれを確信した。この二つの支配体制が他の時代と違うのは、天皇を頂点に置いた中央集権国家を樹立しようとしたところだが、それを象徴するのが地名への介入だった。それに対して他の時代はどこか緩やかで、それぞれの地域の土俗性や独自性に介入しない(できない)が、律令国家と近代国家は中央への恭順と順化を徹底的に強制した。そのために、律令国家はすべての地名を好ましい漢字を用いた二字地名に統一したのだし、近代国家はことあるごとに行政区画の改編(合併)にともなう地名の改名を促していった。名付けという行為が所有を意味すると考えれば、国家が集権化の一環として地名に介入するのは当然だ。
 伊東ひとみさんは、こんなふうに硬直した物言いをしているわけではない。「日本国」など誕生するずっと前、人がこの列島に住みはじめるとともに現れることになった地名はいかなる意味を持ち、名付けとはどういうことかについて、たいそうわかりやすく興味深く論じている、それが本書である。そのなかで、「人と大地をつなぐ臍の緒」とも言うべき地名が、近代になってとんでもない地名に変えられてしまうことを憂慮し、それぞれの地名が潜める情報の豊かさを指摘する。
 平成の大合併における暴挙ともいえる改名騒ぎは今も記憶に新しく、それゆえに著者のことばには重みがある。ただし、カタカナやひらがなの地名、合併した土地の頭文字を並べただけの地名、さくら市・みどり市など土地の固有性を放棄した地名、誇大表示にみえる地名などを批判しからかう本なら、今までに何冊も出ている。
 本書がそれら類書と袂を分かつのは、「専門家の研究を踏まえた科学的なアプローチを重視」し、「地名世界を横断的かつ重層的に捉えて、自分自身の深みにおいて解釈」(序章)しようとする態度に貫かれている点である。しかも、それが巧みな構成によってわかりやすく論じられて
いるのが好ましい。事典的に独立した「付録」が巻末に置かれているのも親切で楽しめる。
 第一章で「雑学的なうんちく話」を含めつつ平成の大合併にともなう地名改変を紹介することで読者の興味を惹きつけると、第二章では明治政府のめざした「階層構造」をもった行政区画(これは、中央集権国家をめざした律令国家の出現時にも求められた)について説明し、近世以前の、「土地固有の神様と人との交感」する自然村から近代的な行政村への移行を説くことで、一気に本書の主題へと突入する。そして、第三章以降では、地名がいかに人びとの考え方や生活と緊密につながっていたかということが述べられ、地名のもつ複層性が論じられてゆく。
 たかだか7世紀後半までしか遡らない「日本国」誕生のはるか以前から日本列島には人が住み、それとともに土地には名付けが行われ、人と神が共存する。そのなかで著者は、弥生時代から縄文時代へと遡って地名を考えようとし、縄文人と縄文語が生きた列島へと思いを馳せる。考古学も歴史学も遺伝子研究も、そして信仰や心性にも自在に行き来しながら、地名に込められた呪性やことばの重みをとらえようとする。もちろん、漢字で表記された地名と、文字以前の音声による地名とについても言及を忘れてはいない。
 あらゆる角度から地名に焦点を当てた本書を読み、わたしたちの過去と未来を考える上で、地名研究がいかに重要で豊かな可能性を秘めているか、改めて思い知らされた。

(みうら・すけゆき 日本文学者)
波 2017年8月号より

著者プロフィール

伊東ひとみ

イトウ・ヒトミ

1957(昭和32)年静岡県生まれ。奈良女子大学理学部生物学科(植物学専攻)卒業。京都大学木材研究所を経て、奈良新聞社文化面記者として勤務。その後、上代文学、漢字の成り立ちを研究し、編集者から文筆家に。作家竹西寛子氏に影響を受け、言葉を恃(たの)むことの覚悟を知る。著書に『漢字の気持ち』(新潮文庫、高橋政巳共著)、『キラキラネームの大研究』(新潮新書)、『恋する万葉植物』(光村推古書院、絵・千田春菜)などがある。

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