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皮膚感覚と人間のこころ

傳田光洋/著

1,210円(税込)

発売日:2013/01/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

意識を作り出すのは脳だけではない――。皮膚を通して、こころの本質に迫る!

外界と直接触れ合う皮膚は、環境の変化から生体を守るだけでなく、自己と他者を区別する重要な役割を担っている。人間のこころと身体に大きな影響を及ぼす皮膚は、その状態を自らモニターしながら独自の情報処理を行う。その精妙なシステムや、触覚・温度感覚のみならず、光や音にも反応している可能性など、皮膚をめぐる最新研究!

目次
はじめに
第1章 皮膚感覚は人間の心にどんな影響を及ぼすか
触れられてあやつられる心/温かい皮膚感覚はその人の心も温かくする/ボツリヌス菌毒素による施術の効果/拒食症と皮膚感覚/親から子への皮膚感覚の影響――ラット・マウスの実験/親から子への皮膚感覚の影響――人間の場合/なぜ、皮膚感覚は人間の心や身体に大きな影響を及ぼすのか
第2章 人間の皮膚ができるまで
人間はなぜ体毛を失ったか/皮膚の進化
第3章 皮膚の防御機能
自律的防御装置としての角層/バリア機能と電位/バリア回復の日内変動/その他の防御機構
第4章 表皮機能の破綻とその対策
乾燥と皮膚/バリア機能の修復/表皮の老化について
第5章 皮膚の感覚について
感覚の定義/従来の皮膚感覚の考え方/奇妙な触覚実験/表皮の感覚/痒み、あるいは皮膚感覚異常/皮膚の聴覚/表皮の視覚/皮膚と電場/皮膚と磁場/変動磁場が皮膚に及ぼす作用
第6章 皮膚が身体に発信するメッセージ
マッサージの効果/表皮が発信するメッセージ/正直な表皮電気/表皮が放出するホルモンとサイトカイン/情報処理システムとしての表皮
第7章 自己を生み出す皮膚感覚
自己とは何か/自己を生み出す皮膚感覚/社会システムと感覚
第8章 彩られる皮膚
メイクアップすることの心理的効果/化粧による高齢者の生活改善/メイクアップの人類史
第9章 新しい皮膚のサイエンス
数学について/表皮の生理現象を数学で解く/境界ということ
さいごに

書誌情報

読み仮名 ヒフカンカクトニンゲンノココロ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 192ページ
ISBN 978-4-10-603722-1
C-CODE 0345
ジャンル 科学
定価 1,210円
電子書籍 価格 968円
電子書籍 配信開始日 2013/07/26

書評

生命をかたちづくる皮膚

梨木香歩

 以前パソコンで「ケラチノサイト」と打つたび、「毛拉致のサイト」と変換されていたことがある。苦笑しつつも傳田氏の著作を読んでいたので、あながち意味のない変換でもない、と、我がパソコンながらその都度少し尊敬したものだ(今は心得てちゃんと変換するようになり、助かるがあまり面白くない)。ケラチノサイトとは、表皮を構成する細胞の名称である。サルからヒトになる過程で、皮膚は毛を失くした。この喪失によってヒトが獲得したものは測り知れない、と傳田氏はいう。
「脳だけがこころをつくるのではない」
 既に世に出た『皮膚は考える』『第三の脳』『賢い皮膚』を通し、氏は一貫してそのことを言い続けてきた。皮膚というものがただ単に内臓を格納しておく皮袋に留まらず、自己と環境との境界にあって、いかに闘い、感じ、考え、さまざまな情報伝達物質を放出してヒトの「気分」を決定するものであるかを。慎重な文脈のなかに、突如として現れる(一見)奇想天外な仮説が魅力であった。
 この『皮膚感覚と人間のこころ』では、そういう「驚きの仮説」への検証が、膨大な文献の数々や研究報告を積み重ね、三島由紀夫安部公房、ヴァレリーやリルケ等の文章も引きながら、丹念になされていく。論旨は力強く、有無をいわさぬ説得力がある。
 科学技術に頼りっぱなしの現代、個々の意識を左右する情報は視覚や聴覚からのものが圧倒的に優勢に思えるが、「しかし、皮膚感覚は、私たちを強く揺さぶります。―略―性的な接触は強烈な快感をもたらし、逆に皮膚の痛みや痒みは、堪え難い不快をもたらします。―略―システムの中で生きる人間を、皮膚感覚は突然、個人に戻してしまうのです。……」そして皮膚感覚こそが自己と他者を区別し、さらにいえば「自己を生み出す」のだという、独自の見解に至る流れは圧巻である(皮膚感覚は個人を強く意識させるのに、自他の融合を目指しているはずの性的な接触――生命の誕生に直結している――に、その皮膚感覚が不可欠であるのは感慨深いことである)。
 本書は、「高校時代の期末試験で、未だに忘れられない問題があります」と始まっている。どんな問題かは本書で確認していただくことにして、読み進めると、ときに個人的内面史とも思える記述に、著者が真っ向からこの著作と取り組んでいることが伝わってくる。皮膚科学最前線の情報にあふれた、すぐれて科学的な書でありながら、ラストの記述に再び現れる「高校時代の期末試験」に、著者の半生すべてが収斂されていくような感動は、かつて文学作品でしか得られなかった類のものであった。皮膚を論じて意識の在処、生命そのものが語られていたのだ。

(なしき・かほ 作家)
波 2013年2月号より

担当編集者のひとこと

意識を作り出しているのは、脳だけではない――。

 私たちは、目、耳、鼻、舌、皮膚の五つの感覚器を通じて外界の様子を認識しています。それぞれ大切な役目を果していますが、目(視覚)は、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という諺があるように、錯覚を起こします。聞き間違いもします。でも、自分を自分で触っているのと、他人に触られているのを間違えることはありません。その証拠に、自分で自分をくすぐってもくすぐったくありません。

 つまり、皮膚(触覚)は自己と他者の区別に重要な役割を担っているのです。そればかりでなく、心理や意識にも大きな影響を及ぼしています。私たちは、軽く触れられるだけで、どちらかといえば、他者に好意的な心理状態になるという実験結果がありますし、生れて間もない(ほとんど毛がない)ラットでは、母親とのスキンシップが子どもの脳の発達に影響を及ぼすそうです。皮膚感覚は意識を作り出す重要な因子なのです。

 アトピー性皮膚炎の患者さんには不安症やうつ病が通常より高い比率で起きているそうです。ストレスによって表皮から放出されるコルチゾールが脳にも作用して、精神性の疾患を引き起こしている可能性が考えられるそうです。スキンケアは身体の健康だけでなく、こころの健康にもつながる可能性があります。

 また、皮膚は脳から指令を受ける一方で、その状態を自分でモニターしつつ、独自の情報処理を行っています。そのシステムは、まさに精妙そのもの。さらには、触覚・温度感覚ばかりでなく、光や音、電場や磁場にも反応している可能性もあるそうです。

 皮膚をめぐるさまざまな考察は、体毛を失った進化の謎、人間のこころの成り立ちや、生命とは何かという根元の問題にまで、ぐんぐん深まっていきます。

2016/04/27

著者プロフィール

傳田光洋

デンダ・ミツヒロ

1960年生まれ。京都大学工学研究科分子工学専攻修士課程修了。カリフォルニア大学サンフランシスコ校研究員などを経て、2023年4月現在、明治大学先端数理科学インスティテュート客員研究員。工学博士。著書に『驚きの皮膚』『サバイバルする皮膚』などがある。

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