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ともに「第一部」と名付けられた二つの物語。時代も性差も軽やかに超えて躍動する、まったく新しい長篇小説。

両方になる

アリ・スミス/著 、木原善彦/訳

2,640円(税込)

本の仕様

発売日:2018/09/27

読み仮名 リョウホウニナル
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Mizuki Goto/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 334ページ
ISBN 978-4-10-590152-3
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、文芸作品
定価 2,640円

十五世紀イタリアに生きたルネサンスの画家と、母を失ったばかりの二十一世紀のイギリスの少女。二人の物語は時空を超えて響き合い、男と女、絵と下絵、事実と虚構の境界をも鮮やかに塗り替えていく。そして再読したとき、物語はまったく別の顔を見せる――。未だかつてない楽しさと驚きに満ちた長篇小説。コスタ賞受賞作。

著者プロフィール

アリ・スミス Smith,Ali

1962年、スコットランド・インヴァネス生まれ。ケンブリッジ大学大学院で学んだ後、エディンバラの大学で教鞭を執るが、ケンブリッジに戻って執筆に専念。デビュー短篇集Free Love and Other Stories(1995)でサルティア文学新人賞を、長篇The Accidental(2005)ホイットブレッド賞を受賞。『両方になる』でゴールドスミス賞、コスタ賞、ベイリーズ賞を受賞した。現代イギリス文学を代表する作家の一人で、タイムズ文芸付録による2018年のアンケートThe best British and Irish novelists todayで1位に輝いた。

木原善彦 キハラ・ヨシヒコ

1967年生まれ。大阪大学教授。訳書にトマス・ピンチョン『逆光』、リチャード・パワーズ『オルフェオ』など。ウィリアム・ギャディス『JR』の翻訳で日本翻訳大賞を受賞。著書に『UFOとポストモダン』、『ピンチョンの『逆光』を読む――空間と時間、光と闇』、『実験する小説たち――物語るとは別の仕方で』など。

書評

時制も人称も超えた世界

上田岳弘

 二つのものが繋がって一つになる。そのことはイメージしやすい。というより、そもそも一つだったものがただ観察者の都合で区切られているだけのケースも多い。二つの椅子をくっつけてそれを長い大きな椅子と見るか、あくまで二つの椅子がくっついていると見るか。それは捉え方次第だと言えるけれど、例えば時間を区切って、過去であるといい、未来であると言う場合、それはあくまでも「今」を生きる我々にとっての過去であり未来であって、もし観察者がいなければ時間はあくまでも時間だ。時間、というものをどう定義するかは諸説あるけれど、その諸説を内包して屹立する「時間」そのものは一つだけのはずだ。けれど、我々、つまりは観察者の存在がいやおうなくそれを分割せざるを得ない。操作する意志などなくとも、視線はおのずと物事を分ける。観察者がいる限り、ある種の物事は一つではいられないことが多い。
 作家は言葉で世界を切り取る。極力現実の在り方に近づけようと、その視点を限りなく無に近づけようとしても、必ず作為は残る。人称の設定、時制の設定。誰がいつのことを語っているのか。主語は私なのか、彼なのか、あなたなのか。過去形なのか、現在形なのか。それが一文一文で変わることもあるだろうし、文章の途中で変わることだってしばしばある。曖昧にぼかされていることもあるだろう。けれど、無にはできない。言ってしまえばそれは、物語ることの宿命みたいなものだ。
『両方になる』でアリ・スミスが採用するのは、作為を無に近づけるのとは逆のアプローチだ。二つの物語=時間で本著は構成される。一つは、男性しかなることを許されなかったルネサンス期の画家の物語。もう一つは、抗生剤のアレルギー症状で母親を亡くしたばかりの現代イギリスの女の子の物語。当然、ルネサンスよりも現代の方が時間的には後にある。現代から見ればルネサンス期はそれこそ抗生剤で細菌を除去することもできなかった古い時代だ。性差別をはじめとする欺瞞が問題視されることすらなかったその時代、人々は個人の力ではどうにもできない因習に従って生きるしかなかった。男性しか画家になれなかったのだから、本当の性別はどうあれ、その画家は歴史的には“男性”画家なのだ。ならば、画家であることに、つまりは絵を生み出す能力そのものが正しく世界に位置づけられることを望むが、それも叶わず、彼/彼女の実存は時間という濁流の中に飲まれてしまう。
 けれどその時間をみつめる観察者である作家は、その画家に目を与える。読者はそこに作家の作為を覚える。画家は、それが未来とも気づかずに現代を幻視する。そして画家が見つめる現代を生きる少女は、ルネサンス期にはなかった抗生剤の副作用で母親を亡くす。多くの命を救った抗生剤によって、過去よりずっと安全なはずの現代で命を落とすという皮肉。これもまた作家の作為。
 多くの作家は影を消そうとするそんな作為を、アリ・スミスは消そうとせずに、むしろ作品の中心に埋め込まんとする。まるでそれが、我々のあずかり知らないところで存在する物理現象と同種のものででもあるかのように。我々には動かしがたいと思われる天与の自然現象も、あるいはこんな風に誰かの作為によってあっさりと形作られていったのではないか。あけすけですらある作家の手つきは、そのことに不思議な安らぎと説得力を与える。それは、読後に知った本著の驚くべき仕掛けギミックにも通じる、表層を突き破った本質に焦点を合わせることのできる作家の特異な目のなせる業だろう。
「芸術は何もしないことによって何かを引き起こす」。iPadの画面をハックして表示される亡き母の作ったゲリラ広告サブヴァート。見ることしかできない二つの物語をつなぐ大胆な仕掛けギミックは、それらを一つに収斂させるのではなくて、過去と未来その両方にする、、、、、。そこには、時制も人称も超えた“世界”の確かな手触りがある。アリ・スミスは、世界を切り取るというまさに作家の仕事によって、世界のルールを一段階微分して見せた。

(うえだ・たかひろ 作家)
波 2018年10月号より
単行本刊行時掲載

短評

▼Ueda Takahiro 上田岳弘
一つは、ルネサンス期のイタリア人“男性”画家の物語。一つは、現代イギリス、抗生剤のアレルギーで母を亡くしたばかりの女の子の物語。数世紀前の画家の絵を、現代ではiPadで見ることができる。絵画を眺めるように、二つの時間を誰かが見ている。「芸術は何もしないことによって何かを引き起こす」。iPadの画面をハックして表示されるゲリラ広告サブヴァート。見ることしかできない二つの物語をつなぐ大胆な仕掛けギミックは、それらを一つに収斂させるのではなくて、過去と未来その両方にする。そこには、時制も人称も超えた“世界”の確かな手触りがある。

▼The New York Times ニューヨーク・タイムズ
類いまれな思慮深さを持つ作家の、長年にわたるいくつもの問いが、一つに結晶した作品である。スミスはそれらの問いを、忘れがたい人物たちの中に見事に描き込んでいる。

▼NPR ナショナル・パブリック・ラジオ
楽しく、感動的な作品だ。素晴らしい母親、慣習に捕らわれない愛と友情、時間と死とジェンダー、芸術という慰め、その他さまざまなものを含んでいる。

▼The New York Times Book Review ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー
いたずらっぽく輝かしい、二重螺旋のような小説。

▼San Francisco Chronicle サンフランシスコ・クロニクル
この本は読者を虜にし、芸術というものの力を、そしてスミスの文章の力を見せつける。

▼The Atlantic アトランティック
驚くべきミステリー。スミスはどこまでも精巧に、限りない射程の広さと親密さを合わせ持つ作品を作り出した。

▼ワシントン・ポスト
遊び心たっぷりで愉快。信じられないほど感動的。

▼ロサンジェルス・レビュー・オブ・ブックス
アリ・スミスは天才だ。彼女が現代作家の中で最も優れた革新的作家だという評価を、この作品は確かなものにした。神聖なる錬金術のようなものによって、彼女は知性と奇想を組み合わせ、読者を笑わせると同時に感動させてしまう。

訳者あとがき

 本書はAli Smith, How to Be Both (Pantheon, 2014)の翻訳である。
 作者アリ・スミスは一九六二年にスコットランドで生まれ、ケンブリッジ大学大学院を出た後、スコットランドのエディンバラで教鞭を執るが、再びケンブリッジに戻り、作家として活動を始めた。最初に発表した短編集(Free Love and Other Stories [1995])はスコットランドのサルティア文学新人賞を受賞。初の長編は『ライク(Like)』(一九九七)。長編第二作『ホテルワールド(Hotel World)』(二〇〇一)はスコットランドの数々の文学賞を獲得し、オレンジ賞、ブッカー賞の最終候補にもなった。第三作『アクシデンタル(The Accidental)』(二〇〇五)はホイットブレッド賞を受賞。ここに訳した『両方になる』はアリ・スミスの長編第七作。ブッカー賞およびフォリオ賞の最終候補となり、ゴールドスミス賞とコスタ賞(旧ホイットブレッド賞)に輝いた。その後は、季節四部作として企画されているシリーズの長編『秋(Autumn)』(二〇一六)と『冬(Winter)』(二〇一七)を立て続けに発表し、ともにポスト欧州連合脱退ブレグジットのイギリスを描く傑作として好評を博している。
 邦訳としては、二〇〇三年にDHCから刊行された『ホテルワールド』以外に、岸本佐知子さんの編んだ『変愛小説集』(講談社、二〇〇八年)に収められた「五月」をはじめ、いくつかの短編が日本語に訳されている。アリ・スミスは数々の受賞歴からも明らかなように、イギリスでは既に確固たる実力派作家としての地位を得ている。二〇一八年にタイムズ文芸付録が約二百人の作家・批評家・学者を対象にして、イギリスおよびアイルランド在住の最も優れていると考える存命作家を挙げてもらうアンケートを行った際にも、カズオ・イシグロやゼイディー・スミスなどをおさえてアリ・スミスが第一位に輝いた。本邦でも、雑誌やアンソロジー掲載の翻訳紹介を通じてじわじわと人気と注目を集めつつある。言葉遊びや印象的な警句、笑えるエピソードや謎めいたやり取りがテンポよく繰り出されるのがスミスの持ち味だと言っていいだろう。薬の説明書みたいな言い方をするなら、彼女の作品は「読むと元気が出る」「心が軽くなる」という効能があるように思う。
 
 実は本書には、おそらくほとんどの読者が目にしたことがないと思われるような、驚くべき仕掛けがある。通常、訳者のあとがきは簡単な作品解説も兼ねているので、本来ならここで、簡単にでもその説明をしたいところなのだが、「どんな仕掛けがあるのかは、本そのものの中に絶対に書かないでほしい」という作者の希望があって、それはできない(ただし、書評や広告で仕掛けに言及するのは自由だ。本年の新潮クレスト・ブックス・フェア小冊子でも、拙著『実験する小説たち』でも仕掛けを明かしている)。
 さて、その仕掛けとも関係するのだが、奇妙なことに本書は、ともに第一部と題された二つのパートから成る。目のマークが記されたパートでは、十五世紀頃に実在したイタリア人画家フランチェスコ・デル・コッサ(の魂)が地中からよみがえって現代のイギリスに現れ、ケンブリッジに暮らすティーンエージャーの女の子を見守りながら、自分が生きた十五世紀の出来事を一人称で綴る。生きる時代も場所も大きく異なるフランチェスコには、少女がしゃべる言語が理解できないばかりでなく、自動車やスマートフォンが何をするものなのかも分からない。
 監視カメラのマークが記されたもう一つのパートでは、“目”のパートで画家に見られているのと同じイギリス人少女が、母を突然失った悲しみから立ち直ろうとしている。そして、母と行ったイタリア旅行の思い出や、謎めいた友人Hとの交流が三人称で語られる。
 以上二つの語りが並置されることで、この本には不思議な遠近法的効果が生まれている。二つの物語がどう関係するのかについて論じると、大事な部分でネタバレに近いことになりそうだが、ネタバレしてもさほど面白さは減じられないとも思うので、ほんの少しだけ説明しておこう。ネタバレが心配な方は次の短い段落を読み飛ばしてください。
 最も単純に解釈すると、“目”パートの物語は、ジョージが(Hの助けを借りて/あるいはHのために)書いたものに見える。実際、フランチェスコの綴りは通常Francescoなのに、この小説の中ではFranceschoと綴られているのは、「Hがプラスされている」という一種の遊びを意味しているのかもしれない(残念ながら、邦訳ではその遊びを再現することはできなかった)。他方で、“監視カメラ”パートの物語は、十五世紀にあったかもしれないし、なかったかもしれない“目”パートみたいな下絵(物語)から派生しているようでもある。
「両方になる」という本書のタイトルは、男と女、過去と現在、白人と有色人種、領主と人民、快楽と美など、いくつもの二項対立を無化(無効化?)する方向への動きを肯定している。だが、この小説の魅力は、そうした大胆かつ知的な試みが、非常に軽いタッチで成し遂げられているところにある。だから、読者の皆様にはぜひ、訳者がここにくだくだと書きたがるような面倒な理屈は抜きにして、どっぷりとアリ・スミスの語りの魅力に浸っていただきたい。
 二〇一七年の後期に、大阪大学大学院言語文化研究科の演習でともに『両方になる』を読んでくれた安保夏絵さん、小倉永慈君、久保和眞君、小口洋輔君、シー・イン・ハンさん、舞さつきさん(五十音順)に感謝します。実験小説概論の延長で、その実例として読み始めただけのつもりが、登場人物や家具の位置関係、塀の高さや構造、しぐさや言い回しや言葉遊び一つ一つの含意など、脱線気味な私のおしゃべりに延々と付き合わせることになってしまいましたが、同時にいくつも示唆的なコメントをもらい、あの場の私は教員と学生の両方になれた気がします。ありがとう。企画と編集に当たっては、今回も新潮社の佐々木一彦さんに大変お世話になりました。ありがとうございました。そしていつものことながら、訳者の日常を支えてくれるFさん、Iさん、S君にも感謝します。ありがとう。
 二〇一八年八月

木原善彦

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