ホーム > 書籍詳細:知の果てへの旅

知の果てへの旅

マーカス・デュ・ソートイ/著 、冨永星/訳

3,300円(税込)

発売日:2018/04/26

  • 書籍

『素数の音楽』の著者による人間の知の限界への挑戦。宇宙に果てはあるのか。時間とは何か。意識はどこから生まれるのか。科学はすべてを知りうるのか。

科学はかつて不可能だと思われたことを可能にし、多くの謎を解明してきた。知の探究の最先端で今、何が問われているのか。ビッグバンの前に何があったのか。コンピューターは意識を持ちえるか。未来は予測可能か。科学の力をもってしても知りえないことは、はたして存在するのか。『素数の音楽』の著者による人間の知の限界への挑戦。

目次
最果ての地 その〇
知らないということがわかっているもの
最果ての地 その一
カジノで手に入れたサイコロ
最果ての地 その二
チェロ
最果ての地 その三
壺入りのウラニウム
最果ての地 その四
切り貼りの宇宙
最果ての地 その五
腕時計
最果ての地 その六
チャットボットのアプリ
最果ての地 その七
クリスマス・クラッカー
謝辞
訳者あとがき
さらに深く知りたい人のために
挿絵のクレジット
索引

書誌情報

読み仮名 チノハテヘノタビ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Moment/写真、Getty Images/写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 544ページ
ISBN 978-4-10-590146-2
C-CODE 0398
ジャンル ノンフィクション
定価 3,300円

書評

知の果て、至上の時

山本貴光

 人間の知に果てはあるか。
 これは言うなれば、人類にとって究極にして最後の問いである。だってほら、もし本当に人間の知に限界があるとしたら、この宇宙や世界について逆立ちしても絶対に分からず仕舞いの謎が残るわけでしょう。実際のところ、私たちにはついに知りえないことはあるのだろうか。
 数学者マーカス・デュ・ソートイが待望の新著『知の果てへの旅』で取り組むのは、まさにこの難題だ。彼はこれまで『素数の音楽』、『シンメトリーの地図帳』、『数字の国のミステリー』(いずれも新潮文庫)といった数学ミステリーで私たちを魅了してきた。興味の尽きない問題設定、複眼的な探究の進め方、歴史や文化のエピソードを交えて読む人をその気にさせる文章と、3拍子そろった書き手で、この問題の案内人としては申し分ないどころか適任である。
 では著者は、この私たち自身にかかわる根源的な謎にどう迫ろうというのか。
 話はサイコロから始まる。あの小さな立方体のどこにそんな謎が? と思うかもしれない。サイコロは人類が発明したもののなかでもなかなかの傑作だ。なにしろ1から6のどれかの目が出るという具合に結果が限定されており(6面体の場合)、それと同時に振ってみるまでどの目が出るかは分からないという代物。偶然を生み出す装置である。このサイコロを振るとき、どの目が出るかをぴたりと当てることはできるだろうか。偶然ではなく、必然として予測できるのだろうか。
 なるほどたくさん振ってみれば、だんだんとどの目も6回に1回の割合で出ることは分かる。同時に2個振った場合も、どの組み合わせがどのくらい出るかは計算できる。ただしそれはあくまでも確率であって、いままさに振るサイコロの目を完全に的中させるのとはまた違う話。
 それなら攻め方を変えよう。ニュートンが発見した物体の運動の法則で考えたらどうか。これはなかなかよさそうだ。モノとしてどう転がるかが分かれば結果も分かりそう。ラプラスが戯画的に描いてみせたように、もしある瞬間の宇宙を構成するすべてのものの位置と、それらを統べる法則が分かれば、そこから生じるあらゆる変化を計算できる。つまり未来に起きることがすべて確実に分かるはずだ。
 ところがそうは問屋が卸さない。19世紀末にポアンカレがひょんなことから気づき、20世紀に大きく進展したカオスの壁が立ちはだかる。気候や動物の個体数の変化などを典型として、ある条件の下では、ほんのわずかな状態の違いから予測不能の結果が生じる現象が自然や社会のあちこちに見つかっている。サイコロも同様だ。たとえいまこの瞬間の宇宙の状態が完全に分かり、物質の運動を統べる法則が分かったとしても、カオス現象が生じる場合には未来の状態を言い当てることはできないのだ。
 サイコロの運動は分からないとしても、サイコロを構成する物質ならどうか。それが分かればなんとかなるのではないか。実はこの方向も望みは薄い。微小な物質のふるまいを扱う量子論によれば、粒子の位置と動きを同時に正確に知ることはできない。
 おお、なんということだろう。謎めいたところなどまるでなさそうなこのちっぽけな立方体に、知の限界が幾重にも含まれているなんて! そう、著者の言葉を借りれば、サイコロは「知りえないものの究極の象徴」なのである。
 こんなふうにして、ひとたびデュ・ソートイの手にかかると、サイコロから、素粒子や宇宙、数学や古典物理学やカオス理論、さらには知の果てが飛び出してくるのだ。
 ――というのは一例で、他にも時間、意識、無限といった目下解明され尽くされていないこの世界にまつわる数々の謎が俎上にあげられている。著者はそれぞれのテーマについて、先人の知恵を使い、時に現代の専門家の助けも借りながら、知の果てへと向かう旅へと私たちを誘う。
 自然のしくみを探究する科学と、それを抽象的にとらえる数学と、探究の土台となる哲学。この3つの発想が交わるところで、想像と思考を存分に遊ばせながら知の限界をたしかめてみること。なんと贅沢でスリリングな経験だろう。手にするときには分厚く感じられた500ページを超えるヴォリュームも、ページを繰るにつれて読み終えるのが惜しくなること請け合いである。
 果たして知には最果てがあるのか。そこはどこなのか。いざ、知の果て、至上の時へ。

(やまもと・たかみつ 文筆家・ゲーム作家)
波 2018年5月号より
単行本刊行時掲載

短評

▼Yamamoto Takamitsu 山本貴光

知に最果てはあるのか――人類にとって究極にして最後の謎。これまで『素数の音楽』をはじめ、知のミステリーで私たちを虜にしてきたマーカス・デュ・ソートイが、ついにこの難問にとりくんだ。サイコロの目をぴたりと当てる手はあるか。古くて新しいこの問いをてがかりに、素粒子から宇宙まで、さらには時間や人間の意識をめぐって、科学の粋を尽くした探究に乗り出す。既知から未知へ。その境界はどこにあるのか。そう、知の限界をたしかめる旅は、そのまま知の歴史とエッセンスを見渡すグランドツアーなのだ。さあ、その目で知の果てを見にゆこう。


▼Bill Bryson ビル・プライソン
[『人類が知っていることすべての短い歴史』の著者]

才気あふれる作品に心が躍った。難解な事柄をとっつきやすく魅力的に紹介することにかけて、デュ・ソートイの右に出る者はいない。


▼Publishers Weekly パブリッシャーズ・ウィークリー誌

われらが宇宙の最大の謎に関するこの優れてよく練られた説明は人々の好奇心をそそり、「決して手懐けられず知り得ない自然現象」について考え込ませることだろう。


▼Forbes フォーブス誌

デュ・ソートイは純粋数学者としての自分の視野と、アメリカの同僚たちよりも哲学や神学になじんでいるイギリスの科学者としての視野を生かしている。


▼Kirkus Reviews カーカス・レビュー誌

「ビッグ・クエスチョン」の分野に、さらにとても面白く味わい深い作品が加わったといえよう。

著者プロフィール

1965年ロンドン生まれ。オクスフォード大学数学研究所教授、リチャード・ドーキンスの後任として「科学啓蒙のためのシモニー教授職」も務める。英ロイヤル・ソサエティ・フェロー。多数の専門書執筆のほか、新聞・雑誌に寄稿、BBCで数学番組を監修。2001年、ロンドン数学学会が40歳以下のもっともすぐれた数学研究者に授与するバーウィック賞を受賞。初の一般書である『素数の音楽』が世界的ベストセラーに。その他の著書に『知の果てへの旅』『レンブラントの身震い』など。2010年、科学への貢献に対し大英帝国勲章が授与される。

冨永星

トミナガ・ホシ

1955年京都生まれ。京都大学理学部数理科学系卒業。翻訳家。マーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』、キット・イェーツ『生と死を分ける数学』、ヘルマン・ワイル『シンメトリー』など訳書多数。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

マーカス・デュ・ソートイ
登録
冨永星
登録

書籍の分類