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AI監獄ウイグル

ジェフリー・ケイン/著 、濱野大道/訳

2,420円(税込)

発売日:2022/01/14

  • 書籍

新疆ウイグル自治区は米中テック企業が作った「最悪の実験場」だった。

DNA採取、顔と声を記録する「健康検査」、移動・購入履歴ハッキング、密告アプリ――そしてAIが「信用できない人物」を選ぶ。「デジタルの牢獄」と化したウイグルの恐るべき実態は、人類全体の未来を暗示するものだった。少女の危険な逃避行を軸に、圧倒的な取材力で描き出す衝撃の告発。成毛眞氏、橘玲氏、驚愕!!

目次
注記 調査方法について、ウイグル族と漢族の名前について
プロローグ その暗黒郷を“状況”と呼ぶ
「あなたについて通報があった」。家を自由に出入りする監視員、入店や移動をすべて記録するIDスキャン。強制収容所行きにならずとも、新疆ウイグル自治区での生活は地獄だ。
第1章 中国の新たな征服地
2017年の中国。史上もっとも高度な監視ネットワークを取材しようと、著者はカシュガルを訪れた。だが圧倒的に、中国政府のほうが自分を知っているという事実に直面する。
第2章 国全体を監視装置に
テクノロジーを支配する者が、国を支配する。カイロまで逃げたウイグル人男性は証言した。「中国は、エジプト警察が得たウイグル人亡命者のあらゆる情報を要求できる」
第3章 ウイグル出身の賢い少女
北京の一流大学に通い、外交官を夢見たメイセムの日常は、2014年から変わりはじめた。故郷カシュガルに「セーフ・シティー」が作られ、彼女には警察署への出頭命令が出る。
第4章 中国テック企業の台頭
バイドゥ、アリババ、テンセント、レノボ、ファーウェイ。中国5大企業の幹部は、米マイクロソフトの研究所から生まれることになった。斬新な軍産複合体を中国政府は模索する。
第5章 ディープ・ニューラル・ネットワーク
顔認証技術と音声認証技術。アメリカのAI企業がつぎつぎに中国企業と提携しはじめた。2015年までに、政府による徹底的な監視システム「スカイネット」は完成した。
第6章 「中国を倒せ!」「共産党を倒せ!」
ウルムチで起きた暴動が契機だった。少数民族ゆえに孤独な大学生活を送るメイセムの心の拠り所は、ウイグル族を代表する学者イリハム・トフティの公開講座に参加することだ。
第7章 習近平主席の“非対称”の戦略
ユーラシア全体に影響力を広げ、中国を“超大陸”に拡大すること。先進技術を重視する国家主席はこうも言う。「われわれ共産主義者は、人民戦争を闘うことに長けているはずだ」
第8章 対テロ戦争のための諜報員
テロリストから中国を守るため、各国に配置される諜報員たち。ウイグル出身のユスフは刑務所で「協力するなら、母親を釈放しよう」と言われ、外交官用パスポートを与えられた。
第9章 「政府はわたしたちを信用していない」
メイセムはトルコの大学院に進んだ。夏に一時帰国してはじめて、「外国に住む」自分が、家族の信用度ランキングに悪影響をおよぼすという事実を知る。
第10章 AIと監視装置の融合
購買履歴やウェブ閲覧履歴を監視し、全国民をランク付けする。それを可能にしたのが2015年の国家安全法だった。政府は大盤振る舞いで、スタートアップ企業を支援する。
第11章 このうえなく親切なガーさん
2016年、ふたたび帰国したメイセムは党幹部に睨まれる。居間にはカメラが設置され、家族全員が「健康診断」を受けることに。DNA採取のキットは、アメリカ製だった。
第12章 すべてを見通す眼
新プログラム「一体化統合作戦プラットフォーム」が予測的取り締まりを開始した。容疑者や犯罪者候補についてプッシュ通知、警察と政府当局にさらなる捜査をうながしていく。
第13章 収監、強制収容所へ
「大切なお話があります」。地元政府の庁舎に呼ばれたメイセムは、そのまま再教育センターに連れていかれた。さらに、特殊部隊員が警備する拘留センターに移送される。
第14章 強制収容者たちの日常
部屋の四隅と中央に監視カメラ、床には動きを感知するセンサー。トイレもシャワーもAI監視室が管理する。被収容者たちは工場に派遣され、中国の労働力不足を補うことに。
第15章 ビッグ・ブレイン
心臓発作を起こした老婦人をかばうメイセムに、看守はこう言い放った。「助けたら、頭をたたき割ってやる」。殺風景な部屋で、新たな尋問が始まる。「きみとわたしだけの会話だ」
第16章 ここで死ぬかもしれない
メイセムは再教育センターに戻る。“状況”は急激に悪化していた。1日も早くウイグルを出なければ。ありとあらゆる機関に提出する、途方もない数の書類を急いで集めはじめる。
第17章 心の牢獄
インド経由でトルコへ。脱出に成功したメイセムの心身を異変が襲った。ささやかな慰めは母親から届くテキスト・メッセージだったが、ある日――「送らないで。安全じゃない」
第18章 新しい冷戦
国家監視システム構築の手助けをした中国テクノロジー企業。2018年7月以降、それらはアメリカを含む数十カ国の政府に敵対視されるようになる。貿易戦争は報復合戦へ。
第19章 大いなる断絶
アメリカ政府や民間研究所が、ウイグル問題についての調査結果を発表しはじめた。名前が挙がった中国企業は制裁対象に。だが中国の技術とインフラ支援を望む国々も存在する。
第20章 安全な場所など存在しない
トルコ国内のウイグル人も、もはや安全ではない。生活をなんとか立て直したメイセムは、新たな夢を抱く。米国で博士号を取得し、学者として生きていくのだ。
エピローグ パノプティコンを止めろ
AIはすでにあらゆる場所に存在し、充分な規制と理解のないまま人々を監視したり誘導したりしている。「撤退」「中止」を発表する巨大テクノロジー企業が現われはじめた。
謝辞

書誌情報

読み仮名 エーアイカンゴクウイグル
装幀 (C)Sino Images/カバー写真、Getty Images/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 336ページ
ISBN 978-4-10-507261-2
C-CODE 0036
ジャンル 外交・国際関係
定価 2,420円

書評

大陸最深部で繰り広げられる悲劇の実態をつかむ

安田峰俊

 2021年末、私は中国の駐大阪総領事の動向を50日近くにわたり追いかけた。この人物はツイッター上で人権団体アムネスティを「害虫」と呼んではばからないなど、過激な言動で知られる。もちろん、彼いわくウイグル問題は「アメリカなどによる卑劣なでっち上げ」だ。私は総領事館内で本人にインタビューした後、あたかも親中派の記者のように振る舞って、彼と館員たちの行動を追跡した。
 結果は驚くべきものだった。周囲の証言や彼らの言動から判断する限り、中国駐大阪総領事館は、私の素性をろくに調べずに館内に立ち入らせ、取材を受けた可能性が高かった(なお、私は2014年に新疆ウイグル自治区の現地取材で一日に4回拘束されたり、2021年に習近平ファミリーの個人情報を暴露したハッカー集団のインタビューをおこなったりと、中国当局に都合のいい仕事はめったにしないライターで、天安門事件に関する著書が代表作だ)。
 さらに、中国の総領事館員たちのプライベートなSNSアカウントや連絡先も複数特定できた。ある若手外交官は、フェイスブックのアカウントに「鍵」(関係者のみに公開する機能)を掛けず実名で利用しており、本人の友人関係に加えて、婚約者の顔と名前と学歴、さらにプロポーズの日時まで不特定多数に丸わかりだった。また別の幹部外交官も、子どもの顔と年齢、さらに両親の顔まですべて筒抜けだった――。
 こうした話を意外に感じるか、言わずもがなと思うか。その人の中国理解が試されるだろう。
 近年、中国について「サイバー監視国家」というイメージが西側社会で定着した。従来のちょっと間抜けでキッチュな中国像は薄れ、冷戦期のソ連さながらの不気味で非人間的なハイテク独裁帝国のイメージが急速に強まった。
 もちろん、私も現代中国のそうした面は否定しない。ただ、中国社会を把握する上で忘れてはならないのが「雷声大、雨点小」(雷音ばかりで雨は少ない)、すなわち掛け声ばかりの見掛け倒しの物事の多さだ。いわゆる“カタログスペック”の強大さと、運用の実態や人員の規律レベルが大きく乖離している事例は、日清戦争前に東アジア最強の海軍力を誇りながら日本海軍に破れた清の北洋艦隊の故事を引くまでもなく、中国では往々にしてみられる。
 事実、たとえば数年前に「善き国民」を選別する中国のディストピア的国民管理システムとして日本でも話題になった社会信用スコア制度は、行政の現場ではあまり有効に機能していない。中国がコロナ封じに比較的成功した理由も、日本でしばしば語られるデジタル独裁体制や「ドローンで消毒液を散布」といった最新技術ゆえではなく、実際は地域の社区(町内会)レベルの党関連組織による草の根活動の影響が大きい(高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実:デジタル監視は14億人を統制できるか』参照)。中国外交官たちの情報セキュリティ意識が、本邦と比較しても相当な“ザル”であることも、すでに書いた通りだ。
 本書『AI監獄ウイグル』が描くように、中国においてウイグル族らの少数民族を対象とした深刻な人権抑圧が存在すること、サイバー技術の普及で監視社会化が大幅に進んだこと自体は事実だ。その両者が複合し、被抑圧者にいっそう過酷な状況が生じたのも確かである。ただ、事態の実際の程度や規模がいかほどか。監視システムがどこまで堅牢で、外からのイメージほど先進的かつシステマティックなのかは、管見では慎重に検討するべき余地がまだ多く残ると思える(もちろん、私がこう考えるのは「中国への配慮」が理由ではなく、リスクの性質と規模はより正確に見積もられるべきだと思うからだ)。
 近年の中国の真の危うさとは、当事者側は必ずしも「民族絶滅」や徹底した国民監視体制の実現について確信犯的な意識を持っているとは限らず、むしろ体制維持のための国内世論向けのアピールや、個々の官僚が保身や出世のために取っているだけの行動が(新疆における強制収容所の設置にもそうした面がある)、自国の急速な強大化や中国共産党特有の秘密主義のせいで他国から本来の意図以上に深読みされ、疑惑と警戒を招いている点にこそありはしないか。そこに、往年のジャパン・バッシングの構図とも通じる、欧米ジャーナリズムの東アジアに対する文化的理解の弱さとオリエンタリズムが加われば、おどろおどろしい「サイバー監視国家」中国の姿は容易に立ち現れる。もちろん、そうした描き方も事実の一面を反映してはいるが、私はその一歩先を知りたい。
 本書は、近年の欧米社会における中国の描かれ方のステレオタイプなセオリーを踏まえた上で、新疆の人権弾圧問題とサイバー監視社会の恐怖を描く。普通の聡明な若い女性がAIによって「目をつけられる」。登場するメイセムら、ウイグルの人々へのインタビューは貴重だろう。
 コロナ禍で海外渡航が大幅に制限されるなか、中国大陸の最深部で繰り広げられる悲劇の実態をつかむことは容易ではない。その問題の度合について、またそもそもの理由について、先入観や情緒的な高ぶりを排して論じることがいかに大変か。本書は視点のひとつを提供する一冊だ。

(やすだ・みねとし ルポライター)

波 2022年2月号より
単行本刊行時掲載

悪魔の技術が実現させた恐るべきディストピア

池上彰

新疆全体に出現した“デジタルの牢獄”の実態と米中テック企業の暗躍を圧倒的なスケールで描き出した本格ノンフィクションがついに発売。賞賛、驚愕の声、続々!

 2021年末、私は中国の駐大阪総領事の動向を50日近くにわたり追いかけた。この人物はツイッター上で人権団体アムネスティを「害虫」と呼んではばからないなど、過激な言動で知られる。もちろん、彼いわくウイグル問題は「アメリカなどによる卑劣なでっち上げ」だ。私は総領事館内で本人にインタビューした後、あたかも親中派の記者のように振る舞って、彼と館員たちの行動を追跡した。
 結果は驚くべきものだった。周囲の証言や彼らの言動から判断する限り、中国駐大阪総領事館は、私の素性をろくに調べずに館内に立ち入らせ、取材を受けた可能性が高かった(なお、私は2014年に新疆ウイグル自治区の現地取材で一日に4回拘束されたり、2021年に習近平ファミリーの個人情報を暴露したハッカー集団のインタビューをおこなったりと、中国当局に都合のいい仕事はめったにしないライターで、天安門事件に関する著書が代表作だ)。
 さらに、中国の総領事館員たちのプライベートなSNSアカウントや連絡先も複数特定できた。ある若手外交官は、フェイスブックのアカウントに「鍵」(関係者のみに公開する機能)を掛けず実名で利用しており、本人の友人関係に加えて、婚約者の顔と名前と学歴、さらにプロポーズの日時まで不特定多数に丸わかりだった。また別の幹部外交官も、子どもの顔と年齢、さらに両親の顔まですべて筒抜けだった――。
 こうした話を意外に感じるか、言わずもがなと思うか。その人の中国理解が試されるだろう。
 近年、中国について「サイバー監視国家」というイメージが西側社会で定着した。従来のちょっと間抜けでキッチュな中国像は薄れ、冷戦期のソ連さながらの不気味で非人間的なハイテク独裁帝国のイメージが急速に強まった。
 もちろん、私も現代中国のそうした面は否定しない。ただ、中国社会を把握する上で忘れてはならないのが「雷声大、雨点小」(雷音ばかりで雨は少ない)、すなわち掛け声ばかりの見掛け倒しの物事の多さだ。いわゆる“カタログスペック”の強大さと、運用の実態や人員の規律レベルが大きく乖離している事例は、日清戦争前に東アジア最強の海軍力を誇りながら日本海軍に破れた清の北洋艦隊の故事を引くまでもなく、中国では往々にしてみられる。
 事実、たとえば数年前に「善き国民」を選別する中国のディストピア的国民管理システムとして日本でも話題になった社会信用スコア制度は、行政の現場ではあまり有効に機能していない。中国がコロナ封じに比較的成功した理由も、日本でしばしば語られるデジタル独裁体制や「ドローンで消毒液を散布」といった最新技術ゆえではなく、実際は地域の社区(町内会)レベルの党関連組織による草の根活動の影響が大きい(高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実:デジタル監視は14億人を統制できるか』参照)。中国外交官たちの情報セキュリティ意識が、本邦と比較しても相当な“ザル”であることも、すでに書いた通りだ。
 本書『AI監獄ウイグル』が描くように、中国においてウイグル族らの少数民族を対象とした深刻な人権抑圧が存在すること、サイバー技術の普及で監視社会化が大幅に進んだこと自体は事実だ。その両者が複合し、被抑圧者にいっそう過酷な状況が生じたのも確かである。ただ、事態の実際の程度や規模がいかほどか。監視システムがどこまで堅牢で、外からのイメージほど先進的かつシステマティックなのかは、管見では慎重に検討するべき余地がまだ多く残ると思える(もちろん、私がこう考えるのは「中国への配慮」が理由ではなく、リスクの性質と規模はより正確に見積もられるべきだと思うからだ)。
 近年の中国の真の危うさとは、当事者側は必ずしも「民族絶滅」や徹底した国民監視体制の実現について確信犯的な意識を持っているとは限らず、むしろ体制維持のための国内世論向けのアピールや、個々の官僚が保身や出世のために取っているだけの行動が(新疆における強制収容所の設置にもそうした面がある)、自国の急速な強大化や中国共産党特有の秘密主義のせいで他国から本来の意図以上に深読みされ、疑惑と警戒を招いている点にこそありはしないか。そこに、往年のジャパン・バッシングの構図とも通じる、欧米ジャーナリズムの東アジアに対する文化的理解の弱さとオリエンタリズムが加われば、おどろおどろしい「サイバー監視国家」中国の姿は容易に立ち現れる。もちろん、そうした描き方も事実の一面を反映してはいるが、私はその一歩先を知りたい。
 本書は、近年の欧米社会における中国の描かれ方のステレオタイプなセオリーを踏まえた上で、新疆の人権弾圧問題とサイバー監視社会の恐怖を描く。普通の聡明な若い女性がAIによって「目をつけられる」。登場するメイセムら、ウイグルの人々へのインタビューは貴重だろう。
 コロナ禍で海外渡航が大幅に制限されるなか、中国大陸の最深部で繰り広げられる悲劇の実態をつかむことは容易ではない。その問題の度合について、またそもそもの理由について、先入観や情緒的な高ぶりを排して論じることがいかに大変か。本書は視点のひとつを提供する一冊だ。

(やすだ・みねとし ルポライター)

波 2022年2月号より
単行本刊行時掲載

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著者プロフィール

アメリカ人の調査報道ジャーナリスト/テックライター。アジアと中東地域を取材し、エコノミスト誌、タイム誌、ウォール・ストリート・ジャーナル紙など多数の雑誌・新聞に寄稿。2020年発表のデビュー作SAMSUNG RISING:The Inside Story of the South Korean Giant That Set Out to Beat Apple and Conquer Tech(『サムスンの台頭』[未訳])はフィナンシャル・タイムズ紙とマッキンゼー社が主催するビジネス本大賞候補に選ばれた。

X (外部リンク)

濱野大道

ハマノ・ヒロミチ

翻訳家。ロンドン大学・東洋アフリカ学院(SOAS)卒業、同大学院修了。訳書にレビッキー&ジブラット『民主主義の死に方』、ホールズ『異常殺人』、ロイド・パリー『黒い迷宮』『津波の霊たち』、グラッドウェル『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』などがある。

判型違い(文庫)

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