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イントゥ・ザ・プラネット―ありえないほど美しく、とてつもなく恐ろしい水中洞窟への旅―

ジル・ハイナース/著 、村井理子/訳

2,420円(税込)

発売日:2022/01/14

  • 書籍
  • 電子書籍あり

人類未踏の「暗闇の絶景」への冒険をつづった傑作ノンフィクション!

南極の氷山の下、ユカタン半島のシンクホール、ケイマン諸島の小さな泥沼――そこに広がっているのは、酸素も光も届かず、人間の侵入を拒む空間、水中洞窟だ。地球内部に広がる水脈を辿ると見えてくる驚くべき世界とは……。死と隣り合わせの危険な冒険の数々を、女性洞窟ダイバーの先駆者である著者がスリリングに描く!

目次
プロローグ 2001年
はじまり 1967–1990年
サバイバー 1986年
魅力的な女性 1988年
洞窟の国 1993年
最も深くまでの冒険 1995年
世界最長の洞窟を切り開く 1995年
目的 1996–1999年
ザ・ピット 2000年
アイスアイランド 2001年
帰りを待つこと 2003年
7R遺伝子 2006年
瓶の蓋 2011年
親愛なる友 2012年
ほんの少しの魔法 2013年
次のフロンティア 2017年
エピローグ 2018年
謝辞
訳者あとがき

書誌情報

読み仮名 イントゥザプラネットアリエナイホドウツクシクトテツモナクオソロシイスイチュウドウクツヘノタビ
装幀 (C)JILL HEINERTH/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-507251-3
C-CODE 0026
ジャンル ノンフィクション
定価 2,420円
電子書籍 価格 2,420円
電子書籍 配信開始日 2022/01/14

書評

対立するスパイラルが生む圧倒的な探検ノンフィクション

高野秀行

「ありえないほど美しく、とてつもなく恐ろしい」という副題どおりの本である。どのページを開いても二つの相反する要素が、まるでDNAの二重螺旋のように緊張感のある強靱な物語を形成している。
 最初の二重螺旋は「洞窟」と「水中」だ。私は大学探検部時代にケイビング(洞窟探検)をやっていたので、普通の人よりは洞窟に詳しい。洞窟は真っ暗闇であり、無数の通路が枝分かれしているから、道に迷いやすいし、仲間とはぐれることもよくある。また、極狭の通路に頭から突っ込んだものの体がひっかかって動けなくなることもしょっちゅうだ。視界がきかずぬるぬるした場所が多いので、滑落して怪我をすることもある。そういうトラブルが起きたとき、ケイビングでは「時間をとって落ち着いて対処する」ことが常識とされている。洞窟は天候が悪化することもなく、気温は一定で寒すぎることもない。洞窟最大の長所は「時間に追われないこと」なのだ。
 ところが、「水中」となれば、時間との勝負になる。帰り道を見失ったり、体がひっかかったりしている間にもボンベの酸素がどんどん失われていくのだ。つまり、ケイビングとダイビングは相容れない行為であり、それを同時に行う洞窟ダイビングは、ほとんどマラソンで全力疾走しろとか夜中に川下りをしろという無茶に近い。
 洞窟ダイビングでさらに恐ろしいのは深く潜水すること。百メートル以上も潜るときがあるというから驚きだ。深く潜れば、水面に戻るとき、減圧症(潜水病)を避けるため、ゆっくりと浮上しなければならない。酸素が足りなくなったり低体温症になったりしたとき、一刻も早く浮上したいのだが、それができない。この両方とも致命的な負のスパイラルは恐ろしすぎる。
 実際、洞窟ダイバーの死亡者は驚くほど多い。これまで海底洞窟を探検して命を落とした人はエベレストで命を落とした人数を上回るという。先鋭的登山家より洞窟ダイバーの方がおそらく死亡率は高いだろう。世界一危険なスポーツと言っても過言ではない。
 次の相反する二重螺旋は――私には意外だったが――野外における強靱な肉体及び精神力と、最先端のハイテク機器の二刀流。水中洞窟は多様性に富んでいる。ジャングルのど真ん中に洞窟があるときは、重い装備を背負って森を歩き、猛烈な暑さや蚊、サソリ、毒ヘビなどに脅かされる。カナダのような寒い海では死ぬほど体が冷える。オールラウンドの冒険家としての体力と気力が要求されるのだ。
 その一方で、長く深く潜るためには、リブリーザーという複雑な生命維持装置を筆頭に多数のハイテク機材を駆使する必要があるという。ご存じの通り、精密な電子機器はちょっとした故障や不具合をよく起こす。操作が複雑なので、ダイバーも勘違いや表示の読み取りミスをしやすい。そして、それらの不具合やちょっとしたミスは「死」に直結する。この辺り、洞窟ダイバーたちはまるで予算と環境が劣悪な中で活動する宇宙飛行士のように見える。
 しかし、本書で最大の二重螺旋は著者であるジルの人生と探検のぶつかり合いだろう。ジルはカリスマ性がある人ではなく、むしろ「生きづらい人」だった。子どもの頃は女の子たちのカジュアルな会話が苦手でずっと苛められていたというし、命がけの探検を重ねてようやく一流の探検家の仲間入りをしたと思えば、今度はマッチョな洞窟ダイバー社会から激しく嫉妬される。著名ダイバーである夫のオマケのように扱われるばかりか、夫本人からも快く思われなくなる。探検を頑張れば愛情を失う。未知の世界への飽くなき探求とままならない人生が、常に彼女の中でせめぎ合っているのだ。
 これらいくつもの対立するスパイラルが寄り集まり、津波のように読者を圧倒するのは、南極で氷山の水中洞窟を探査する場面だろう。むちゃくちゃ荒れた海、極度に冷たい水、次々と崩壊する氷山、消える脱出口……。いや、この冒険行ほど読んでいて背筋が凍るものは珍しい。ここだけでも読む価値がある。
 一体なぜ、ジルはここまでして危険な探検をくり返すのか? それは水中洞窟そのものが美しいからではないと思う。人間が命がけで誰も見たことのない場所にたどりついたとき、その未知の世界が美しく感じられるのではないか。水中洞窟がありえないほど美しいのは、そこがとてつもなく恐ろしいからではないか。二律背反的なスパイラルに彩られた本書を読むと、そう思えてならないのである。

(たかの・ひでゆき ノンフィクション作家)
波 2022年2月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

ジル・ハイナース

Heinerth,Jill

洞窟探検家、水中探検家、作家、写真家、映画監督として活躍。ナショナルジオグラフィック・チャンネル、BBCなどのテレビシリーズにも出演すると同時に、ジェームズ・キャメロン監督などの映画の技術指導も務める。フロリダとカナダを行き来しながら活動している。

村井理子

ムライ・リコ

翻訳家、エッセイスト。訳書にフリン『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『サカナ・レッスン』、トウェイツ『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』、ハイナース『イントゥ・ザ・プラネット』など、著書に『兄の終い』『村井さんちの生活』『全員悪人』『ハリー、大きな幸せ』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『いらねえけどありがとう』『家族』『本を読んだら散歩に行こう』『実母と義母』『はやく一人になりたい!』『ふたご母戦記』がある。

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