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民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―

スティーブン・レビツキー/著 、ダニエル・ジブラット/著 、濱野大道/訳

2,750円(税込)

発売日:2018/09/27

  • 書籍
  • 電子書籍あり

司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える――。日本にも忍び寄る危機。

世界中を混乱させるアメリカのトランプ大統領を誕生させ、各国でポピュリスト政党を台頭させるものとは一体何なのか。欧州と南米の民主主義の崩壊を20年以上研究する米ハーバード大の権威が、世界で静かに進む「合法的な独裁化」の実態を暴き、我々が直面する危機を抉り出す。全米ベストセラー待望の邦訳。

目次
民主主義制度が民主主義を殺す 解説・池上彰
はじめに
第1章 致命的な同盟
第2章 アメリカの民主主義を護る門番
第3章 共和党による規範の放棄
第4章 民主主義を破壊する
第5章 民主主義のガードレール
第6章 アメリカ政治の不文律
第7章 崩れていく民主主義
第8章 トランプの一年目――独裁者の成績表
第9章 民主主義を護る
謝辞
原注

書誌情報

読み仮名 ミンシュシュギノシニカタニキョクカスルセイジガマネクドクサイヘノミチ
装幀 石間淳/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-507061-8
C-CODE 0031
ジャンル 政治
定価 2,750円
電子書籍 価格 2,750円
電子書籍 配信開始日 2018/10/12

書評

民主主義を守る「柔らかいガードレール」

石戸諭

 この本の最も重要なポイントは民主的な政治システムを成立させている「精神論」の考察にある。
 独裁者――もしくは独裁者的な気質をもつ指導者――が民主的な手続きを経て誕生する。彼らは異論を唱える政敵やメディアを公然と批判して二極化を促し、ライバルはすべて敵として扱い、「寛容」は悪しき慣習として排除し、毅然と決断するリーダーとして振る舞う――。ハーバード大で教鞭をとる筆者たちが、トランプ政権を念頭に民主主義の歴史を振り返る議論そのものは極めてオーソドックスで、これといった目新しさはない。
 凡百の民主主義のジレンマ論と本書が一線を画すのは、民主主義を成立させている精神=規範に着目したところだ。精神論という言葉を聞いたとき、思わず冷ややかな反応をしてしまう人も多いのではないだろうか。データ分析の時代においてデータに現れず、明確な基準がないふわっとしたものだからだ。「古くさい」「気持ちで解決ですか」といった反応は容易に想像できる。
 精神論に対する冷笑がなにをもたらすか。本書の例えから考えてみよう。筆者たちは民主主義を「永遠にプレーしつづけるべきスポーツの試合」と呼ぶ。どんなチームであってもルール以前に守るべきものはある。ルールに書いていないからといって、目先の勝利のために相手チームのエースを傷つけて退場させたり、敵意を抱かせるような反則を繰り返したりすることはしない。仮にそんなことがあれば、相手は対戦を拒み、スポーツそのものが成立しなくなるからだ。
 つまり、スポーツの世界を支えているのは、明文化されていないお互いに守るべきルールを守り、「ライバル」ではあるが「敵」ではないと敬意を払いあう精神である。では、民主主義にとって大事にすべき精神とは何か。
 彼らは「相互的寛容」と「組織的自制心」という2つの言葉にまとめている。相互的寛容とは、まさに意見が対立する相手を「敵」とみなさない姿勢のことだ。意見が違うだけで「国家の敵」だとか「常軌を逸した人間」だと言ってはいけない。「政治家みんなが一丸となって意見の不一致を認めようとする意欲」、それこそが寛容である。
 組織的自制心とは「法律の文言には違反しないものの、明らかにその精神に反する行為を避けようとすること」だ。合法であることは何をやってもいいということを意味しない。ルールに反していないからといって時間をかけるべき議論を打ち切り、選挙で得た数の力を背景にした強硬な手段を乱発させてはいけないと彼らは主張する。
 筆者たちは寛容と自制心こそがアメリカの民主主義を守ってきた「柔らかいガードレール」なのだと繰り返し述べる。彼らのトランプ政権に対する評価は、多くの言葉を必要としなくとも明らかだろう。トランプ大統領はガードレールを破壊し、独裁への道を歩んでいると警鐘を鳴らす。
 さて、私たちはこの本を日本で読む。当然ながら現在の安倍政権を念頭に置いて読む必要がある。以前、ある野党の政治家は敬意と羨望を込めて「昔の自民党の政治家から学ぶことは多い」と語っていた。自民党には組織を運営するために異論を認めあい、議論と納得を優先させ「総裁選を競う相手を倒すまで殴らずにまとめる大人の知恵」があったという。
 ノスタルジーによる多少の美化があったとしても、かつての自民党には日本型寛容と自制心と呼べるものがあったのだろう。少なくとも「今」よりは。本書を読むと、民主主義が一夜にしていきなり壊れるわけではないという当たり前の現実に気づかされる。崩壊は前兆を伴って、少しずつ進み、気がついた時には「戻れない地点」を超えている。
 安倍政権の内部からは、特定のメディアや政敵に対する批判が声高に叫ばれ、意見が違う相手との議論よりも数の力で押し切ることを正当化する主張がでている。これが日本型民主主義の現在地である。本を閉じて、こう問うてみたい。今の日本に「柔らかいガードレール」はあるのか、と。

(いしど・さとる 記者・ノンフィクションライター)
波 2018年10月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

米ハーバード大学教授。ラテンアメリカと世界の発展途上国を研究対象とし、著書に“Competitive Authoritarianism”(共著)などがある。ニューヨークタイムズ紙やウェブメディアVoxなどへの寄稿多数。

米ハーバード大学教授。19世紀から現在までのヨーロッパを研究し、著書に“Conservative Parties and the Birth of Democracy”などがある。ニューヨークタイムズ紙やウェブメディアVoxなどへの寄稿多数。

濱野大道

ハマノ・ヒロミチ

翻訳家。ロンドン大学・東洋アフリカ学院(SOAS)卒業、同大学院修了。訳書にレビッキー&ジブラット『民主主義の死に方』、ホールズ『異常殺人』、ロイド・パリー『黒い迷宮』『津波の霊たち』、グラッドウェル『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』などがある。

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