ホーム > 書籍詳細:ナボコフ・コレクション ロリータ 魅惑者

読み直すたびに新たな発見がある20世紀文学に聳える最高傑作の完全版。

ナボコフ・コレクション ロリータ 魅惑者

ウラジーミル・ナボコフ/著 、若島正/訳 、後藤篤/訳

5,830円(税込)

本の仕様

発売日:2019/10/30

読み仮名 ナボコフコレクションロリータミワクシャ
シリーズ名 全集・著作集
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 558ページ
ISBN 978-4-10-505610-0
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品
定価 5,830円

少女への倒錯した愛を描く恋愛小説であり、壮大なロード・ノベルであり、ポストモダン小説の先駆でもある。数々の謎を孕み多様な読み解きを可能とするナボコフの代表作「ロリータ」。ロシア語版との異同の注釈を付したその増補版に、少女愛モチーフの原型となった中編「魅惑者」を併録。ナボコフ・コレクション全5巻完結!

著者プロフィール

ウラジーミル・ナボコフ Nabokov,Vladimir

(1899-1977)1899年、サンクト・ペテルブルグで貴族の家に生まれる。1919年、ロシア革命により家族で西欧に亡命。ケンブリッジ大学卒業後、ベルリン、パリと移り住み、主にロシア語で執筆活動を続ける。1940年、アメリカに移住。ハーバード、コーネル大学などで教育、研究に携わる傍ら、英語でも創作活動を本格的に始める。1955年に英語で発表された『ロリータ』が大センセーションを巻き起こし、教師の職を辞す。1962年、スイスのモントルーに居を定め、1977年、78歳で死去。

若島正 ワカシマ・タダシ

1952年京都生まれ。京都大学名誉教授。翻訳者、詰将棋、チェス・プロブレム作家。『乱視読者の帰還』(みすず書房)で本格ミステリ大賞、『乱視読者の英米短篇講義』(研究社)で読売文学賞を受賞。主な訳書にナボコフ『ディフェンス』(河出書房新社)、『透明な対象』(国書刊行会、共訳)、『記憶よ、語れ 自伝再訪』(作品社)、『新訳版 アーダ』(早川書房)など。

後藤篤 ゴトウ・アツシ

1985年京都生まれ。神戸市外国語大学ロシア学科卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位修得退学。専門は現代アメリカ文学。京都府立大学文学部講師。著書に『アメリカ文学における幸福の追求とその行方』(金星堂、共著)、『読者ネットワークの拡大と文学環境の変化』(音羽書房鶴見書店、共著)など。ナボコフ『見てごらん道化師(ハーレクイン)を!』(作品社)の訳注を担当。

書評

プロデュースと鉱物的輝き

西崎憲

 本書は全五巻の叢書「ナボコフ・コレクション」の最終巻である。このシリーズのブックデザインは秀逸であり、その美しさに各所で感嘆の声があがっている。『ロリータ 魅惑者』というタイトルでわかるように、代表作『ロリータ』と先行作品「魅惑者」が収録されていて、前者はナボコフ自身のロシア語版『ロリータ』の情報をもとに改稿が施されている。後者はロシア語からの翻訳である。
 ウラジーミル・ナボコフ。二十世紀の文学的怪物の一人である。生年は1899年であるが、この年はほかの怪物たちが誕生した年でもあって、J・L・ボルヘス、E・ヘミングウェイ、E・ボウエンが同年に呱々の声をあげている。その偶然性を思う度に評者は微かに畏怖を覚える。
『ロリータ』が出版されたのは1955年、第二次大戦が終わって十年経ち、若者たちの文化が目立ちはじめた時期、ロックンロールの台頭がはじまった年である。
 ナボコフはその頃は大学で教鞭をとっていたが、『ロリータ』はどこの出版社にも拒絶された。ナボコフ自身の言によると、ある出版社は、これを出したらわたしもあなたも刑務所行きです、と言った。はじめて刊行されたのはフランスにおいてである。アメリカでの刊行は1958年、三週間で十万部売れた。
『ロリータ』が何を扱った作品であるのか知らない者は少ないだろう。少女にたいする性愛的感情、それがこの本の主題である。ハンバート・ハンバートと仮の名前を名乗る人物が勾留中に書いているという体裁をとっていて、あるいは小児性愛ペドフィリア的作品とも言えるのだが、ハンバート・ハンバートが愛するニンフェット(造語である)ロリータは十二歳であり、のちにロリータが少女でなくとも愛するといった意味の言葉も述べているので(三八三頁)、対象がより幼いペドフィリアの語にすべて回収させることはおそらく無理だろう。
 ただ、この作品が「個人の性向・性質」そしてそこから生ずる何らかの「収奪」を描いていることは確かであり、その点で評者はサド『悪徳の栄え』、マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』そしてやや角度が違うがジョージ・バーナード・ショーの『ピグマリオン』を連想する。
 ナボコフはもちろん文学者という枠で語られることが多い。亡命という特別な経験を持ち、複数の言語に通じ、比類のない知性を具えた作者、魔術的な筆力の作者、そのようなイメージをもつ読者は多いだろう。それは間違ってはいない。そしてそのイメージにそって有益なことを語れもする。しかしここではすこし違うナボコフ像を呈示しておきたいと思う。その像とはプロデューサーとしてのナボコフというものである。
 半世紀経った現在、『ロリータ』におけるナボコフのプロデューサーとしての側面は明らかではないだろうか。ナボコフは人間の本質的な属性を抽出し、整理し、パフォーマーを創り、演技指導し、文章という場で公演を行った。
 公演なので、フィーチャリングは必須だった。熟考のすえのフィーチャリングは少女への性愛的感情、ハンバート・ハンバートという絶妙の名付け、殺人をおかして収監中の者の手記という体裁、次々と意外なことが起きるジェットコースターノベル的展開だった。先行作と言われる「魅惑者」と比較していただきたい。きわめて真面目な文学であるこちらはつまりはプロデュース前の姿なのだ。
 あるいはナボコフとプロデュースという概念を結びつけることに眉をひそめる小説愛好者もいるだろう。しかしナボコフ以前の文学的怪物シェークスピアの名をあげると納得してくれるはずだ。こちらをプロデューサーと言っても誰も怒ることはできない。実際そうだったのだから。
 文学とプロデュースは相反するものではない。シェークスピア作品はプロデュースの力によって四百年生きているし、『ロリータ』もおそらく長い生命を持つだろう。そしてふたりがアフォリズム的表現の名手であったことに言及するのは有益である。ナボコフはほんとうに短い語句の達人で、『ロリータ』のどのページを見ても、鉱物のような輝きを見せるフレーズで溢れている。
「甘く熟して腐りかけのヨーロッパ」
「ネオンサインが我が心臓より二倍ゆっくりと瞬いていた」
「思い出よ、思い出よ、私にどうしろと言うのだ?」

(にしざき・けん 作家、翻訳家、電子書籍レーベル惑星と口笛ブックス主宰)
波 2019年11月号より
単行本刊行時掲載

目次

ロリータ Л о л и т а
『ロリータ』と題する書物について
ロシア語版との異同に関する注
魅惑者 Волшебник
作品解説
ウラジーミル・ナボコフ略年譜

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