ホーム > 書籍詳細:枯葉の中の青い炎

奇跡よ起これ、どんな災いが降りかかろうとも。男は密かに南洋の呪術を使った。

  • 受賞第31回 川端康成文学賞

枯葉の中の青い炎

辻原登/著

1,540円(税込)

本の仕様

発売日:2005/01/27

読み仮名 カレハノナカノアオイホノオ
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 206ページ
ISBN 978-4-10-456302-9
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,540円

老いた名投手の悲願を叶えるため、災いが襲うことを承知で呪術を使う男の話「枯葉の中の青い炎」。一カ月だけ愛人と同棲したい、という夫の望みを聞き入れる妻が妖しい「ちょっと歪んだわたしのブローチ」。奇妙な匂いに誘われて妻の妹をレイプしてしまった男のモノローグ「水いらず」など、濃密な味わいを持つ六つの物語。

著者プロフィール

辻原登 ツジハラ・ノボル

1945(昭和20)年和歌山県生れ。1990(平成2)年「村の名前」で芥川賞、1999年『翔べ麒麟』で読売文学賞、2000年『遊動亭円木』で谷崎潤一郎賞、2005年『枯葉の中の青い炎』で川端康成文学賞、2011年『闇の奥』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。他に『許されざる者』、『韃靼の馬』、『冬の旅』、『寂しい丘で狩りをする』など著書多数。

書評

波 2005年2月号より 場所と日付のある物語  辻原登『枯葉の中の青い炎』

中沢けい

 ある日、ある時の、とある交差点とか、いつのことだか解らないけれども、ありふれた郊外の公園とか、そういった設定で書かれる現代小説や現代演劇は多い。そしてそれへの不満もよく耳にする。場所や日付があまりにも曖昧過ぎると。『枯葉の中の青い炎』はそういう不満に正面から答える短編集だ。
私たちは「戦後」という言葉を便利に使ってきた。その「戦後」も今年は六十年を迎えた。一九四五年生まれの人は今年は還暦である。いったいこの六十年間に人はどれほどおびただしい物語を生み出したことであろう。にもかかわらず「戦後」という言葉は、その便利さと引き換えに物語を終戦以前に閉じ込めてしまったかのように感じることがある。
その閉じ込められた物語が顔を覗かせたような「日付のある物語」は、昭和五十四年に大阪で起きた三菱銀行襲撃事件を題材にしている。犯人の梅川は昭和二十三年生まれ。ベビーブームの世代だ。これは実際の事件だが、ここにフィクションが絡む。あの凄惨な事件の現場になった銀行の地下金庫に、銀行爆破を企む過激派の青年が潜んでいた。この青年も梅川と同じ世代らしい。この青年は結局、事件解決の混乱に乗じて銀行を抜け出し、以後は平凡な道を歩んで事件のことは一切、口にしなかった。が、阪神大震災によって妻と息子を失った時に、妻の所持品の中から「マルテの手記」を発見し、その中に贋の王(ツアー)の話から「彼の変身の力は、もはやだれの息子でもないという点に存した」の一節を見出す。それは梅川の支配の快楽から滑り落ちて行く時に母親の呼びかけがあったことを想起させる。地下室に閉じ込められていた青年の物語は、その一節によって梅川の物語に繋がる。
ナボコフの「マドモワゼルO」で個人の家にエレベーターがあることに驚かせられることから始まる「野球王」は、エレベーターが登場する小説が並べられる。例えば、O・ヘンリーの「桃源境の短期滞在客」がある。貴顕の男女を装って、ブロードウェイの高級ホテルに宿泊する百貨店の靴下売場の売子と仕立屋の集金人の恋物語である。一八五九年に建てられた五番街ホテルが、この二人が宿泊したホテルのモデルらしい。語り手の「私」は、エレベーターのことしか言わないが、O・ヘンリーの短編はそのまま現代の東京に百年遅れで、移し替えができそうな物語だ。語り手が野球王と呼ぶ人物はそうした恋物語とは縁が遠い生き方をした小学校時代の同級生だ。どのようにエレベーターとかかわるかは作品を読んで欲しい。
野球を扱った作品では表題作である「枯葉の中の青い炎」がたいへん意外な、しかしおそろしくリアルな結末を持っている。プロ野球球団「トンボ・ユニオンズ」の投手、スタルヒンを襲った災いには、つい作りものであるところの小説だということを忘れて憤慨したくなる。しかも、どうもそれは作者の創作なのではなく実際に新聞に掲載されたスタルヒンの死亡記事らしいから、余計に腹が立つ。小説を読んでこんなに作中人物に同情するのは久しぶりなことだ。
この短編集はいずれも日付があり明確な場所がある作品で構成されているのだが、そうした物語の背景には豊富な文学作品が配置されている。配置された文学作品のエッセンスが、現実の事件や災いに絡みつき、フィクションを生み出し、そのフィクションもまた現実の一部分ではなかったかと思わせるこの短編集は文学を「終わった」などと言うばかげた評論家たちに「現実を見ろ、さあ、記憶の扉を開き、物語の宝庫に歩み入ろうではないか」と呼びかけもせずに、さっさと宝の山の中で楽しんでいる作者の姿を思わずにはいられない。よくおざなりな宣伝文句に「珠玉の短編」なんて言うのがあるが、どうして短編小説を珠玉と言うのか、そこが考え抜かれている短編集である。ほうり出されたままであれば、土くれや埃に過ぎない出来事の断片が、今も人の胸の中で燃えている文学作品の火の中に放り込まれて玉に変わるのである。珠と輝くのである。

(なかざわ・けい 作家)

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