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途方もなく霧は流れる

唯川恵/著

1,650円(税込)

発売日:2012/02/24

  • 書籍

女は素知らぬ振りをして、いつも抜かりなくすべてを整えている──。

50歳を目前に大企業からリストラされたバツイチの岳夫は、恋人にも振られ、全てを失って一人きりで軽井沢のボロ家での田舎暮らしを始めた。しかし彼の周りには、料理屋の優しい女将とその娘、艶やかな人妻、知的な獣医などなぜか女性が現れて……。思いがけなく展開する人生に立ち向かう男と女たち。大人のための長篇小説。

目次
第一章 流れゆく
第二章 惑いゆく
第三章 移りゆく
第四章 辿りゆく

書誌情報

読み仮名 トホウモナクキリハナガレル
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-446905-5
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,650円

インタビュー/対談/エッセイ

波 2012年3月号より 唯川 恵『途方もなく霧は流れる』刊行記念対談 下山に人生を重ねて

馳星周唯川恵

意外な二人のつながりは/犬と暮らす軽井沢/登山の楽しみ、つらさ

  意外な二人のつながりは

唯川 私の新刊の刊行記念対談に、なぜノワール作家の馳星周さんが相手なのかな、と読者の方は不思議に思うかもしれないけど、実は結構親しくて、さらにこの小説を読んでいただくのに、馳さんはぴったりなんですよね。
 六、七年前、飼っていた犬が不治のガンだと宣告されたので、最後の夏を軽井沢で過ごさせようと、在住の作家である唯川さんに連絡したんですよね。
唯川 私は当時セントバーナードを飼っていた。
 犬は秋には死んじゃったんですけど、もう一頭も身体が楽そうなんで、思い切って軽井沢に土地を探したら、たまたま唯川さん家のすぐ近くで。
唯川 完全移住してもう五年くらいだよね、うちは今年で十年目に入るのよ。
 軽井沢で飲み食いするところを開発して行くと、結構な確率で会いますよね。店が少ないのもあるけれど、「えっ、また?」「私たちここ常連だから」「それはおみそれしました」みたいな(笑)。
唯川 何しろうちは外食が多いんで、それでよく会うようになって。
 それから唯川さん夫妻にならって、うちも登山をするようになって、近所の離山にはしょっちゅう一緒に登る仲間になったんですよね。
唯川 『不夜城』の新宿から、想像もしなかった生活に変わったよね(笑)。

  犬と暮らす軽井沢

 この小説の主人公は四十九歳で東京を引き払って軽井沢の古い別荘に移住するんだけれど、俺の歳も近いし、移住者だし、面白かったです。クライマックスの場面を読んでいたら、泣きそうになっちゃって苦しかった。
唯川 小説ではロクという大型犬を登場させたんだけど、やっぱり馳さんも……。
 自分の経験に重なりますしね。唯川さんずるいぞ、と思って読んだんですよ。
唯川 十年一緒に暮らした犬のことはいつか小説に書きたいなと。それに、やはり軽井沢に犬はつきものだし。
 唯川さんの犬はこの小説の連載が始まる少し前に亡くなったんですよね。実際に最後は片時も離れず介護をして。
唯川 そう。そして馳さんもだよね。
 移住のきっかけになった犬は、最後の方は自分で立てなくなったので、ね。
唯川 台車に載せて散歩させてあげているのを見て、この外見からは想像できない、本当はいい奴じゃん、と思ったのよ。
 気候に戸惑ったり、生活リズムが変わったり、自分で家を直したり、そういう初めて軽井沢に住み始めた人間の行動が、自分とかなり重なって、導入部から小説に没頭しました。特に都会から移住してきた人たちは、本当にあるある、って思うんじゃないですかね。
唯川 たとえば夕食の時間は東京では夜七時、八時が当たり前だったのが、今では五時頃からになっている。馳さんも最初は「何でこんな早く食べ始めるの」とか言っていたのに、二年目くらいからはもう五時に食べてるし。
 「こんなのじじばばの生活じゃねえか」とか言ってたんだけど、自分たちもすぐにじじばばの生活に入ったね。主人公も同じこと言ってたけど、田舎では朝が一番気持ちがいいんで、早起きしないともったいない。自然と夜も早くなる。それに古い家をリフォームするとあって、確かに防寒対策なしで住めないもんなとか、リアリティを持って読みました。
唯川 おこがましいけど、軽井沢に素敵なイメージだけ持ってきた人に教えたいことがいろいろあって。
 確かにいいことだけじゃないですから。例えば明日の軽井沢はマイナス15度になるわけだけど、夏が30度だと一年間の気温差が45度あるわけで、これは結構きついよ。それに本のタイトルにも入ってるけれど、季節を問わず深い霧が出るから、車に乗っている時は怖い。
唯川 私には初めての軽井沢の霧がすごく強烈だったのよ。
 ちょっと先も見えないような霧の中で動物に遭遇すると驚くよね。
唯川 ニホンカモシカはよく遭遇するけど、結構近いところまで来て、人間をじっと見るのよね。
 この間は家の窓の下まで猪が来ていたらしいんだよ。猿も出没するしね。
唯川 イメージよりずっと大変な暮らしではあるんだよね。
 新幹線で東京に通えるから、一時期ブームみたいなのがあったところに、去年の3・11でまた移住者が増えたね。
唯川 まあ夏はもともと別荘地、避暑地だから仕方がないけど、やはり家を建てるとなると、森の伐採の問題が大きい。
 小説中でも薪職人の國じいという人物に語らせていますね。
唯川 昔は森林組合とか木こりみたいな人たちが森に手を入れていたのが、後継者がいなくなったりして、里山が荒廃してきた。でもやはり本当は森には手を入れなくちゃいけないんですよね。
 ちょっと山の方へ入っていくと「薪あります」と看板が出ていて、薪職人の人たちが間伐材を薪にしてくれている。
唯川 でも町の大きさとか森の広さとかバランスが必要だね。自分も移住者だからこそ、これ以上人が増えたら軽井沢はどうなるのか考えなければと思ってる。
 だけどこれを読んで、岳夫みたいに男一人で移住したら、素敵な女将のいる「しののめ」みたいな小料理屋とかで次々に女性との出会いがあると思って、また人が増えちゃうかな。
唯川 それは小説だから(笑)。

  登山の楽しみ、つらさ

 軽井沢に来たときからずっと登山に誘われてたんだけど、全く乗り気じゃなかった。それでも犬を撮りたくて写真を始めたら、やっぱり目の前の綺麗な山も撮りたくなる。下から撮っていると今度は上からの景色も見たくなる。そしていつの間にか、唯川さんのダンナさんを師匠に、俺たちも山に登るようになって。
唯川 山に登っている馳さんは、小説家と言うより写真家・馳星周だよね。常に重いカメラを担いで。それで、今月この単行本と同時に刊行される新潮文庫の『一瞬でいい』という作品のカバー装幀に、馳さんの撮った浅間山の写真を使わせてもらいたいと思ったのよ。
 『一瞬でいい』のカバーはいつも一緒に登っている浅間山を下から撮った写真です。この小説も軽井沢が舞台ですね。
唯川 二〇〇六年に新聞連載した小説の文庫化だけど、あの頃よりさらに山に惹かれるようになってきた感じがする。山に登るって、意外と想像力が必要だと思わない? 落石があるかもとか、突風が吹くかもとか、常に想像力が必要なんだと、山に登って初めてわかった。馳さんは山が小説に影響していると思う?
 登山に限らず、移住したことで自分の小説の中で自然描写を大切にするようになったという自覚があります。東京にいるときに月のことなんて考えもしなかった。だけどこっちにいると、例えば満月の夜ってすごい明るいんだよね。
唯川 毎日自然に驚かされるから敏感になるよね。昨日まで枯れ木みたいだった枝から芽が出てきてるとか。
 今までそんなの全然見て来なかった。例えば雪は時間ごとに色が違う。本当に寒い朝ってうっすらと青いとかね。
唯川 そう、青いね。あれ見ると、もっと寒くなる。
 唯川さんは、何がきっかけで登山を始めたんですか。
唯川 私はまず運動不足解消のため。そして軽井沢に来て思いがけない土地の様子とか気候とかを知って、山へ行けばもっとすごいものが見られるだろうと思った。行かなければ何も見られないっていうのも、山に登って初めてわかったかな。
 長野という土地がやはり特別ですよね。北アルプスがあり、浅間山、八ヶ岳があり、どこにいても山々が見える。
唯川 一つ登ると今度はあの山に行きたいなっていう、わくわく感が起きる。でも私はわくわくするまでに長年かかったのよ。本当にしんどいとずっと思ってた。
 何でこんなことしてるのかって。
唯川 常に葛藤はあるよね。昔の自分だったら、しんどかったらもうやめていた。でも今は山に行けば、何かがもらえるんだなというのがわかったから。
 でも浅間山登山で、浅間山荘から火山館までの道は要らないよ、結構きついし、一時間半も余計に歩かなきゃいけないといつも思うんです。
唯川 以前の馳さんは「あそこまでロープウェイがあればいいのに」って言ってたけど、今は言わないよね。
 いや、心の中では思っているよ。
唯川 火山館までいっぱい人が来たら、それはそれで嫌でしょう?
 それは嫌だけどさ。俺は下りが嫌なんですよ。早く帰りたいのに。登山の最低の部分は、下りがあること。
唯川 いや、私も年を取ったせいもあるかもしれないけど、下りも面白いって思うようになったよ。
 それは体が出来てきたからじゃないですか?
唯川 それもちょっとあるかも。でも人生も後半になり、今まで登ってきた道がようやく下りになって、自分が歩いてきた道を振りかえる感じかな。下りの方が転んだら怪我は大きいし、足だってもつれやすいし、後半の人生の方がより慎重に行かなきゃって思ったりする。
 岳夫も人生の下りに入ったところだけれど、俺はまだ下りはなくてもいい(笑)。登りは根性があれば何とかなる。下りは純粋に肉体が試されるんですね。わかっていてあえて我儘言うんだけど、「ヘリコプターで帰りたい」(笑)。
唯川 でも、百メートルを十秒で走るのは努力しても無理だけど、山を登って下るというのは、できるかもしれないもんね。もっといろんな山に行ってみたいね。
 その時はロープウェイとヘリコプターをお願いします(笑)。

(はせ・せいしゅう 作家)
(ゆいかわ・けい 作家)

著者プロフィール

唯川恵

ユイカワ・ケイ

1955(昭和30)年、金沢市生れ。銀行勤務などを経て、1984年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞。恋愛小説やエッセイで、多くの読者の共感を集めている。2002(平成14)年、『肩ごしの恋人』で直木賞、2008年、『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞を受賞。著書は『ベター・ハーフ』『燃えつきるまで』『100万回の言い訳』『とける、とろける』『天に堕ちる』『セシルのもくろみ』『雨心中』『テティスの逆鱗』『手のひらの砂漠』『逢魔』『啼かない鳥は空に溺れる』など多数。

判型違い(文庫)

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