ホーム > 書籍詳細:きれいな風貌―西村伊作伝―

桁外れの財力とセンスを活かし、大正昭和の文化を牽引した、美しく剛毅な快男児の肖像。

きれいな風貌―西村伊作伝―

黒川創/著

2,530円(税込)

本の仕様

発売日:2011/02/25

読み仮名 キレイナフウボウニシムライサクデン
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 354ページ
ISBN 978-4-10-444404-5
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 2,530円
電子書籍 価格 2,024円
電子書籍 配信開始日 2011/08/05

青年時代に大逆事件で叔父を失い、不敬罪で公判中に終戦の日を迎える――紀州生まれの文化学院創設者、西村伊作は、類まれなセンスと豊富な財力を理想の実現のために用いながら、「ああ言えば、こう言う」のつむじ曲がりな精神と、そのしなやかな思想を生涯貫いた。自由と芸術を愛した知られざる人物像を甦らせる第一級の評伝。

著者プロフィール

黒川創 クロカワ・ソウ

1961年、京都市生まれ。同志社大学文学部卒業。「思想の科学」編集委員を経て、1999年、初の小説『若冲の目』刊行。2008年刊『かもめの日』で読売文学賞、2013年刊『国境〔完全版〕』で伊藤整文学賞(評論部門)、2014年刊『京都』で毎日出版文化賞を受賞。その他の小説に『もどろき』『岩場の上から』、評論に『きれいな風貌――西村伊作伝』、鶴見俊輔・加藤典洋との共著『日米交換船』、加藤典洋との共著『考える人・鶴見俊輔』など。編著に『鶴見俊輔コレクション』全4巻、『鶴見俊輔さんの仕事』全5巻ほか。

書評

「自由」の淋しさと、すがすがしさ

中野翠

 二十代の頃、お茶の水の出版社に勤めていたことがあった。感じのいい喫茶店があちこちにあり、「喫茶店病」の私は表通りばかりではなく閑静な横道も楽しく探索していた。そんな中で文化学院をみつけ、(行ったこともないのに)パリのリセのようなたたずまいの学校だなと見とれた。
 その後しばらくして、文化学院が自由の気風にあふれた、実にユニークな学校であることを知った。西村伊作という人が、政府からの援助も受けず誰からの寄付も受けず、独自の教育課程の実現をめざして大正末期に作った学校で、その教師陣は与謝野晶子・寛、山田耕筰、戸川秋骨、有島生馬……といったそうそうたる顔ぶれ。当然、授業料は高くつき、おのずから生徒には裕福な子弟が多かったという。私の知人のお母さんは、昭和の初めの「モガ」を代表するような人だったが、やっぱり文化学院の出身者なのだった。
 黒川創さんの『きれいな風貌―西村伊作伝―』は、そんな文化学院を創設した西村伊作についての評伝であり、一代記でもある。広い視界を持ちながら、細部の彫りも深く、たぶん「決定版」と言っていいような本になっている。
 タイトルの「きれいな風貌」とはズバリ、西村伊作のことなのだ。伊作という名前はクリスチャンであった両親が旧約聖書中の「イサク」の名にちなんで命名したという(ちなみに次弟はマルコにちなんで真子、末弟はスティーブンにちなんで七分しちぶんである)。名前だけではない、容貌も日本人離れした美しさで「異人さんのよう」と言われたという。
 和歌山県の新宮で生まれ、ある事情から、その地方で名だたる山林家だった母方の家督を七歳で引き継ぐ。絵を描き、写真にも凝り、住宅設計家としても独自の世界を切り開いた。「虎皮みたいな毛皮のオーバーコート」を着て、懐中にピストルを忍ばせ、日本にまだほとんどないモーター・サイクルにまたがって東京まで出かけた青年時代。見た目ばかりではなく、やることもカッコイイのだった。
 何しろ資産家だからなあ、金持ちだからなあ、とばかり思っていたのだが、今回『きれいな風貌―西村伊作伝―』を読んで、我ながらそんな理解の浅さに恥じ入った。いやー、そんな単純な自由人ではない、一筋縄ではいかない、もっと微妙にして強靭なバランスを持った自由人なのだった。
 今回、かなりのページ数がさかれているが、伊作が父とも兄とも慕った叔父の大石誠之助は大逆事件で死刑にされてしまった人である。伊作自身、戦時中は文化学院の教育方針を守るために半年も牢獄に囚われた。両親からはキリスト教を仕込まれ、青年時代はアナーキスト人脈にも触れ、戦時中はファシズムに苦しめられた。しかし、伊作はどんな信仰にもイデオロギーにも心酔し切ることはなかった。
 黒川さんはこう書いている。「西村伊作は、『ああ言えば、こう言う』のツムジ曲がりで、飽きずに一生を通した人である」。「いわば、水に溶けきらない粒子のように、この日本という社会のなかで、伊作は生きた。彼の場合、逆風のなかだけでなく、たとえ順風が吹くときがあっても、まわりの社会や集団のなかに、『自分』が解消して終わるということがない」。「彼は、どのような大義においても、殉教を称えようとしない人だった」……。
 いそうでいない人ではないか? とりわけ最後の一言は私の胸にしみる。あらゆる意味での「殉教」を拒まずにはいられない体質というか生理というか。それは、もしかして淋しいことではないか。多くの人は、大げさに「殉教」などと意識することなく何かを信じ、「殉教」しているのだ。
 伊作は二十四歳で渡米した時、現地の人から、「お前は何者か、クリスチャンか、ナショナリストか、ソシアリストか」と問われ、I am only a freethinkerと答えたという。
「自由」の淋しさと、そしてすがすがしさを追い求めずにはいられなかった男の生涯。九人の子どもを持ちながらも、彼は最後の最後まで、自分を徹底したFreethinkerと考えていたと思う。同じ「ツムジ曲がり」でも、あやふやな私とはだいぶ違う、とまぶしく思った。


(なかの・みどり エッセイスト)
波 2011年3月号より

目次

第一章 最初の記憶
第二章 遠くの地震
第三章 王の法のもとで
第四章 時代は変わる
第五章 ちいさくて、いいもの
第六章 文化学院の教師たち
第七章 性の明るみ
第八章 狂気か、正気か
第九章 悔いなき生活
最終章 火を焚く夜
典拠とした主な資料
西村伊作年譜
あとがき
人名索引

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