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卒業

重松清/著

1,760円(税込)

発売日:2004/02/20

  • 書籍

私たちは、あと何度「卒業」のときを迎えるのだろう――家族小説の最高峰!

ある日突然、「僕」を訪ねてきた少女は、若くして自殺した親友の忘れ形見・亜弥だった。いま「僕」は四十歳。会えなかった「父親」の話を「僕」にせがむ中学二年生の亜弥の手首には、リストカットの傷跡が……。表題作ほか、悲しみを乗りこえ、再び「出発」しようとする四組の家族の物語。

書誌情報

読み仮名 ソツギョウ
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-407505-8
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,760円

書評

波 2004年3月号より “戦略的に感傷過剰”な小説  重松 清『卒業』

永江朗

 重松清の小説は、あまりにも感傷的だ。感傷的すぎる。それはもう「過剰に」といっていいくらいだ。しかも、技巧的にも並はずれてうまいから、とんでもないことになっている。感傷が感傷を突き抜けてしまい、感傷の向こうにまで到達している。もちろん重松清はそこを充分自覚してやっている。勇気あることだ。過度に感傷的であるのは、カッコ悪いことだと知りつつ、重松清は敢えてそうしている。なぜか? 過剰に感傷的にならなければ、家族だの人間の絆だのなんてことは描けない時代になっているからだ。
たとえばDV(配偶者間暴力)や児童虐待が伝えられるたびに、「結婚してなくてよかった」「子供がいなくてよかった」と思う人は少なくない。家庭を持つこと、家族が増えることが、そのまま「リスク」につながる時代だ。一方で、現実にはどこにもない「幸福な家庭」の幻想ばかり蔓延する。たとえば背の高いワンボックス型のクルマを買えば、家族の団欒がもれなくついてくる、みたいなCMだとか。その幻想の家庭像から外れたものは、ことごとく「リスク」とされてしまう。「リスク」を回避したことで得られるトクした気分。「開いててよかった」ならぬ「いなくてよかった」。へんだよこれ。だって、持っていたものを失う喪失と、最初からない無とはちがうはずなのに。こんな時代に家族を書くには、“戦略的感傷過剰”でいくしかない。
いや、もう、だからすっかり重松清の戦略にはまって、『卒業』におさめられた四つの小説を読むうち、つい涙腺がゆるんじまって。年をとると涙もろくなるって本当だなと思う。ただ、重松清の場合は、「泣かせましょう」と泣かせるのではない。読者を泣かせるために、わざと登場人物を不幸にしたり、子供や動物のけなげなシーンを描いたりすることはない。泣くのはあくまで結果であって、それは現代の家族を描くには“戦略的感傷過剰”しかあり得ないことの副作用みたいなものである。
重松清の小説が感傷的に見える理由のひとつは、生と死の扱い方がうまいからだ。誰だって誕生は感動的だし、死ぬのは悲しい。だが重松はそれを道具としてではなく、物語にとって本質的なものとして書く。本書の四篇にはいずれも死が登場する。
現在のわれわれの家庭内からは死も生も奪われている。生まれるのも死ぬのも病院だ。ならば性ぐらいは家庭内にあるかと思ったら、ラブホテルや風俗産業でアウトソーシング化したり、セックスレスというしまつ。生と死と性のない家族なんて。
四篇のなかで、私がもっとも感動したのは、『まゆみのマーチ』だ。危篤状態の母の枕元で、妹と「僕」は過去を回想する。妹は、いまならば学習障害にでも分類されるのだろう、落ち着いて静かにしていられない子供だった。いつでも歌が口から出てくる。それも、自分で作った歌が。入学式のときも、授業中も。優等生だった「僕」は、それが苦々しかった。そして、そんな妹を許容する父や母が、とてもだらしなく見えた。ある日、妹は担任の教員からマスクをつけさせられる。歌わないようにと。幼女の身体は反応し、口のまわりが真っ赤に腫れる。教員の厳しい指導は続き、やがて妹は学校に行けなくなる。
「僕」はいま妻と息子がいる。優等生だった息子は不登校になってしまう。学校に行けなくなり、苦しんでいる。かつての妹のように。亡くなろうとしている母が妹にしてやったように、「僕」は息子に何かしてあげられるだろうか。
四つの小説は、いずれも四十歳前後の男が主人公だ。不惑だなんて。孔子様の時代は迷わなかったかもしれないが、いまの四十歳は戸惑うことばかりではないか。子供を作ることはできても、父親の「なりかた」がわからない。家族の「やりかた」がわからない。でも、「幸福な家族」の幻想から外れることが、必ずしも「リスク」ではなく、不幸でもないとわかれば、またものごとの見方もかわるでしょう?

(ながえ・あきら フリーライター)

著者プロフィール

重松清

シゲマツ・キヨシ

1963(昭和38)年、岡山県生れ。出版社勤務を経て執筆活動に入る。1991(平成3)年『ビフォア・ラン』でデビュー。1999年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、同年『エイジ』で山本周五郎賞を受賞。2001年『ビタミンF』で直木賞、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。現代の家族を描くことを大きなテーマとし、話題作を次々に発表している。著書は他に、『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『きみの友だち』『カシオペアの丘で』『青い鳥』『くちぶえ番長』『せんせい。』『とんび』『ステップ』『かあちゃん』『ポニーテール』『また次の春へ』『赤ヘル1975』『一人っ子同盟』『どんまい』『木曜日の子ども』『ひこばえ』『ハレルヤ!』『おくることば』など多数。

判型違い(文庫)

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