ホーム > 書籍詳細:ゴリラの森、言葉の海

野生の思考と小説家の言葉が響き合い、ゴリラとヒトが紡ぐ物語が、鮮やかに浮かび上がる。

ゴリラの森、言葉の海

山極寿一/著 、小川洋子/著

1,620円(税込)

本の仕様

発売日:2019/04/25

読み仮名 ゴリラノモリコトバノウミ
装幀 YOSHiNOBU/カバー立体制作・撮影、菅野健児(新潮社写真部)/表紙、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 222ページ
ISBN 978-4-10-401308-1
C-CODE 0095
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 1,620円

いざ、物語のジャングルへ……野生の眼を持つ霊長類学者とヒトの心の森に分け入る小説家。ある時は京都大学の研究室で、またある時は屋久島の自然の中で、現代に生きるヒトの本性をめぐって、いきいきとした対話が続けられた。野生のゴリラを知ることは、ヒトが何者か自らを知ること――。発見に満ちた知のフィールドワークが始まる。

著者プロフィール

山極寿一 ヤマギワ・ジュイチ

1952(昭和27)年、東京都生れ。霊長類学者・人類学者。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程修了。アフリカ・ルワンダのカリソケ研究センター研究員、日本モンキーセンター、京都大学霊長類研究所、同大学院理学研究科助教授を経て同研究科教授。2014(平成26)年10月より京都大学総長。『父という余分なもの―サルに探る文明の起源―』『おはよう ちびっこゴリラ』(絵本)『暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る―』『ゴリラからの警告「人間社会、ここがおかしい」』など著書多数。

小川洋子 オガワ・ヨウコ

1962(昭和37)年、岡山県生れ。早稲田大学第一文学部卒。1988年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。1991(平成3)年「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞。2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞を受賞。『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、2013年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。『薬指の標本』『琥珀のまたたき」など多数の小説、エッセイがある。フランスなど海外での評価も高い。

目次

はじめに――小川洋子
I ゴリラとヒトが分かち合う物語
河合隼雄先生が導いた「偶然」
二十六年ぶりに蘇った記憶
ゴリラも孤独をかみしめる
ゴリラの共感能力
高い社会性を有するゴリラたち
人間のオスはなぜハゲる
ゴリラと人間の文化的相似性
人間の言葉の起源を探る
言葉によらない共感を描く
II ゴリラの背中で語り合う
家族愛に必要なもの
人間は本来多産な種
思春期から現れる男女の違い
なぜゴリラは子を殺すのか
人間の暴力性の根源
言語・死者・共感から戦争が生まれた
敗者として進化した人類
子育てからコミュニケーションへ
III ゴリラとヒトの間で遊ぶ
ゴリラの同性愛を発見
遊びと性衝動
信頼関係を作る方法
時間が作り出すもの
父親の役割
愛という不思議な心
殺しの闇とは何か
IV 屋久島の原生林へ
[一日目]
アコウの木
森に分け入る
ガジュマルの樹の下で
衣食住の「衣」を考える
森の中の道
私が小説を書くときは……
[二日目]
屋久島高地の森で
おわりに――山極寿一

インタビュー/対談/エッセイ

ゴリラのオスは、えらいよ、つらいよ。

小川洋子山極寿一坂本英房

小川洋子が霊長類学者山極寿一と語り尽くしたゴリラとヒトの物語――『ゴリラの森、言葉の海』刊行に際して、赤ちゃんゴリラ誕生で人気の京都市動物園「ゴリラのおうち〜樹林のすみか〜」を作家が訪ねた。
*本書をもとにしたTOKYO FMの番組(2019年4月28日放送)を抄録する。

[山極寿一からの手紙]

 小川洋子さん、久しぶりです。ようこそ、京都市動物園へ。昨年12月に生まれたばかりのキンタロウはかわいいですよ。たしか小川さんは二度目の対談の前に、京都市動物園のゴリラ舎でモモタロウとゲンキ、子供のゲンタロウに会ってくださったんでしたね。対談で話題になった待望の赤ちゃんが生まれたわけです。
 僕は動物園っていうのは、野生の窓だと思っているんです。ゴリラを見て、ゴリラの動きを通して、「人間が支配しているのではない世界」に導いてもらう。そういうところなのです。
 この四十年ちょっと、アフリカにほとんど毎年通い続けて、野生のゴリラを観察してきました。ゴリラの国に行って、ゴリラの目でもう一度人間の世界を見つめ直すということをやってきました。
 生き物というのは毎日毎日動いています。ゴリラも動いているんです。もちろん、その動きは人間とは違います。虫とか鳥だったら、人間とは全然違う生き物だから、なかなかその中に入っていけませんが、ゴリラは人間と五感が一緒です。視覚も聴覚も味覚も嗅覚も触覚も、ほとんど同じです。だから、ゴリラの体の中に入って、ゴリラと一緒に感じて、その五感で我々が日常的に感じている世界とは違ったものを感じましょう。それがアフリカだったり、屋久島だったり、あるいは全然違う世界であったりしてもいい。そこに小川洋子さんの作家としての、言葉の魔術師である所以を発揮してほしいなあと思います。

[小川洋子のつぶやき]

 私は子供の頃、テレビで「野生の王国」を見るのが、好きでした。インパラが群れで走る美しさに魅了されました。無駄がなく、誰が号令を出しているのか、わからない。でも、それが、自分の知らない場所にも世界があるという真理に触れた最初の瞬間だったのだと、思います。
 私は、小説を書いているとき、ときおり、言葉の海でもがきながら、今向かおうとしているのは、決して言葉が届かない、奥深い海底なのだろうと思う時があります。言葉など意味をなさず、言葉では名付けえない秩序によって守られた世界。その懐かしい場所へ戻ろうとして、自分は小説を書いているのかもしれない。
 ゴリラ研究の第一人者、京都大学総長の山極寿一さんに初めてお会いしたとき、本能的に、この方は、小説が表現すべき、言葉から遠く離れた場所への道筋をご存じなのではないかと感じたのです。
 今日はゴリラを案内人にして、人間が生かされている言葉の届かない場所へ、少しでも近づけたらなと思っています。

赤ちゃんゴリラの誕生

小川 京都市動物園にやってきました。獣医である坂本副園長に案内していただくのですが、今日は、昨年12月19日に生まれたばかりの赤ちゃんキンタロウ君にも会えるということで、とても楽しみです。大きいですね、大人のオスは。

坂本(副園長) もう倍ほどですね。オスのモモタロウは一八〇キロ位。メスのゲンキはたぶん八〇〜九〇キロ位ですか。いまちょうどお母さんの向かいにいるのがゲンタロウ。赤ちゃんのキンタロウはずっと母親の胸の中に抱かれています。

小川 赤ちゃんはお母さんのお腹の皮というか、毛を自分で掴んでるんですね。

坂本 生まれたときから手はしっかりと握力があって、自分で掴みます。

小川 モモタロウはお父さんとしてはどうですか?

坂本 若くして父親になったので山あり谷ありですね。赤ちゃんを最初はお父さんは触らせてもらえません。でも興味はすごくあるから、近くで見ているという感じで、お母さんの許可が出てから、ようやく触り始めるんです。いい感じです。引っ越しを境にちょっと関係性が崩れてしまった時期もありましたが、今はゲンタロウとも遊ぶようになって、みんな仲良くなれている状況ではあります。

シルバーバックは美しい

小川 やはり間近で見ますと、成熟したオスの背中、いわゆるシルバーバックとよばれる白い毛は本当に美しいですね。あの背中を見ると、ちっちゃいゴリラも安心して、お父さんにすり寄って行きたくなります。

坂本 モモタロウ自身もいま、父親としての成長を遂げていると感じます。子供のゴリラは、とにかくお父さんと遊んで欲しい。そうやって誘いかけていきます。

小川 ゴリラの世界ではイクメンじゃないとリーダーにはなれないってことですね。

坂本 そうです。ゴリラの群れというのはハーレム型なんですが、メスに人気のあるオスは心配りができるゴリラなんですね。

小川 ただ単に威張ってみんなに言うことを聞かせるというのではなくて、みんながいまどういう状態かっていうことを常に気にしている。いざこざがあったら、それを抑える。
 ゴリラの世界を見ていると、良い父親とは何なのかと問われている気がしますね。お腹がでっぷり出て、背中がすべすべで、本当に子供のために存在するオスの姿……。人間も中年になってくると太鼓腹になって、髪の毛がさびしくなってきて、子供に好かれるような体型になっていく。女の人に好かれるんじゃなくて、子供に愛される存在になっていくというふうに考えると、人間も年齢とともに、幼きものへの愛に生きるべきなんだなって思いますね。

人間の子育ては群れで……

小川 高度経済成長時代の多くの家庭では、育児はお母さんが一人で大きな役割を背負っていたわけですが、その前は大家族でやっていました。核家族で、母親だけが育児を担うというのは、人間の歴史の中で本当に特殊な一瞬ですね。

坂本 うちのキンタロウとゲンタロウとの間は七年開いていますが、普通は四〜五年開くんですね。子育てをしている間、お母さんゴリラには発情が来ないので、当然赤ちゃんはできません。けれども人間はすぐに排卵があります。多産によって厳しい時代を生き抜いてきたご先祖様の繁殖戦略だと思うんですけれども、同時に群れで育てるというのが、ヒトの子育ての有り様だと思います。核家族化が進んだ高度経済成長時代に、お母さんだけが、子育てを担わないといけなかったっていう方が不自然で、社会的なストレスではないかという気がしますね。

小川 赤ちゃんが泣いて困っているところに、ご主人が会社から帰ってきて、「おい、メシ」とか「先に風呂」とか言う。そこでお母さんが爆発しちゃうっていうのは、自然の成り行きですよね。群れで育てるべきものを、自分ひとりに押し付けられているわけですから。

坂本 ゴリラもチンパンジーも五十年ぐらい、生きますが、高齢になっても排卵は起こるんです。人間はヒト科の動物の中では、閉経っていうのがあって、閉経の先の人生が結構長い。子育てのノウハウは知っているけれども、子育てをしなくてもいいという人たちが群れの中にいるので、母親は生まれたばっかりの赤ちゃんもぽいっと預けて、食物を取りにも行けるし、次の新しい命を作ることもできる。たぶん、ヒトはこういう繁殖戦略を持っていたんだろうと考えられます。

小川 そうやって生き残ってきたわけですね。実は、ついこの間、私も孫ができたんですけれども、滅茶苦茶かわいいんです。もう本能的というか、単に自分の孫がかわいいだけではなくて、人類がかわいいという気持ちになってきて、泣こうが何しようがへっちゃら。自分がこんなにおおらかな気持ちになれるというのは発見でした。次の役目を果たす段階に自分は入ったんだなと思いますね。山極さんは、介護をするのは人間だけで、そこまで年老いた人を大事にするというのは、老いた人にちゃんと役割があるということでしょうとおっしゃってました。おおらかな気持ちで、幼いものを守れる存在として。

坂本 シルバーバックのゴリラのお父さんと同じですね。

[小川洋子のつぶやき]

 毎日毎日小説を書いていますと、言葉まみれの中で、結局言葉を使って言葉が届かないところへ行きたいんだな、小説っていうのは、そういうものなんだなと思うんです。本当に良い小説を読んだときには言葉を失うような感動がありますよね。それが得たくて言葉で書いているのです……だから、言葉を持たない動物たちに対する憧れがあります。彼らは言葉を持たないで、どんな感情の中にいるのか。少しでもそこへ近づくために、自分は言葉で小説を書いているんです。

[山極寿一からの手紙]

 日本では元号が平成から令和に移ったわけだけど、動物の世界、つまり自然というのはそんなに変わらない。太古の昔から、ずっと続いてきた歴史がある。その中に僕らは住んでいるわけだけど、人間はそれを言葉で区切って、違う時代や違う世界のように考えてしまいたくなります。でも裏を返せば、それが人間の能力であり、魅力なのかもしれませんよね。だから、実際の自然とは違う世界を描き出すことができ、そこに我々は遊ぶことができて、現実とは違う世界や未来を創造することができる。
 本当は自然の中に生きているはずなのに、僕らは自然ではなくて、物語の世界に生きているんです。それを創ってくれるのは洋子さん、あなたです。
  *
 今日、キンタロウやゲンタロウ、ゲンキやモモタロウに会って下さいましたが、これはまさに「男はつらいよ」って世界です。ゴリラは、オスがメスや子供たちからどう見られているかということをすごく意識してて、でもゴリラだけでの世界を作っているわけじゃなくて、動物園に見に来てくれる人々をもすごく注意深く観察しています。そのなかで、いかにオスがかっこよくふるまえるか、それはメスや子供たちが観客、人間の反応をもちゃんと計算しているからなんです。だから伴侶、つまりパートナーや子供を持ったオスはかっこよく見えます。でも、そういうことって人間の世界にもあります。この世界を形作っているものたちの中で、どういうふうにかっこよくふるまえるか。これは男だけの問題ではないかもしれない。そこをぜひ言葉にしてほしいなと思いました。そしてまず、言葉にする前に感じてほしい、そう思いました。

[小川洋子のつぶやき]

 ゴリラについて考えれば考えるほど、言葉を持ってしまった人間の悲哀というものも味わってしまいますが、今日は山極さんが物語の世界に生きる人間の歓びを認めてくださったようで大変うれしく思いました。と同時に、永遠の時の流れの一部分であるこの世界を、人間とゴリラは共有しているんだということを今日、キンタロウやゲンタロウ、ゲンキやモモタロウに会うことで教えられたような気がします。今日の動物園訪問は私にとって、貴重な楽しい一日でした。キンタロウ君の成長が楽しみですね。

(やまぎわ・じゅいち 霊長類学者・京都大学総長)
(おがわ・ようこ 作家)
(さかもと・ひでふさ 京都市動物園副園長・獣医師)
波 2019年6月号より
単行本刊行時掲載

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