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咲かせて三升の團十郎

仁志耕一郎/著

2,640円(税込)

発売日:2022/04/20

書誌情報

読み仮名 サカセテミマスノダンジュウロウ
装幀 宇野信哉/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 414ページ
ISBN 978-4-10-354521-7
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 2,640円
電子書籍 価格 2,640円
電子書籍 配信開始日 2022/04/20

天才の輝きか役者の業か。芸と女にどっぷり生きた七代目團十郎を描く本格時代小説。

江戸歌舞妓の若きスター市川團十郎。名だたる役者に認められ、粋な姐さんを妻にして、絶頂きわめたその時に、お上に睨まれ財産没収、江戸追放。あっという間の奈落の底から、見事復活するが、家族の悲劇を招いてしまう……。悪女にはまり欲に負け、泥にまみれた晩年でも、最期まで人々に愛された波瀾万丈の役者人生を描く傑作。

目次
うんじょうこうじょう
序幕 江戸のあだばな
第二幕 たつ芸者のすけろく
第三幕 だんと菊
第四幕 表の《忠臣蔵》、裏の《四谷怪談》
第五幕 味よしおでん
第六幕 十八番とじょなん
第七幕 いばらの花道
第八幕 親孝行に親不孝
第八幕返し 浪速なにわに散る江戸の花
終幕 泥まみれの花道
参考文献・参考論文

書評

七代目市川團十郎の気概

末國善己

 市川團十郎は、初代が超人的な力を持つ勇者の豪快な演技「荒事」を取り入れて以来、歌舞伎界の大名跡として現代に至っており、新型コロナ禍で延期中の十一代目市川海老蔵の十三代目市川團十郎白猿襲名披露公演がいつになるかも注目を集めている。本書は、四代目鶴屋南北作『東海道四谷怪談』の二枚目でありながら冷酷非道な民谷伊右衛門役で「色悪」という役どころを確立し、市川宗家のお家芸として十八の演目を『歌舞妓狂言組十八番』(通称「歌舞伎十八番」)としてまとめるなど、江戸で町人文化が華開いた化政期に活躍した七代目市川團十郎の波瀾の生涯を描いている。
 多くの女性と浮き名を流し大金を稼いだ「色と欲」に彩られた七代目の人生を丹念に追っているが、初の芸道ものに挑んだ仁志耕一郎は、派手な七代目の人生の裏には幾つもの戦いがあった事実を掘り起こしている。それだけに、最後までスリリングな展開が楽しめるはずだ。
 まず若き日の七代目が直面するのは、三代目尾上菊五郎との確執である。火事で女房と長女を亡くした七代目は、後に「歌舞伎十八番」に選ばれる「助六」を、菊五郎が断わりなく演じたことに激怒。しかも両方を観た辰巳芸者のおすみに、七代目の「助六」は本物でないと批判されてしまう。菊五郎と手を携えて江戸歌舞伎を発展させたい七代目だが、早く芸を高めたい焦りもあってなかなか和解できない。共に才能があり江戸っ子を二分するほど贔屓も多いだけに簡単に折れられない七代目と菊五郎の関係が、前半を牽引する鍵になっていく。
 次いで七代目を悩ませるのは、三代目坂東三津五郎の妻ながら、五代目瀬川菊之丞ら多くの役者と密通したお伝の存在である。お伝の悪女ぶりはフィクションのようだが実在の女性で、有名な役者と関係を持った影響力を使って歌舞伎の演目や役者の襲名にも口を挟み出し、七代目はお伝に掻き回された歌舞伎界を正常に戻すべく奔走する。ただ七代目も清廉潔白ではなく、おすみを女房にしたのに、贔屓筋への義理があったとはいえ大坂と長崎で女を囲い、おすみと修羅場を演じることもあった。当時の役者にとって女遊びは“芸の肥やし”と見なされていたと思っていたが、正妻を蔑ろにするような遊びは瓦版でバッシングされ、ファンも批判的だったとの指摘は、現代と変わらないだけに興味深かった。
 七代目は天才でスーパースターだが、協力して業界を盛り上げていかなければならない同業者を過剰に意識したり、女遊びや子供の教育方針をめぐって妻と対立したりするところは、等身大の職業人、家庭人と変わらない。そのため、七代目の葛藤に、共感する読者も少なくないように思えた。
 そして本書のラスボスといえるのが、奢侈禁止と風俗取締りなどからなる天保の改革を進め、寄席や芝居など庶民の娯楽を目の敵にした鳥居耀蔵である。耀蔵によって江戸三座は江戸郊外の浅草に移転させられ(これが猿若町になる)、七代目は江戸払いの処分を受ける。役者から滲み出る艶や色気を意味する「仁」を磨く七代目と、人を思いやる儒学の「仁」に基づき困窮する庶民を助けようとした大塩平八郎を見下し、貨幣改鋳というマネーゲームで濡れ手で粟を目論む耀蔵を対比した著者の着眼点も秀逸である。
 江戸を追われた七代目は地方を転々としていたが、「御赦免」が下ったあとには八代目を譲った息子が自殺した。歌舞伎評論家の戸板康二が直木賞を受賞した『團十郎切腹事件』は、八代目が自殺した理由に迫るミステリだったが、著者も独自の解釈でその謎に切り込んでおり、二作を読み比べてみるのも一興だ。
 黒船来航で世情が騒然とした幕末は、物価上昇、地震、流行病なども庶民を苦しめた。こうした世情に背を向けた幕府の要人が私腹を肥やす状況が現代と重なるだけに、江戸っ子に夢と希望を与えるため、女難と借金で泥にまみれながら舞台に立ち続けた七代目の気概は痛快に思えるのではないか。
 著者も世の不条理と戦った七代目を描くことで、暗い現代社会に一石を投じており、その心意気にも注目して欲しい。

(すえくに・よしみ 文芸評論家)
波 2022年5月号より
単行本刊行時掲載

担当編集者のひとこと

「この一巻は仁志耕一郎の最高傑作であるばかりでなく、今年上半期のベスト作品の一つである事は間違いあるまいと思われる」(「日本経済新聞」五月十九日付夕刊書評)。
『咲かせて三升の團十郎』を高く評価したのは、文芸評論家の縄田一男さんです。著者の仁志耕一郎さんはデビュー十年の歴史時代作家ですが、小説家となったからには、「絶対にいつか書きたい」という思いで、「七代目市川團十郎」と格闘してきました。
 歌舞妓世界を描く難しさに頭を抱え、コロナ禍ではYouTubeで舞台を研究し、徹底的に調べて書く。そのうちに意外な発見や名場面が閃く。大変さよりも面白さが勝り、七代目團十郎の人生が、深川の粋な江戸言葉とともに身の内に沁み込んだそうです。
 七代目團十郎は江戸歌舞妓の大役者ですが、その人生は芸と女にどっぷり生きて波瀾万丈です。人気絶頂からお上に睨まれ泥まみれの奈落へ。そして復活、痛恨の悲劇、涙涙の最後の舞台。團十郎を取り巻く粋な姐さんや欲深な女、稀代の悪女も登場させて、歌舞妓世界の光と影をたっぷりと詰め込んだ物語になりました。
 江戸っ子に最後まで愛された七代目團十郎(=五代目海老蔵)の姿には、命を燃やし尽くした人間の清々しさが漂います。いわば芸道小説であると同時に、型破りな人間の魅力をも伝えてくれる時代小説なのです。(新潮文庫編集部N)

2022/06/28

著者プロフィール

仁志耕一郎

ニシ・コウイチロウ

1955年富山県生まれ。東京造形大学を卒業後、広告会社に勤務。2012年『玉兎の望』で第7回小説現代長編新人賞、『無名の虎』で第4回朝日時代小説大賞を受賞し、作家デビュー。2013年、同二作で第2回歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞。他の著書に、『玉繭の道』『とんぼさま』『松姫はゆく』『家康の遺言』『按針』がある。東京・深川で長く暮らす。2022年4月現在、山梨県在住。

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