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日常に潜む違和感に芸人が狂気の牙をむく、ハライチ岩井の初エッセイ集!

僕の人生には事件が起きない

岩井勇気/著

1,320円(税込)

本の仕様

発売日:2019/09/26

読み仮名 ボクノジンセイニハジケンガオキナイ
装幀 一般社団法人アニマルエイド/撮影協力、青木登(新潮社写真部)/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 190ページ
ISBN 978-4-10-352881-4
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆
定価 1,320円

段ボール箱をカッターで一心不乱に切り刻んだかと思えば、組み立て式の棚は完成できぬまま放置。「食べログ」低評価店の惨状に驚愕しつつ、歯医者の予約はことごとく忘れ、野球場で予想外のアクシデントに遭遇する……事件が起きないはずの「ありふれた人生」に何かが起こる、人気エッセイがついに単行本化! 自筆イラストも満載。

著者プロフィール

岩井勇気 イワイ・ユウキ

1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と2005年に「ハライチ」結成。結成後すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。『僕の人生には事件が起きない』が初めての著書になる。

書評

平穏のような不穏

佐藤多佳子

 お笑いコンビ「ハライチ」の澤部佑がテレビで大人気なのに比べて相方の自分は……、という不満をぶちまけるバラエティ番組だった。ただならぬ眼光。顔芸なのかガチなのか、岩井勇気のあの怖すぎる顔は、忘れたくても忘れられない。そして、澤部の第一子の出産祝いに贈った、白い布を巻いたミイラのような手作りのオソロシイ人形。悪いことを人形が引き受けてくれるという身代わりのお守りなのだが、女性共演者の鋭い悲鳴が上がった。たまたま見たテレビで、本当にたまたま出会った――圧倒的インパクトの岩井勇気に。
 TBSラジオの深夜帯二十四時から始まる「ハライチのターン!」は、一回目からずっと聴いている。芸人さんの深夜ラジオは昔から好きだが、あの岩井がしゃべるんだなという入口からわくわくして聴いた。本当に、あの岩井がしゃべっていた。思った通りに、いや、思った以上に、ただごとじゃなくて怖くて面白い声と言葉が、電波に乗って軽やかにビシビシと飛んできた。
 自然体で容赦ない。
 ラジオ・パーソナリティとしての岩井勇気に、私が感じるスタンスだ。これは狙ってできるものではないと思う。自分を曲げないというスタンスには、曲げずに通せるという強固な下地が必要になる。
『僕の人生には事件が起きない』は、岩井勇気初のエッセイ集だ。読書にはあまり興味がないとラジオで聴いたが、リズミカルで無駄がなく読みやすい、いい文章だ。
 タイトルの通り、内容は身辺雑記。お笑いや芸能界の話はほぼなく、仕事の合間や休日など、オフシーンでの出来事が綴られていく。もちろん、岩井の身辺であり、目線なので、事件はなくても癖はある。流れる時間は、ゆるやかで、のどかで、とてもスパイシーだ。
 都心のメゾネットタイプの部屋で墓地を眺めながら暮らし、庭の管理でヤバイことになり、組み立て式の家具と死闘を演じ、歯医者の予約を忘れまくり、麻雀からの死の危険にさらされ、段ボールを切り刻んでサイコパスな気分に陥り、困った後輩に呆然とする。普通に暮らしているはずなのに、なんだかヤバくなってしまうところが、ものすごく面白い。独特の視線と感覚にすっと共感できる。お笑いやラジオに興味がない人が読んでも、この本は十分に楽しいと思う。
「ハライチのターン!」のリスナーとしては、馴染みのある話ばかりだった。フリートークで語られた内容がたくさん文章化されている。芸人さんのトークというのは、すごいパワーがある。特に、岩井のフリートークは、毎週、確実に面白く、一時間の番組の中で、私は最も楽しみに聴いている。あの「声」が、どう「文章」になるのか、興味深かった。
 楽しんでいるなあ、日常を、人生を――というのが、一番の印象である。週一度のトークをまとめて文章で読むと、シュールな岩井ワールドは、奇妙に居心地がいいのである。
 岩井は、ラジオでも、いつも好き嫌いをはっきりと口にする。その本気、譲らなさ、強く言うわりに力が抜けている独特の感覚は、実に魅力的だ。私は、好き嫌いの物差しで世界を計る人が好きだ。ただし、上っ面の感情ではなく、自分の生き方から発したリスクの高い好き嫌いの場合だ。否定される時には傷つくようなヤツだ。美学や哲学的な、しっかりとした芯が感じられるものだ。
 日常のふとした瞬間を不思議な角度で切り取りながら、何かを好み、何かを嫌い、軽妙洒脱でありながら、岩井勇気の言葉は断固として譲らない。気持ちがいい。
 岩井がネタを書くハライチの漫才は、テレビで見たことがある。一つのお題について軽く雑談してから、岩井がおかしな取り合わせの言葉を連打し、澤部がパワフルで痛快なリアクションをとる。最初は普通なのに、次第にズレていき、どんどんエスカレートしていく様は本当に面白い。「角刈りのバッハ」「毛穴から窒素」「隙間にナッツ」、岩井勇気のそんな言葉が好きだ。

(さとう・たかこ 作家)
波 2019年10月号より
単行本刊行時掲載

目次

はじめに
メゾネットタイプの一人暮らしでの出来事
家の庭を“死の庭”にしてしまうところだった
自分の生い立ちを話せない訳
ほとんど後輩と連まない僕と仲の良かった後輩
「ショッピングモール満喫ツアー」の暗闇に潜む化け物
マニュアル至上主義の店
忘れる、という能力者
コーヒーマシーンに振り回される
組み立て式の棚からの精神攻撃
あんかけラーメンの汁を持ち歩くと
珪藻土と自然薯にハマった
食べログ信者の僕が3・04に店に行ってみた
ルイ・ヴィトンの7階にいる白いペンギンを見張る人
『叫び』に魅了されて理解したアイドルファンの心理
リアル型脱出ゲームで出会ったオタク
麻雀の不吉な上がりのせいで死に怯える羽目になる
野球嫌いの僕が落合福嗣と神宮球場へ行った
通販の段ボールを切り刻んで感じた後味の悪さ
組み立て式の棚、ふたたび
仕方なく会った昔の同級生にイラつかされる
恐怖に怯えたタクシー運転手の怪談話
空虚な誕生日パーティ会場に“魚雷”を落とす
VIPも楽ではない
親戚の葬儀での面倒くささから救ってくれた父の一言
澤部と僕と
おわりに

インタビュー/対談/エッセイ

なんでもないことを書いてみたら

岩井勇気佐久間宣行能町みね子

日常系のエッセイの新たな傑作、『僕の人生には事件が起きない』。かねてより岩井さんの個性を認める佐久間さん、能町さんに、その面白さを徹底的に解剖してもらいました。

何も起きないからこその妄想力

――本書は、岩井さんの身辺雑記を綴った初エッセイ集です。まずは感想をお聞かせいただけますか。

佐久間 すごく面白かったけど、岩井っぽいなと思ったのが、毎回、妄想が絶対に入ってくる。妄想部分が普通のエッセイより長いよね。

岩井 事実を書いている部分のほうが短いかもしれないですね。

能町 ラジオでも嘘をつきますよね。普通、フリートークってあんまり嘘つかないんですけど、途中から完全に嘘になってくるんですよね。

岩井 完全に嘘だったらセーフだと思ってるんです。

能町 誰もが嘘と分かる嘘なんですけど、そのまんま文章にしてますよね。

佐久間 俺は、あんかけラーメンの汁の話(汁を水筒に詰めて、一日中持ち歩いて飲む話)が好きだったな。あとムンクをアイドルの握手会に見立てる話。あれ、めちゃくちゃ面白かったね。自分の人生に何も起きないことが、結果として妄想力を高めてるよね。

岩井 そうかもしれないです。こんなにネタを量産させられても、そんなに話題ないけどなって思って。

佐久間 エッセイは、書いている途中に妄想になっていくの?

岩井 書き始めてからですね。

能町 連載の話が来たときに、どういうネタで行こうとかあったんですか。

岩井 正直、文章で主張したいことも、この間こんな大事件ありました、ということもないので、もう何でもないことを書こうというところから始めました。

佐久間 最初のほうの話は自分に即しているけど、徐々に妄想が混じっていく。その完成形が、あんかけラーメンの汁だよ、本当にこれ、超名作だよ。

能町 段ボールの死体の話も名作ですね。

佐久間 段ボール切ってただけの話なんだけどね。

岩井 初めは一人暮らしを始めた話のスタイルでいけるかなって思ったんですけど、二本ぐらい書いて、もう出し尽くしちゃった。

能町 早い(笑)。ラジオのトークをそのまま文章にして、ちゃんと面白くなるというのはすごいなと思います。

岩井 でも、トークで文章にできるのは二割ぐらいです。ラジオはニュアンスで話しているところがあるので、あまりボケが入っているのを文章にするのはちょっときつい。

佐久間 そう? あんかけラーメンの汁はめちゃめちゃボケてるぞ。

岩井 ツッコミがいるといい話は書けないですね。

佐久間 なるほど。

能町 ラジオの話からして斬新なんですよね、観点が。嘘をついたまま貫くとか、あまり他の人はしていない気がします。

佐久間 あとたまに、ただの岩井の主張が入ってるときがあるでしょう。

岩井 同級生と会ったときの話とか。

佐久間 ただ、怒りだもんね。

岩井 あれはあの出来事のすぐ後がエッセイの締切だったので、むかついた感情だけで書きました。

佐久間 あれだけちょっと質感が違うんだよ。

能町 分類すると、妄想か怒りかどっちかですよね。

岩井 喜怒哀楽だったら怒が一番書きやすいですね。

能町 自分の怒りを無駄だとは思いつつ、人に説得するつもりで書く、なんでこれに腹が立つかを延々説明するというのは、すごく書きやすいです。

岩井 なんで俺は怒ってんだろうっていうことを分析していったら書けますね。

能町 面白い話を書けって言われると難しいんですけど、むかつく話を延々分析していくと、結果面白くなってくるっていうのはありますね。

佐久間 VIPの話もすごく岩井っぽいよね。

岩井 一つのことに固執して。

佐久間 一つのことからボケ、妄想のパターンがどんどん増えていく。

岩井 ネタっぽいですよね。

能町 ネタも含めて一貫しているんです。ずっと一点突破しているような。

岩井 軸があると書きやすいです。

佐久間 ルール無用の妄想ではない。

岩井 ルールは設けてますね。

佐久間 それが楽しくなってくる感じが、読んでいてある。多分、俺が好きな話は、全部そうなんだと思う。

日常の中の異常

能町 以前にもエッセイとか、文章を読んだりはしていたんですか。

岩井 いえ、活字は全然読みません。

能町 よく書けましたね。

岩井 雰囲気で書けそうって思われてるんですけど、全くそのあたりは通って来なかったんです。俺の文章はどうですか。硬いですかね。

能町 本当にナチュラルですよ。岩井さんそのまんまだなと思いました。しゃべっているのを文章っぽく整えたぐらいの、一番ナチュラルな感じがしました。読んでいて全然苦がないというか。

岩井 確かに、しゃべりのリズムで書いていますね。読んでいて詰まるところは直しています。

能町 私もこのくらいのナチュラルさで書きたいですもん。

佐久間 話し言葉とエッセイの文章って、やっぱり、変わっちゃうんですか。

能町 普通違いますよ。というか文章を書いている人がしゃべることって、まずあんまりないから。

岩井 漫才がするっと読めるような感じで書いてるんです。

能町 漫才の台本も文字にしてるんですね。

岩井 してますね。

能町 澤部さんの分も?

岩井 一応してますね。本番でその通り言っているわけじゃないですけど。

能町 ちょっと意外。澤部さんってフリーなのかと思ってました。

佐久間 澤部論も書いてあるよね。大いなる無。

能町 これ、本人怒ったりしないの?

岩井 わからないです。

能町 そういえば、芸人の友達ネタはないですね。後輩の話はあるけど。

岩井 芸事に対してはあんまり書きたくないんです。ネタを書くにあたってとか、自分の芸人観みたいなのは全然書きたくない。ラジオでも言わないですね。

能町 言ってないですね、そういえば。

岩井 文章でもラジオでも、テレビの収録のときにあまり上手くできなくてもどかしくて、ということも、全く言いたくないんです。そんなのどうでもいいじゃないですか、観ている人にとっては。

能町 だから毎回、だいたい日常なんですね。芸能人だからこれっていう話はそんなにないですよね。

岩井 芸能人の意識があんまりないんです。

能町 それがエッセイとしての成立度を高めているんですよ。

岩井 やっぱり『僕の人生には事件が起きない』んです。芸能人でも、事件が起きましたみたいなふりをしているけど、結局、そんなに大したことは起きていない。

佐久間 確かにこれ、岩井のこと知らなくても読めるもんね。岩井のファンじゃないと楽しめないって本じゃないよね。

岩井 それを大事にしているところもあります。誰がいつ読んでも面白いように。

能町 素材を変なところから持ってくるんですよ。組み立て式の棚とか。棚っていうテーマで書けないですよね。

佐久間 このエッセイには、ネタを作りに行ったというものはないよね。日常の中で、見方によってこう切り取ったっていう感じ。

能町 普通に生活している中に落っこちてくるもののほうがいいんですよね、きっと。誕生日パーティーに魚の絵を描いて持っていくとか、目的のある行動自体が異常なんですよね。普通の思い付きじゃないんですよ。

佐久間 あれは一番異常だと思った。もう、踏み越えてるよ。

岩井 でも、絵は真剣に描いてるんですよ。気持ち悪く描いたわけじゃないですから。

佐久間 誕生日の人に魚が関係あったの?

岩井 なかった気がします。でも、貰って、こういう意味があるんだと思うより、なにも関係ないけどなんかこれいい、というほうがよくないですか。

能町 反応はでも、微妙だった?

岩井 そうですね。そういうふうに受け止めてくれる子じゃなかったということですね。

芸人界の「さくらももこ」!?

岩井 ところで、どうしたらこの本は売れるんですかね。

佐久間 別ジャンルの人がお墨付きを与えるか、そのジャンルの中で大きく支持されている人がお墨付きを与えると、芸人の遊びだとは思われなくなるよね。

能町 ハライチのことを実はめちゃくちゃ褒めている超大御所とかいないんですか。芸能人じゃない人で。

岩井 最高で能町さんです。

能町 本当ですか。私より上が絶対いますよ。

佐久間 例えば、これを売り出すのに、ネットに一編だけ無料で出していいって言われたらどれを出します? 反響があるのは同級生に怒っている話かもしれないけど、それはこのエッセイの本質ではないじゃないですか。

能町 あんかけラーメンの汁とか棚とかいきたいですよね。

佐久間 本当はそっちのほうが面白いから選びたいんだけど、世の中に響くのは同級生のほうかもしれない。

能町 でも、実際はそういうテイストじゃないって示すのがまた難しいですね。

岩井 俺が読んでほしいのも違うけど。

能町 ちょっとした事件をたくさん書いていくっていうのは、私もあんまりやったことないですね。

佐久間 芸人でもあんまりいないよね。芸人は自意識との葛藤というか、自分と社会との折り合いをエッセイにしていく人が多い。でも、岩井はそこが全くなくて、価値観の出来上がったところから面白がって書いている感じがする。ストレスなく、世の中に出ているのが本当の自分だから。

岩井 確かにそうですね。だからエッセイもラジオも、仕事の裏話みたいなのはしない。

能町 それはもうちょっといったらタモリさんの域ですよね。タモリさんがエッセイを仮に書いたとして、実はこんなことを考えていたって絶対出さないですよ。

岩井 エッセイを書いていった最高形って何だと思いますか。

佐久間 さくらももこさんの『もものかんづめ』とか?

能町 作品としての最高峰ですね。岩井さんも世の中に何かを言いたいとかではない、マンガのように読めるタイプのエッセイの中では相当いいと思います。

佐久間 もっと欲張っちゃいますよね。特に処女作だったら。

能町 気合入っちゃいます。小説とか、もっと社会に訴えかけたいエッセイとかは、読んで何かを得たいとか、栄養にしたいときに読むじゃないですか。でも、さくらももこさんのエッセイって、暇だから読んで、ちょっといい気分になったな、で、忘れちゃった、みたいな感じ。その域って書けないんですよ。

岩井 でも、いよいよ売れないんじゃないですか。

能町 『もものかんづめ』は200万部超えてますよ、確か。

岩井 じゃ、さくらももこ、追います。

一同 芸人界のさくらももこ(笑)。

(いわい・ゆうき お笑い芸人)
(さくま・のぶゆき テレビ東京プロデューサー)
(のうまち・みねこ コラムニスト、漫画家)
波 2019年10月号より
単行本刊行時掲載

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