ホーム > 書籍詳細:異端の被爆者―22度のがんを生き抜く男―

「地獄を見せつけられた原爆に、その後の人生まで支配されてたまるか!」

異端の被爆者―22度のがんを生き抜く男―

横井秀信/著

1,705円(税込)

本の仕様

発売日:2019/09/26

読み仮名 イタンノヒバクシャニジュウニドノガンヲイキヌクオトコ
装幀 平野光良(新潮社写真部)/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 286ページ
ISBN 978-4-10-352861-6
C-CODE 0095
ジャンル 思想・社会
定価 1,705円
電子書籍 価格 1,705円
電子書籍 配信開始日 2019/09/27

爆心地から850メートルで被爆した兒玉光雄の体には、目に見えない放射線の深い傷が残っている。60歳を過ぎてから、がんを繰り返す度「わしゃあ、原爆を生き抜いた男じゃ」と、あらゆる艱難辛苦を乗り越えてきた。先に逝った仲間に想いを馳せ、自らの染色体の傷を晒して核兵器の罪を告発し続ける兒玉の、壮絶な人生の記録!

著者プロフィール

横井秀信 ヨコイ・ヒデノブ

1975年生まれ。1999年、NHK入局。広島放送局に配属され、広島と韓国の被爆者の交流を記録した「最期に綴ったヒロシマ〜ある韓国人被爆者の遺言〜」(2002年)、家族の最期を知ろうとする被爆者を追った、にんげんドキュメント「家族の記憶を求めて〜広島・追悼平和祈念館〜」(2003年)、NHKスペシャル「復興〜ヒロシマ・原子野から立ち上がった人々〜」(2004年)、『異端の被爆者―22度のがんを生き抜く男―』のもととなったNHKスペシャル「被爆者 命の記録」(2005年)を制作。東京に異動後「日本海軍 400時間の証言」(2009年)、「玉砕 隠された真実」(2010年)、「戦慄の記録 インパール」(2017年=いずれもNHKスペシャル)など、アジア・太平洋戦争に関する番組を担当。2019年9月現在、大阪放送局報道部チーフプロデューサー。

書評

引き継がれた記憶のバトン

直野章子

 被爆者は、原爆地獄の記憶に苛まれ、その身体には放射線の爪痕が残されている。こうした「原爆に規定された存在」としての被爆者像に対して、等身大の被爆者を描こうとしたのが、本書である。
 中学一年生のとき原爆に遭った兒玉光雄という一人の被爆者が歩んだ足跡が、戦中、敗戦直後、高度経済成長期といった歴史的文脈のなかで、生き生きと浮かび上がってくる。母親の愛情に包まれた幼少期、仲間たちといたずらもした少年期、野心に燃えた青年期。まるでその時々の状況が目の前に映し出されてくるようである。数多くの優れたドキュメンタリー番組を制作してきた著者の本領発揮といえよう。被爆者は別世界の住人ではない、その人が被爆者となる前にも、後にも、私たちと同じような生活があったのだ。ただし、兒玉のように、爆心地から約八七〇メートルという至近距離で被爆した者の場合、「ピカドンに負けてたまるか」と前を向いて生きていても、原爆の影は、どこまでも追いかけてくる。そこに、放射線という特異な殺傷力を持った原爆の残酷さがある。
 原爆投下の当日、広島市内の中学校・女学校の一、二年生は、軍命により屋外での作業に駆り出されていた。兒玉が通っていた広島県立広島第一中学校(一中)でも、一年生三クラスが作業に出ており、兒玉を含む残り三クラスは作業場からほど近い一中の校舎で待機していた。いずれも、そこにいた半数が死に至る「半致死量」に相当する線量の放射線が降り注いだ地点に位置していた。当日登校した一年生三〇七人のうち、校舎で待機していた一九人を残して、全員が原爆によってその短い人生を絶たれた。
 兒玉も被爆直後に死線をさまよったが、母親の献身的な看病のおかげもあり一命をとりとめる。大学に進学した後、町役場に勤務し、畜産振興を夢見て奔走する。牧場経営がとん挫した後は、セゾン・グループに再就職してリゾート開発を任されるまでになる。原爆の影を追い払いながら生きてきた兒玉だが、還暦を過ぎたころから、次々とがんを発症する。放射線の影響を意識せざるを得なくなり、否が応でも原爆と向き合うことになったのである。
 被爆者のなかで、兒玉のように、原爆に背を向けて生きた者は少なくない。原爆炸裂後の阿鼻叫喚を生き延びた者は、なんらかの「見捨て体験」をしている。一中の生存者たちも、炎が迫りくるなか助けを求める友人を置き去りにしたり、「必ず戻って助ける」という約束を果たせなかったりした。他に、どうすることもできなかったのだ。それでも、生き延びた者は自責の念に苛まれ続けた。とりわけ、我が子を亡くした親の嘆きを前にして、うしろめたさが重くのしかかり、固く口を閉ざすようになる。死んだ友人たちの記憶を遺族と分かち合い、ともに死者を慰める場が拓かれたのは、被爆から二〇余年後のこと。それは、原邦彦という一人の一中生存者が力を尽くした結果であった。しかし、「生き残った者の責任」を引き受けようとした原も、ほどなく病に斃れる。原だけではない。体験を語り始めた他の同級生たちも、その後、次々とこの世を去った。多重がんに冒された兒玉は、死者の代弁者たろうと立ち上がった友たちの思いをつなごうと、六〇代半ばにして沈黙を破る。
 そこに著者との出会いが重なった。著者との出会いを通して、兒玉は死者の代弁者として歩みだしたのである。
 被爆の苦しみは体験した者にしかわからない。被爆者の偽らざる心情である。しかし、筆者は一人の人間として兒玉と向き合うことで、被爆者と私たちの間に横たわる壁を突き破った。
 被爆者の体験のなかでも、とりわけ八月六日当日のそれは、非体験者には想像すらできないものであろう。しかし、本書が一章を割いた「あの日」の描写は、非体験者である著者の手によるものでありながら、臨場感にあふれている。
 兒玉の体験を忠実に再現したからというわけでは必ずしもない。当事者の体験や記憶は、当初は混とんとしており、時間軸も空間的感覚も狂っていたはずだ。事後的に得られた情報や他者の記憶を織り込んでいくことで、兒玉の体験の記憶は縁どられていった。そこに、多数の体験記や記録を丹念に読み込んだ著者が聴き手として加わることで、記憶はより明確な形を得ることになったのである。
 一中一年生最後の生き残りとなった兒玉の記憶には、原爆に灼かれた死者の姿がある。その後、斃れていった学友たちの姿も。死者の記憶を引き受けた生き残りたちが受け取った記憶のバトンは、確かに次の世代へと手渡されたのである。

(なおの・あきこ 広島市立大学広島平和研究所教授)
波 2019年10月号より
単行本刊行時掲載

目次

序章 “半致死量”にさらされた人々
“半径一キロ”の被爆者
広島第一中学校の十九人
強靭な生き方
“異端の被爆者”
第一章 銃後の少年
父と母
旗日の子
天皇すめらぎの国
父の出征
変わる暮らし
がんぼ
沈黙の朝
奔走する母
将校と一中
迫り来る戦火
一中健児
疎開
第二章 八月六日
第三章 死の淵から
小さな弾丸
二人の母
ピカの毒
棺桶
母のドクダミ
再会
飢え
混沌と不信
アメリカの“昆虫採集”
身勝手な“平和”
軋轢の中で
新たな生活
三反農家の浪人生
一筋の光
乳と蜜の流るる郷
第二の訃報
寮生活の青春
第四章 町興しの青年
山野を駆ける
青年団長
両親の老いと結婚
洋行
倒れた同級生
洋上四十日
大農場
チーズをめぐる旅
第五章 大草田牧場
チャンス
夢への一歩
友の白血病
重荷
突然の終焉
第六章 死の影
西武化学のセールスマン
“ゆうかりの友”
“列島改造ブーム”の渦中へ
友の死
沖縄へ
身代わり
第七章 “ゆうかりの友”その後
二人三脚の取材
七二枚の“平和ポスター”
「私は一度死んだ」
“こくれ”となった男
再会
四・六グレイ
終章 染色体の傷
おわりに
参考文献等

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