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窓のない閉鎖空間に、対立する政治団体の男女が二人。この部屋と、民主主義という密室に出口はあるのか?

神とさざなみの密室

市川憂人/著

2,090円(税込)

本の仕様

発売日:2019/09/19

読み仮名 カミトサザナミノミッシツ
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 346ページ
ISBN 978-4-10-352811-1
C-CODE 0093
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 2,090円
電子書籍 価格 2,090円
電子書籍 配信開始日 2019/11/08

政権打倒を標榜する若者団体で活動する凛は、気付くと薄暗い部屋にいた。両手首を縛られ動けない。一方隣の部屋では、外国人排斥をうたう「AFPU」のメンバー大輝が目を覚ましていた。二人に直前の記憶はなく、眼前には横たわる人体。一体、誰が、何のために? 民主主義の根幹を問う、新時代の本格ミステリ。

著者プロフィール

市川憂人 イチカワ・ユウト

1976年、神奈川県生まれ。東京大学卒。2016年『ジェリーフィッシュは凍らない』で、第26回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。他著に、『ブルーローズは眠らない』、『グラスバードは還らない』(いずれも、東京創元社)がある。

書評

まったく新しいカタチの本格ミステリ

辻真先

 送られてきたゲラを読み始めて、五分後の所感。
「えっ。これ本格なの? ミステリなの? 『ジェリーフィッシュは凍らない』の作者なのか?」
 ゲラを読了して、五分後。
「ああ、本格だ。本格ミステリだ。それもまったく新しいカタチの!」

 新本格ミステリの原点である綾辻行人の『十角館の殺人』で、法学部三回生のエラリイは、こんな調子の主張をしている。
「日本でもてはやされた“社会派”式リアリズム云々はまっぴらなわけさ」「ミステリにふさわしいのはやっぱり名探偵」
 ぼくも彼の意見に賛成するひとりだが、といって政治や世の動きに無関心なわけではない。かつての社会派ミステリでは一部の政財界、高級官僚やエリート社員の登場が大半であったが、ネット時代に入り平均的日本人の誰もが、電波を媒介として対立炎上に躍り込める今、ミステリだけが現実を超越したままですむだろうか。読みはじめてすぐ「これがミステリか」と反応したのは、もしかすると作者の思う壺だったかも。新本格のムーヴメントがいったん否定したリアルを、あえて積極的に取り込んでやろうと、作者の野心が滾ったのかとも考えた。とにかく読もう。先入観ぬきで読んでみよう。そして読んだ結果が「ああ、本格だ」という感慨に着地したのである。
 と片づけては書評として不親切すぎるので、同業者が他をあげつらう失礼をお許し願って、妄言迷評をいま少しつらねてみる。

 抗議デモに参加していた童顔の女子大生三廻部凛。対照的に小太りなオタク渕大輝はヘイトデモで喉を嗄らす。モブシーンの丁寧で的確な描写に臨場感があって、特にヘイトデモで高揚するオタクの心理は新鮮だったが、さてこの違う世界に住むふたりを、どんなミステリに登場させるのか。だんだんと本気で心配になったころ、舞台が一転した。
 眠っていたふたりが覚醒すると、隣り合った部屋で死体と共に監禁されていたことがわかる。ここまで読んだぼくは、象徴的な実験劇かと早計した。ニブい。
 ネタバレが不安で、この後つづけざまに起こるヘビーなドラマはすべて省略するけれど、それでもまだぼくはサスペンスものかと思っていた。まさかあんな“名探偵”が登場するとは思いも寄らなかった。
「ちりめん」という名前以外は性別年齢容貌職業すべて不詳、発するのは人工的な音声だけという怪探偵の出現にはたまげた。この作品がリアルな時代相に直結しているから、可能となったアイデアでもある。
 探偵登場を節目として、本格ものの相貌をあらわにした本作は、ロジックを駆使して事件の核に肉薄する。デモの熱気でスタートした長編が、アームチェアディテクティブに変貌する過程の鮮やかさは、考え抜かれた構成の勝利だ。変転する局面に翻弄されたのは、ふたりの男女よりもむしろぼくであった。小説世界の神として君臨する作者は、気ままにキャラクターをいじり倒すかに見えるが、まるで違う。それどころかこの作者は、主役のふたり凛と大輝を、公平に慎重な手つきで扱いつづけ、ときに同情し共鳴する気配さえある。血なまぐさい物語でありながら、読者は自分の思考に沿って、彼女か彼に感情移入して、それなりに納得できるラストシーンへ導かれるはずだ。
 凛と大輝は、型通りの頭でっかちではなく、うわべだけ恰好つけて中は空っぽの役でもない。演劇の世界でいう“前歴”がよく練られているから、人物造形に厚みがあって、ミステリ的にはその過去を伏線に、後段の謎解決に絡んでくるから芸が細かい。「よく練られている」の評言は、この部分にもかかっていると承知してほしい。
 ひとつつけくわえておこう。
 ぼくの偏愛かも知れないが、名探偵「ちりめん」の設定が大好きだ。長編全体の骨組を俯瞰すれば、プロローグとの対比を含めて画竜点睛に位置づけられている。ぼくはこの人のデビュー作でも、犯人の隠し方の美しさに痺れた記憶がある。ロマンというか稚気というか、本格ミステリに必須(とぼくは思うのです)なスパイスを、この作者はまぎれもなく持っている。
 本格ミステリに未開拓であった分野に鍬をいれ、確かな一歩を踏みしめた労作として、大きく評価したい。

(つじ・まさき 作家)
波 2019年10月号より
単行本刊行時掲載

目次

プロローグ
第1章 邂逅について
幕間(一)
第2章 密室について
幕間(二)
断章
第3章 相反する思想について
幕間(三)
第4章 第三者について
第5章 神の答えについて
第6章 残された命題について
エピローグ

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