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極夜

中村征夫/著

1,760円(税込)

発売日:2017/12/26

  • 書籍

幻の名作をデジタルリマスター!
“朝がこない”地球最北の村、暗闇の記録。

グリーンランドのシオラパルク。冬の4ヶ月間は太陽が昇らない「極夜」が続く。マイナス40度、全てのものが凍りつく厳冬期の1ヶ月間をこの地で過ごし、闇の中で生きる村人たちの営み、悲喜こもごもを記録した写真――40年間眠っていたネガを完全復元。折々のエピソードを添えて綴る、貴重な写真のタイムカプセル。

書誌情報

読み仮名 キョクヤ
装幀 新潮社装幀室/ブックデザイン
発行形態 書籍
判型 B5判変型
頁数 84ページ
ISBN 978-4-10-351431-2
C-CODE 0072
ジャンル 写真
定価 1,760円

インタビュー/対談/エッセイ

写真はタイムカプセル

中村征夫椎名誠

“あやしい探検隊”のみならず、若き日より共に世界中を旅して来た2人が、奇しくも同時期に写真集を刊行することになった。片や、長年撮りためた世界中の犬の写真の総決算、此方、40年前に撮った極北の「極夜」、暗闇の村。共に長い時間の流れが写った、モノクロームのタイムカプセルだ。

中村 すごい写真集(『犬から聞いた話をしよう』 )ができましたね。見てると、いっしょに旅した時の写真もたくさんあって、共有した時間が写っているから、うれしくなっちゃった。
椎名 中村さんと同時期に、同じ判型の写真集が出るなんて、本当にうれしいね。
中村 この扉の写真、ワンサでしょう。ワンサ、今、どうしてます?
椎名 もういないんだろうな……映画の後、福島にもらわれていったんだけど、大型犬だったんだよ。あんなに小さくて、怯えてテーブルの陰から出て来なかったのにね。

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ワンサは、椎名誠監督、中村征夫撮影の映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」(1991年)に登場した子犬。保健所で殺処分される寸前に映画出演のためにもらい受けられ、その後、福島の農家で育てられた。撮影:椎名誠

寒さの話

椎名 ところで『極夜』、このタイトルと表紙で、水中写真家・中村征夫の本だって思う人は少ないんじゃないかな。これ、ずいぶん若い頃の写真でしょう?
中村 32歳の時だから40年前ですね。
椎名 俺はシオラパルクには行ったことがない。植村直己さんがいた村だから憧れてたんだけどね。アイスランドまでは行ったことがあるけど、グリーンランドの方がずっと北なんだな。でも、なんで水中の人が北極圏なんかに行ったの?
中村 フリーになって間もない頃、報知新聞から極夜の連載の撮影を依頼されて、記者と2人で行ったんです。僕にとって、初めてといってもいいドキュメンタリーの仕事でした。
椎名 よくやったよね。俺もなまじ極地の寒さを知ってるから、大変さはよくわかる。冬の極夜も、夏の白夜も体験したけど、どっちかというと、夏の方が辛かった。雪も氷もなくなっちゃうと、ツンドラがむき出しになって、水たまりができるでしょう。そこに蚊が大発生して、もう“蚊地獄”になるんだよね。飯食ってても、お椀の中に100匹ほど蚊が入ってる。いちいち取ってる暇がないから、ふりかけだと思って食ったよ。それでわかったのは、1匹の蚊に刺されて病気になることはあっても、2000匹の蚊を食っても病気にはならない(笑)。
中村 僕も蚊だけは嫌だな。家の中に1匹いるだけでも死に物狂いで探すもの。
椎名 そういう意味じゃ、寒いのは防寒具さえしっかりしてれば、なんとかなるから……といっても、レベルが違うか。シベリアでは犬橇にもよく乗ったな。ロシアのユピックで犬橇を教えてもらった。あれはつらいよね。風が来ると、どんどん体温が下がっちゃうし。
中村 ヘリコプター降りて、シオラパルクの村まで、いきなり10時間も犬橇に乗せられて走ったんです。気温はマイナス35~40度。木製の橇のむき出しの床に座ると、着ていたダウンの防寒具はぺちゃんこに潰れて、保温力が低下して、じんじんしてくる。息をすると肺の中で空気が凍る感じがして、俺、ダメかもしれない、死ぬかもしれない、って思った。
椎名 橇に乗るときに教わったのは、裸になって、まず毛皮の、毛のついてる方を内側にして着る。その上に、今度は毛を外側にした毛皮を重ねて着て、風が入らないようにしっかりと閉じる。そうしたら“人間動物化”するわけだ。これなら橇から転げ落ちても大丈夫。40年前の化学繊維じゃ、とてもかなわない。
中村 まだフリースもない時代だしね。ダウンはあったけど、その下は全部ラクダの毛の下着を何枚も重ねてました。
椎名 この女の子たち、かわいいね。ぬいぐるみみたい。

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シオラパルクの姉妹 撮影:中村征夫

中村 上着はカリブー(トナカイ)、ズボンはシロクマ、ブーツはアザラシの毛皮。今、日本で誂えたら何百万円もするでしょう。この写真が新聞に掲載されたとき、読者からプリントが欲しいって要望があったんです。当時、新聞に載った写真を欲しいって言われたのは、王貞治が世界記録のホームランを打った瞬間の写真以来なんだって。
椎名 こんなに着込んでると、おしっこが大変なんだよね。シベリアでマイナス49度を体験したことがあるんだけど、おしっこが凍るっていうんだよ。小便氷柱ができるかもって期待してたんだけど、その前にアレを引っ張り出すのが大変なんだ。厚着してるし、よく見えないし、ごつい手袋してるし。寒いからヤツも縮こまってるじゃない。やっとの思いで引っ張り出して、無事発射できたときは、うれしかったね(笑)。湯気がもうもうと立ち上るんだ。でも氷柱にはならなかった。ロシア人に聞いたら、マイナス50度超えると、地面に落ちて跳ね返った雫は凍るんだって。放射状になって凍ったのを“小便の王様”というらしい。
中村 後で聞いたんだけど、無理に飛ばそうとしないで、ヤッケ(上着)にひっかけちゃうのが正しい小便のやり方だそうですよ。するとあっという間に凍って、あとはパンパンと叩いたら、きれいに落ちちゃう。

闇中の撮影

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暗闇の中、ストロボ一発で撮影した犬橇 撮影:中村征夫

椎名 この犬橇の写真、闇の中だから、撮ってるときは見えていないんでしょう。どうやって撮ったの?
中村 全く見えません。懐中電灯も犬が嫌うから点けられない。向かって来る犬の喘ぎ声と、橇の軋む音で、今、目の前に来てるんだなと見当つけてシャッター切るんです。ストロボがどこまで届くか、心配だった。怒られながら2カット撮るのがやっとだった。
椎名 ワンチャンスだね。俺もシベリアを旅してるとき、何度もいい場面に遭遇したんだけど、焦っちゃうんだよね。あわててカメラ出して、フィルムを装填しようと思っても、寒くて手が動かなくて、パーフォレーション(フィルム上下の穴)にうまく噛み合わせられないまま撮っちゃったりした。空回りしてるから、当然、撮れてない。50回くらいシャッター切って、初めて「あれ、おかしいな」って。
中村 僕も水中写真撮ってて、何度も失敗した。あれ、傷つくよね。極地では素手で交換すると、フィルムが凍ってて、手を切ったこともある。カッターナイフみたいになってる。ストロボのコードも凍ると棒みたいになって、気をつけないとポキンと折れちゃう。
椎名 フィルムを巻き上げる時も、慎重にしないと切れちゃうんだよね。キリキリとフィルムが切れる音が恐怖だった。この時、どんな機材を使ってたの?
中村 キヤノンF1に、フィルムはコダックのトライX、ISOは400。今のデジタルカメラみたいに高感度は撮れないから、オーロラなんか全然感度が足りない。でも勉強になったな。極地の撮影なら任せて、っていう感じ。
椎名 犬橇は鞭の扱いが難しいよね。練習したけど、なかなか思ったところを打てなかった。
中村 10頭立ての橇に乗ったんだけど、サボってる犬は引き綱がたるむからすぐにわかる。すかさずピシッと鞭を当てると、キャイーンと飛び上がって必死に走り出す。
椎名 間違えて真面目に走ってるやつに鞭を当てると、ふてくされて走らなくなるんだってね。

寒さのフィルター

中村 寒い写真といえば、椎名さんのこのロシアの写真、マイナス30度って書いてあるけど、いったいどこから撮ったの?

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ロシア、マイナス30度の街角をゆく老人と犬 撮影:椎名誠

椎名 外を歩いてる時に。
中村 椎名さんはいっしょに旅してても、ほんとうによく写真を撮ってるよね。ここで撮るか? というのがよくあったよ。街中だとしても、マイナス30度っていったら、カメラ出すのも億劫になっちゃうでしょう。
椎名 カメラはいつも懐に入れてた。フィルム時代は、メイン機の他に、コンタックスT2持って行ってたんだけど、あれも鉄の塊だから、部屋に入ると結露して、まいったな。最近のデジタルは寒さにも強いよ。
中村 でも、バッテリーの消耗が激しいでしょう。
椎名 そうなんだけど、カラーで撮影すると、不思議な色になるんだよね。この写真も元々はカラー。肉眼で見えているのとは違う、なんというか、寒さのフィルターがかかっているというか。シベリアの旅は、ずいぶん勉強になった。
中村 なるほど。それにしても、よく犬を撮ってますね。この本には日本はもちろん、ロシア、アメリカ、ヨーロッパから東南アジア、パタゴニアまで、世界中の犬が登場してます。
椎名 なんで犬ばっかり撮ってるのかというと、元々少年時代から常に身近に犬がいたこともあるのかな。今なら小学生でもスマホで写真撮るけど、俺たちの時代にはもちろんカメラなんか持ってなかったから、一枚も残ってない。その隔たりの悔しさみたいなものはあるかな。それに、日本の犬はみんな繋がれてるけど、海外に行ったらそうじゃないんだよね。繋がれてるのは病気の犬だけ。モンゴルなんて、犬はペットじゃなくて狼よけだから、餌もあげない。勝手に食ってこいって。それで昼間は寝てて、夜警をやってる。あの自由な感じがいいよね。

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カリフォルニアの海岸 撮影:椎名誠

中村 そうだね。この本に出てる犬たちも、すべてが放し飼い。それにしても、この海辺の写真、犬は確かに写ってるけど、ほとんど点だよね。僕にはこういう写真は撮れない。椎名さんの写真は、全体に言えることだけど、ワイドレンズで撮っていて、広がりがある。それと、被写体までの距離感があるから、そこから時間を感じます。この独特な“間合い”みたいなものが、椎名さんの写真の味わいですね。本には撮影年代が入っていないけど、一番古いのはどれですか?
椎名 撮影時期は何十年にもわたってる。一番古いのはこの写真かな。ここに写ってる少年は、息子の岳なの。彼が小学校の6年生の頃だから、何十年前だろう、まだ作家になっていない頃の写真なんだ。

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写真集の中で一番古い1枚 岳少年と 撮影:椎名誠

中村 テーマ毎に写真が並んでいるけど、時代順になってるわけじゃないから、どれが新しいのか古いのか、一見しただけじゃわからない。つまり、ずっと同じ間合いで被写体に対峙し続けている。それもなかなか真似できることじゃありません。

名犬ガク

中村 あっ、こっちは犬のガクだ! かわいいな。

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子犬の頃のガク 撮影:椎名誠

椎名 ガクの幼少時代。耳がビーサンの鼻緒に入ってて。ちゃんと枕してるっていうのがかわいいね。
中村 僕もガクとは何度もいっしょに旅をしたな……。
椎名 ガクは野田知佑さんの旅について行って“カヌー犬”として紹介されて、とても有名になった。野田さんだけじゃなくて佐藤秀明や他の人もたくさんガクの写真撮って紹介してきたけど、俺は今までガクのこと、書いたり写真出したりしてこなかったんだ。そんなにみんなで書くことないだろうって。だからじっと見てるだけだった。でもね、いちばん苦労して面倒見てきたのは俺なんだよね。
中村 里親ですものね。この本にはガクがたくさん出てる。
椎名 実は俺もたくさん撮ってた。だから、こんなにたくさん、ガクが登場する本は初めてなんだ。
中村 ガクとの旅には、いろんな思い出があるなぁ。沖縄の座間味島でキャンプした時、大嵐になって公民館に避難したことがあったよね。あの時、全員、公民館の床の上にテント張って、地元の人たちから怪訝な目で見られたんだけど、寝ようと思ったら僕の寝袋の中にガクが先に入って寝てた。いくら起こしても出ようとしなくて、最後は「ウー」って怒っちゃって。
椎名 あいつは人語を2割くらいは理解してたね。雑種なんだけど、シェパードの血が入っていて、とても賢い犬だった。
中村 椎名さんは、猫の写真は撮らないの?
椎名 ないわけじゃないけど……たしか2枚くらいあったかな(笑)。

写真はハートで撮る

椎名 『極夜』は、デジタルで再現したって書いてあるけど、どういうこと?
中村 当時、現像した時に定着液がヘタっていたみたいで、数年経つとネガに白いドットみたいな抜けが大量に発生したの。だから、もうプリントはできないと思ってずっとお蔵入りになってたんです。デジタル技術が進んだから、ひょっとしたら修復できるかもと思ってやってみたら、うまくいったけど、半年もかかった。
椎名 わかるなぁ。俺もやっちゃったことある。撮る時に露出間違えて、現像してみたら、なんじゃこりゃって。やっぱりあきらめてたんだけど、デジタルで修復できそうだっていうので、ラボに持って行ったら、なんとかなるという。そしたら忘れていた絵柄が浮き上がってきて、「そうか、君はまだそこにいたのか」って、うれしかったな。それで写真集を一冊、作っちゃった!
中村 プロの写真家としてはひどい失敗談なので恥ずかしいんだけどね。
椎名 最近、写真賞の審査員を頼まれることが多いんだ。そしたら、俺が中村さんと親しいことを知ってる人に「中村さんはどんな機材を使ってるんですか」って聞かれることがあるんだけど、中村さん、カメラにはこだわる方ですか?
中村 新しいのが出たら飛びつくなんてことは一切ないですね。使い慣れてるのが一番。だって、いいカメラだからいい写真が撮れるわけじゃないでしょう。写真を撮るのはカメラだけど、やっぱり自分の心が撮るんじゃないかと思う。
椎名 そう、やっぱりハートだよね。
中村 椎名さんは犬の写真をたくさん撮ってるけど、僕は椎名さんの写真をいっぱい撮ってるんだよね、昔から。魚の次に椎名さんの写真が多いかも。素顔の椎名さん。写真集出せるくらい。
椎名 気がつかなかったな。じゃあ、僕が死んだら、遺影はよろしく(笑)。

(なかむら・いくお 写真家)
(しいな・まこと 作家)
波 2018年1月号より
単行本刊行時掲載

イベント/書店情報

どういう本?

タイトロジー(タイトルを読む)

シオラパルクでは、10月23日にその年最後の太陽が沈むと、4ヶ月もの間、太陽は顔をのぞかせることはない。白夜の逆、極夜がシオラパルクを漆黒の闇で包み込むのだ(本書3ページ)

メイキング

1977年の秋のことである。ほぼ1ヶ月間、シオラパルクという地球最北の村でエスキモーたちの暮らしぶりを撮影するのが私の任務であった。
(略)
 この本は、そんな〝朝がこない村〟で過ごした1ヶ月の間に私が経験した、苦しくも楽しい日々の物語を綴った〝絵本〟だ。住居、食事、トイレ、移動、犬……ただでさえ、未体験の極寒の中で、しかも来る日も来る日も太陽を見ることがない闇の世界の悲喜こもごも。
 40年も前に撮影したネガは、すっかり傷んでいたが、最新のデジタル技術で、見事に当時の撮ったままの映像を再現することができた。
 私にとって、この写真は、写真家として活動を始めたごく初期の、ドキュメンタリー写真家としての原点とも言える作品だ。
 いざ、〝朝がこない村〟へ。(本書3、5ページ)

著者プロフィール

中村征夫

ナカムラ・イクオ

1945年秋田県潟上市生まれ。19歳のとき神奈川県真鶴岬で水中写真を独学で始め、31歳でフリーランスとなる。1977年東京湾にはじめて潜り、ヘドロの海で逞しく生きる生きものに感動、以降ライフワークとして取り組む。報道の現場の経験を生かし、さまざまなメディアを通して海の魅力や海をめぐる人々の営みを伝えている。主な著書・写真集に『全・東京湾』『海中顔面博覧会』(情報センター出版局)、『海中2万7000時間の旅』(講談社)、『遙かなるグルクン』(日経ナショナルジオグラフィック社)、『海への旅』『永遠の海』(クレヴィス)など多数。第13回木村伊兵衛写真賞、第26回土門拳賞、2007年度日本写真協会年度賞など受賞。

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