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あしたの官僚

周木律/著

2,090円(税込)

発売日:2021/03/17

  • 書籍
  • 電子書籍あり

忖度一切なし。官僚の本音、すべて詰まってます。超リアルにして痛快な、新たな官僚小説の決定版!

厚生労働省キャリア技官の松瀬は、個性的過ぎる部下や同僚の尻拭いに奔走しながら、国会議員、関係省庁との板挟みに苦悶する日々を送っていた。そこに突如、新潟県で謎の公害病が発生。孤立無援のまま原因究明に追われるが、ある謀略により「忖度官僚」として国民の非難の的となり……。切実すぎる新時代の官僚小説。

目次
プロローグ
I 理想と現実
II 孤独な戦い
III 忖度官僚
IV 故郷の旧友
V 真実と裏切り
VI 決戦
VII 未満を超えて
エピローグ

書誌情報

読み仮名 アシタノカンリョウ
装幀 サイトウユウスケ/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 336ページ
ISBN 978-4-10-336993-6
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 2,090円
電子書籍 価格 2,090円
電子書籍 配信開始日 2021/03/17

書評

若手官僚の生の苦闘を体感しよう

村上貴史

 翌朝までの仕事を二十三時過ぎに依頼される。
 当然帰宅できず、段ボールでの仮眠がせいぜい。
 一方で“国民”からの長電話への対応も必要。
 他部門との仕事の奪い合い/押し付け合いもある。
 そうした業務が当たり前なのだ――官僚にとっては。
 周木律の『あしたの官僚』は、厚生労働省キャリア技官の松瀬尊という三〇歳独身男性を主人公に、官僚たちの日々を描いた長篇小説だ。総務省の接待問題や、厚生労働省官僚による多人数宴会での新型コロナ感染など、官僚に関してはネガティブな情報ばかりが伝わってくる昨今だが、本書の特徴は、若手官僚の日常が、とにかく克明に生々しく描かれている点にある。問題を起こした“高級官僚”たちの実態を暴く小説ではないので念の為。
 例えば、一行目に記した短納期の仕事について。官僚には、国会での質疑が円滑に行われるよう、質問者となる国会議員から質問内容を事前に情報収集し、答弁を行う大臣など政府側の人間に正確な回答を与えるという仕事が降ってくる。それも二日前までの事前通告という約束は守られず、前日深夜という(一般人からすると非常識な)タイミングで、だ。そして松瀬にも当然この仕事が割り当てられる。すると彼は、国会議員に連絡して「問いの内容を聴き取り」、頭を絞って「答弁を作成し」、適切な部門と連携して「内容を決裁、確定し」、最終的にそれを「大臣など答弁者に答えぶりをレクチャーする」ことになるのだ。今回のケースでは、〆切、すなわち大臣へのレクチャーが朝六時にセットされた。つまり、深夜の七時間ですべての作業を終えねばならないのである。今回は運良くソファで二時間ほど寝られたが、そうでなければ床に置いた段ボールでの仮眠か、あるいは徹夜だ。ときに議場で居眠りをしている議員もいるような国会だが、そこでのすべての論戦の背後には、こうした官僚の、ほぼ不眠の業務があることを、本書は教えてくれる。それも教科書的に淡々と伝えるのではなく、当事者の視点で、難関を突破するエンターテインメントとして語ってくれるのだ。だからこそ、その苦労がすんなりと読み手の心に入ってくる。
 そんな官僚に飛び込んでくるのが、一般人からの電話だ。本書の序盤で松瀬が受けた電話は、“国民様の指示に従うのがお前ら(松瀬たち官僚)の仕事じゃねえのか”とがなり立てる男からのもの。内容は、“隣の工事現場の音がうるさくて眠れないから対応しろ”である。環境省にも警察にも対応してもらえなかったから、国民公共保全法(公保法)を担当する松瀬の部署に電話を掛けてきたのだった。この法律は、攪乱、騒乱、暴動その他人命を脅かす危急の事態に即応するためのものであり、男の問題とは噛み合わないのだが、余所で対応を断られた彼は、“俺の不眠が、暴動以下だって言うのか!”と松瀬にクレームしてくるのである。こんな電話が、松瀬から生産的な仕事をする時間を奪っていく。ちなみに松瀬の肩書きは、「総務課公共保全専門官(併)総務第一係長(併)管理係長(併)評価課公共保全確認検査官(併)確認係長(併)指導係長(併)調査課調査係長(併)保安係長」である。要するに八つの職務を兼務しているのだ。役人を減らせ、という有権者の要望に政治家が応えた結果、松瀬の肩書きはこうなったのである。しかも、彼の上にいる面々はパワハラ系や窓際系で、一方で部下は、自分の仕事が終わればさっさと帰ってしまう。負担はより松瀬に集中してしまうのである。こうした先の見えない多忙さは、私生活にも影響を与え、松瀬の心を蝕んでいく。城山三郎の『官僚たちの夏』を読み、日本のためになる仕事をするという強い想いで官僚の職に就いた松瀬の心も、さすがに折れそうになるのだ。この精神状態の変化も、本書が備える克明さと生々しさの一つである。読者は、まさに自分自身の問題として、この官僚が経験する問題を体感することになるのだ。
 そのうえで、さすがに周木律である。メフィスト賞というミステリ関連の賞を獲得してデビューした作家だけあって、こうした国会答弁準備やクレーム電話、上司や部下を含めた人材配置といった要素が、一つの大きなストーリーのなかにきちんと織り込まれているのである。しかも、ある種の謎解き要素も備わっているし、真相の意外性もある。謀略に巻き込まれる様はスリリングだし、さらに“犯人”との対決もまた迫力十分。本書は、官僚小説として抜群に克明で生々しくありつつ、ミステリ要素を備えたエンターテインメントとして上質に仕上がっているのだ。
 多くの人に読まれるべき一冊である。

(むらかみ・たかし 書評家)
波 2021年5月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

「あしたの官僚」たちの物語

周木律

 官僚、という言葉に、人はどんなイメージを抱くだろう。
 企業から接待を受けながら政治家に忖度する極悪人? この国を背後から動かす黒幕? それとも事なかれ主義で出世し、天下りで甘い蜜を吸う不届きもの? ――はさすがに言い過ぎかもしれないが、少なくともそういう官僚が実際に存在していた(している)ことは事実であるし、だからこそ、そうしたイメージが生まれるのだろう。
 しかし一方で、実際に、一般的に官僚と呼ばれる人々≒霞が関で働く人々を知人や親類に持ち、彼らの実態をよく知っている(僕のような人間の)場合、そのイメージはかなり異なる。
 常に仕事に追われ、家族と顔を合わせる暇もないほど忙しい。体や心を病むことが多く、周囲には病気休暇中の者がそこかしこにいる。生活に困ることはないが、羽振りのいい暮らしからはほど遠い――。
 ここに、令和元年、厚生労働省の若手官僚たちが自分たちの業務や組織のありかたについて議論しまとめた「厚生労働省の業務・組織改革のための緊急提言」なるものがある。内容はウェブサイトで公表されているので、ぜひご覧いただきたいが、そこには実に衝撃的な言葉が並ぶ。
「入省して、生きながら人生の墓場に入ったとずっと思っている」「家族を犠牲にすれば、仕事はできる」「毎日終電を超えていた日は、毎日死にたいと思った」――どれも、将来は厚生労働省の幹部となるべき若い職員の言葉とは思えないほど悲惨で切実だ。提言では、20〜30代の若手職員のうち41%が「やめたいと思うことがある」と考えていることも示している。彼らがどれだけ過酷な環境で仕事をしているかは、この言葉や数字が如実に表している。
「公僕が何を甘えたことを。税金を払っている我々が雇い主なのだ。馘にならないだけありがたいと思え」――そう宣う向きもあるだろう。確かに官僚は公務員であり、国民から集めた税金から報酬を受け働いている。雇い主類似の国民は厳しい言葉を述べる権利を持って然るべきだ。だが、だからといって彼らの働き方が過酷で当然とするのは誤っている。その論理に基づけば、国民はむしろ彼らが最大のパフォーマンスを発揮して働ける環境を率先して作っていかなければならないことになる。雇い主は、働き手の労働環境を整備する義務を負うからだ。もっとも、こんな心ない言葉が投げかけられるのも、彼らがダーティなイメージのつきまとう官僚だからかもしれない。
 だから――僕は、『あしたの官僚』を書いた。
 ダーティさと過酷さの、二面性を持つ官界という舞台は、一介のミステリ書きにすぎない僕から見ても興味深く、物語にしてみたいと思わされる魅力があったからだ。
 官僚モノとしては、すでに城山三郎さんの名作『官僚たちの夏』がある。登場人物たちの言動や仕事ぶりはダイナミックで、ドラマチックで、魅力的だ。もっとも、彼らのほとんどはいわゆる「課長級」以上であって、官僚の職業人生としては終盤を迎える人々だ。国家公務員総合職試験に合格し、省庁に採用された後、ああいった華々しい仕事をするまでには、係員、係長、課長補佐として、職業人生の過半に及ぶ長い下働きの道のりがあるのが現実だ。
 ならば、フォーカスするべきは彼ら、これから行政の屋台骨を背負う明日の官僚たちではないだろうか。『あしたの官僚』の主人公・松瀬を、官僚と認められる以前の、言ってみれば明日の官僚たる若手係長としたのは、そのためだ。
 物語では、松瀬がある問題に巻き込まれ、精神的にも肉体的にも追い込まれていく。もちろんフィクションだが、ブラックな実態については、むしろそのまま、わかる限りを生々しく書いた。オビにも「これが、官僚たちのリアルだ」と載せてもらった。そこまでではないにせよ、ある程度の現状は正しく描けていると自負している。
 明日の官僚たちは、官僚としての欲望を抱き働きながらも、打ちのめされ、官僚など辞めてしまいたいと絶望する。それでも官僚という仕事への希望はいまだ心の内に灯したまま、踏みとどまる――『あしたの官僚』は、あしたの職業人の物語でもある。ぜひ、職業を問わず20〜30代の若い世代に読んでもらいたいと思っている。
 今年、内閣官房で、職員の1月の残業時間が平均122時間、最大で378時間であったことが明らかになった。一方で、新規法案の参考資料に45か所のミスがあり、そのミスを示す正誤表にも3か所の誤りが出てしまった。どうして、こんなことが起こるのか? ――その理由は、この物語を読めば、きっとわかってもらえるだろう。

(しゅうき・りつ 作家)
波 2021年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

周木律

シュウキ・リツ

某国立大学建築学科卒業。2013年、『眼球堂の殺人〜The Book〜』で第47回メフィスト賞を受賞しデビュー。本格ミステリの系譜を継ぐ才能として注目を浴び、「堂」シリーズを計7作刊行(いずれも講談社)。ほかに『災厄』(角川文庫)、『雪山の檻 ノアの方舟調査隊の殺人』(新潮文庫)、『死者の雨 モヘンジョダロの墓標』(新潮社)、『LOST 失覚探偵』(講談社タイガ)、『不死症(アンデッド)』(実業之日本社文庫)などがある。

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