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想いの軌跡

塩野七生/著

1,430円(税込)

発売日:2012/12/21

  • 書籍

塩野七生は何をどう考え、書いてきたのか――はじめて明かされる創造の流儀(スタイル)。

地中海はインターネットでは絶対にわからない。陽光を浴び、風に吹かれ、大気を胸深く吸う必要がある――。イタリアに暮らして四十余年、『ローマ人の物語』をめぐる秘話や異国から送る日本人へのメッセージ、忘れ得ぬ友人たちとの交歓。折々に綴られた単行本未収録エッセイで辿る、歴史作家の思考方法。

目次
読者に
第一章 地中海に生きる
地中海へようこそ
脚にも表情はある!
男たちのミラノ
イタリアの美
イタリアの色彩で春を装う
共産主義にどう対する? 新法王
寒い国からやって来た法王
ウォッカと猫と省エネ
非統治国家回避への道
求む、主治医先生
問わず語り
カルチョ、それは人生そのもの
塩野七生、サッカーを語る。
イタリアに住まう
イタリアを旅する
イタリアの旅、春夏秋冬
おカネについて
帰国のたびに会う銀座
宝飾品の与える愉楽について
第二章 日本人を外から見ると
日本人・このおかしなおかしな親切
おとなになること
ローマ発ノーブレス・オブリージュ宣言
祝辞
キライなこと
第三章 ローマ、わが愛
都市物語ローマ
ティベリウス帝の肖像
歴史と法律
“シルク・ロード”を西から見れば……
古代ローマと現代と
敗者の混迷
ローマの四季
第四章 忘れ得ぬ人びと
拝啓マキアヴェッリ様
高坂正堯は、なぜ衰亡を論じたのか
追悼、高坂正堯 五十歳になったらローマ史を競作する約束だった
追悼、天谷直弘 無防備な人
黒澤監督へのファン・レター
クロサワ映画に出資を求める理由
フェリーニ雑感
私が見たヴィスコンティ
信長の悪魔的な魅力
映画『カポーティ』について
第五章 仕事の周辺
偽物づくりの告白
鴎外が書き遺さなかったこと
素朴な疑問
「清貧」のすすめ
この頃、想うこと
初出一覧

書誌情報

読み仮名 オモイノキセキ
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-309636-8
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆
定価 1,430円

書評

贅沢な時間

大野英男

 三十年以上前になるが、アメリカの大学院で量子エレクトロニクス(レーザー)の講義を受けて衝撃を受けた。研究が発展する上で数式が一つ一つ生き生きとした意味を持っていることがはっきりわかる。高度だけれどもわかりやすいのだ。日本ではどうしてこのように教えなかったのか、と恨みにさえ思った。大学で半導体や磁性体の先端研究に長年携わり、自分で講義をする身にもなって後から振り返ると、その教授は研究の歴史的な流れに参加もし、精通していたのだとわかる。整理され乾いた事実の積み重ねだけではなく、ましてや書物で学んで教えるのではなく、その背後にある考え方の変遷までを踏まえていた。研究のわくわくする最前線が学問として昇華していく過程を背景に講義をしていたのだ。大学院の講義とはそもそもそういうものなのだ。
 歴史の流れを、人の営みの積み重ねとして描写した塩野七生さんの著作と出会ったときも、同質の衝撃を受けた。仕事柄、研究成果を世界各地で講演し、また長期に滞在する機会もあって、アメリカやヨーロッパの友人たちの考え方や物事のやり方に触れてきた。いろいろ言われるが、移民や人種に対して総体的にアメリカはおおらかである。と言うよりも、人種も含めた多様性こそが、画期的研究や驚くようなイノベーションを生み出す源泉である、とアプリオリに信じているところがある。この確信は一体どこから来るのかずっと気にかかっていた。塩野さんが語った歴史の流れによって、彼らの確信が、キリスト教以前の古代ローマにさかのぼることができるものであり、古代ローマがロールモデルなのだと、初めて腑に落ちた。同時にアメリカの大学院で講義を受けたときと同じような気持ちになった。考え方の流れや背景がわかる、これがそもそも歴史を知る理由だったな、と。
 となると一体どうして千年、二千年を隔てたいま、古代ローマをはじめとする歴史を生き生きと物語ることができるのか、著者はどういう人なのだろうか、ということに興味が向かざるを得ない。学者の性とも言えるし、ファンの心理と言って頂いても良い。
 東北大学医学部同窓会が主催する東日本大震災復興プロジェクトの一環として、塩野七生さんを中心とした「瓦礫と大理石:廃墟と繁栄」鼎談会が開催されることになり、声がかかった。復興は人が再び集まることであり、そのためにも瓦礫処理の迅速さが求められる、古代ローマでは自然災害で滅んだ町はなく、人々が不要だと思ったところが滅んだ、と語る塩野さんは、深い思索に支えられた明晰な発言もさることながら、なにより素敵で自由であった。
 その後、ローマで塩野さんとお会いする機会を得た。宿泊先の古いホテル、暗いロビーから見える陽光が降り注ぐ通りに塩野さんが現れた。記憶に頼る不正確さを許していただくと、一緒に近くを歩いたり、食事をしたときの話題は次のようなものだった。防衛大学校のカリキュラムに必要な科目、プロの作家として朝仕事をし一日最低何枚書くと決めている(そういえば吉本隆明もプロの詩人は一日何作と決めて毎日書くのだと書いていた気がする)、ヨットをヒッチハイクして地中海を回った、地中海を愛したのでシチリア人との結婚までした、(カラヴァッジョの絵を見ながら)才能は純良な人柄に宿るとは限らない、(ムッソリーニ時代の建築に残された壁画の前で)稚拙で古代ローマに比べるべくもないが、大きな空間を使った建築は古代ローマを想像する一助となる、さらには、在イタリアの外交官の話やイタリアや日本で会った学者、外交官、政治家、経営者、編集者の横顔から、近くのなじみの酒屋さんで白ワインを立ち飲みしながらワインについてと、話は尽きることがなかった。
 多方面にわたる話題から浮き上がるのは、気候、食べ物、風物、そして歴史も含めて塩野さんが地中海を生きているということだった。だから乾いた学問や教科書になるまえの姿を、高度だけれど流れがわかる生き生きした物語として語れるのだ。
 塩野さんが長年にわたって書かれた文章を集めた『想いの軌跡』を、イタリアの白ワインを片手に読むと、ローマに行かずとも、塩野さんとの豊かな時間を過ごすことができる。こんな贅沢はない。

(おおの・ひでお 東北大学電気通信研究所教授)
波 2013年1月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

塩野七生

シオノ・ナナミ

1937年7月7日、東京生れ。学習院大学文学部哲学科卒業後、イタリアに遊学。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくむ(2006 年に完結)。1993年、『ローマ人の物語I』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2007年、文化功労者に選ばれる。2008ー2009年、『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)を刊行。2011年、「十字軍物語」シリーズ全4冊完結。2013年、『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』(上・下)を刊行。2017年、「ギリシア人の物語」シリーズ全3巻を完結させた。

判型違い(文庫)

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