ホーム > 書籍詳細:十字軍物語3

十字軍物語3

塩野七生/著

3,740円(税込)

発売日:2011/12/09

  • 書籍

繰り返される戦争と共生、そして破綻――。塩野七生の“戦争と平和”!

獅子心王リチャードとイスラム最高の武将サラディンとの激戦。「地中海の女王」ヴェネツィアを飛躍させた第四次十字軍。謎に満ちた神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ二世の外交戦術。そして第七、第八次十字軍を率い、聖人と崇められたフランス王ルイ九世の実像……。堂々たるシリーズ完結にふさわしい「戦争論」の極致。

目次
第一章 獅子心王リチャードと、第三次十字軍
「聖都」失う/イギリス/フランス/リチャードとフィリップ/皇帝「赤ひげ」/ティロス攻防/モンフェラート侯コラード/アッコン奪還戦/サラディン、戦場に/前方の敵と後方の敵/「赤ひげ」の最期/若き二人の王/キプロス島/戦場入り/奪還成る/フランス王の帰国/「チュートン騎士団」誕生/リチャード対サラディン/対決・第一戦「アルスーフ」/闘い終わって/ヤッファ再復/「聖都」への道/厳しい現実/それでも前へ/母国からの悪い知らせ/右手には剣、左手では……/対決・第二戦「ヤッファ」/講和に向けて/サラディンのリチャード評/リチャードのその後
第二章 ヴェネツィア共和国と、第四次十字軍
秀才法王の登場/元首(ドージェ)ダンドロ/スルタン・アラディール/フランスの若き諸侯たち/「海の都」/ヴェネツィア参戦/フランスでは/集結地ヴェネツィアで/出陣/ザーラ攻略/ビザンチンの皇子/行き先変更/コンスタンティノープル攻略/「ラテン帝国」/「地中海の女王」
第三章 ローマ法王庁と、第五次十字軍
「聖地」の状況/「少年十字軍」/王たちは動かず/「法王代理」ペラーヨ/ダミエッタ/アッシジのフランチェスコ/講和の提案(一)/講和の提案(二)/第五次十字軍の終わり方
第四章 皇帝フリードリッヒと、第六次十字軍
南の島シチリア/皇帝就任/遠征にはいつ?/サラセン居留地/ナポリ大学/サレルノ医学校/イェルサレムの王に/敵との接触/法王グレゴリウス/一度目の「破門」/二度目の「破門」/出発/アッコン到着/接触再開/テル・アヴィヴとガザの間で/講和締結/反対の渦の中で/「聖都」訪問/教会とモスクと/「キリストの敵」/帰国/「平和の接吻」
第五章 フランス王ルイと、第七次十字軍
理想の君主/華々しき出陣/エジプト上陸/強気の進軍/マンスーラの惨劇/撤退/未曾有の敗北/第七次十字軍の「成果」
第六章 最後の半世紀
モンゴルの脅威/モンゴル対マメルーク/聖王ルイと、第八次十字軍/海港都市アッコン/「キリスト教徒の最後の一人まで、地中海に突き落としてやる」/的(まと)はしぼられた/アッコンの攻防/最後の日
第七章 十字軍後遺症
「ロードス騎士団」を経て「マルタ騎士団」に/聖堂(テンプル)騎士団の最後/「アヴィニョン捕囚」/イタリアの経済人たち/聖地巡礼/結び
年表
参考文献 図版出典一覧

書誌情報

読み仮名 ジュウジグンモノガタリ3
発行形態 書籍
判型 A5判変型
頁数 512ページ
ISBN 978-4-10-309635-1
C-CODE 0322
ジャンル ノンフィクション、世界史
定価 3,740円

書評

はじめに十字軍ありき

野口悠紀雄

 十字軍遠征が人類史上稀に見る集団的愚行であったことは、非キリスト教徒の目には明白である。聖地奪還というのだが、「私が信じる宗教の発祥地は私のもの」という論理はあまりに身勝手で、呆れる他はない。百歩譲ってこの論理を認めても、多大の犠牲を払って遠征を行なう合理的理由を見出せないのである。「こんな訳の分からぬ話はない」と、ずっと思っていた。
『十字軍物語』も、遠征の理由探しから始まる。ビザンチンからの救援要請を奇貨としたローマ法王の企みは、分からなくもない。しかし、参加した諸侯は、一体全体何が目的だったのか。「巡礼者が邪魔されていたため、信仰心の篤い諸侯が立ち上がった」というのなら、分かる。しかしそうではなかった。領地獲得という経済的動機もなかった。費用は自分持ちだし、領地への後顧の憂いもあったはずだ。コンスタンチノープルに着けば、邪魔はされるし、忠誠は要求される。「それでもやるのか」と、謎は深まるばかりだ。
 で、何が何だかさっぱり分からないまま、第一次十字軍はオリエントの地に攻め入った。そして、十字架とともに快進撃を続け、ついにイェルサレムを奪還。神が与え給うたエネルギーのすごさには、驚くばかり。
 第二次十字軍には、フランス王妃エレオノール(アリエノール・ダキテーヌ)がいる。彼女は、夫ルイ七世に同行したというより、自分で軍を編成し、夫を焚き附けたのだ。『冬のライオン』では、「裸同然の姿で乗り込んだので、兵士たちは喜んだ」と自ら語っている。彼女はトロイのヘレン並みの美人だったろうと、私は何の根拠もなしに空想している(本書がその可能性に言及していないのは、大変残念)。
 十字軍全史のクライマックスは、イスラムにサラディンが登場し、ライに侵された一三歳の少年王ボードワンが十字軍国家防衛のために超人的な努力をするあたりから始まる。
 そしていよいよ、「花の」第三次十字軍がヨーロッパを発ち、リチャード獅子心王とサラディンの激突が始まる。著者も力が入るが、読むほうも大いに力が入る。どこが一番いいかと問われれば、まだ少年だったアル・カミール(後のイスラムの盟主)がリチャードによって「騎士にされちゃった」場面だろう。イスラムを巻き込んでの騎士道物語だ。
 全編を通じて著者は、「ダメ男」と「スゴイ男」を明確に対置する。無能男が指導者の椅子に座れば、その周りに無責任男や、甘い汁を吸おうとする者どもが群がる。しかし、他方では、聡明で使命感に燃えた人物が現われる。人望厚く、離散していた人々を固く結束させ、戦場では相手の出方を的確に読んで味方を勝利に導く。拍手大喝采!
 指導者に求められる資質は何か? 傑出した能力だけでなく、「あの人になら従いて行く」という人間的魅力が必要だ、と著者は指摘する。そのとおりだ(私は大蔵省というヤクザ組織にいたことがあるので、このことが本当によく分かる)。このところ日本の政治指導者に凡庸な人しかいないのは、イタリアからでもお分かりでしょうが、塩野先生。人材枯渇は政治の世界だけではない。どの組織にも、ジャーナリストにも学者にも、「普通の人」しかいなくなってしまったのですよ。サラディン様やリチャード様には及びもないが、せめてボードワンやイベリン級は出てこないのか? 嗚呼!
 もっとも、十字軍も最後はダメ男だらけになった。ルイ九世の、聞くだけでゲンナリする無残な敗けいくさで、十字軍の歴史は幕を閉じた。
 こうして、蛮勇に始まり愚挙に終わった十字軍だが、いったい何をヨーロッパに残したのか? ギボンは、「十字軍にかけたエネルギーを他に向けたら、ヨーロッパはもっと発展していただろう」と言う。当然至極の意見だ。しかし、私は百パーセントは賛成できない。
 まず何よりも、十字軍は、強い魔力を放射し、多くの英雄物語を生んだ。キリスト教徒にとって「十字軍」という言葉がいかに魔術的魅力に満ちていたかは、クラシックバレエの名作「ライモンダ」を見れば分かる。主人公ジャン・ド・ブリエンヌが雄々しく出征する様を婚約者ライモンダが見守る場面は、何度見ても(DVDで、ですが)涙が出る。ところが、塩野女史によれば、この男は「どうにも冴えない」老人で(何たる幻滅!)、彼が率いた第五次十字軍は「御当地十字軍」と呼ばれてしまう始末(あんまりだ!)。それが史実だったとしても(史実なのだろうが)、人々はそれには目をつぶり、凜々しいヒーローを想像するのである。
  いや、バレエだけではない。十字軍は、イタリア海洋都市ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサに空前の繁栄をもたらした。これが本書の強調する点だ。海上力とは、輸送力だけでなく軍事力でもあった。いまで言えば、産軍複合体である。リチャードの行軍が都市国家艦隊との共同作戦だったことを、本書で初めて知った。十字軍を「支えた」というよりは、「利用した」というべきだろう。都市国家が戦争で蓄積した富が、ルネッサンスを生みだしたのである。
 ところで、これらの「逆命題」は真だろうか? 私は、つぎの仮説を提起したい。すなわち、仮に十字軍がなかったとしたら、海洋都市国家は発展しえなかった。また、仮にこれらの経済的繁栄がなかったら、ルネッサンスはなかった。
 さらに進んで、つぎの(大胆すぎる)仮説はどうだろう? ポルトガルとスペインによる大航海は、イタリア都市国家の衰退をもたらすことになるのだが、仮にそれらの都市がなかったら、胡椒貿易もなく、したがって大航海もなかった。
 以上の仮説がすべて正しければ、十字軍の蛮勇と熱狂こそが(そして、それのみが)、現代まで続くヨーロッパの世界支配の源だということになる! 「遠征を合理的に説明できるかどうか」などは、どうでもよいことなのだ。
「十字軍がヨーロッパにもたらしたのは、アンズだけだ」と言う研究者がいる。とんでもない。十字軍はヨーロッパにルネッサンスと新大陸をもたらしたのだ。ツヴァイクは、名作『マゼラン』を、「はじめに胡椒ありき」と書き起こした。しかし、胡椒が始まりではなかった。その前に十字軍があったのだ。だから、大航海の歴史は、「はじめに十字軍ありき」と書き直さなければならない。
 こうした仮説を、専門の歴史家は取り上げない。現実でなかったことを仮定しても、論文にならないからだ。大学のチェア獲得のためには、「沃野にあって枯草を食わなければ」(空想でなく論文を書かなければ)ならない。上のような勝手な想像ができるのは、キリスト教徒でなく専門の歴史研究者でもない者の特権である。塩野氏はその一人だと明言しているが、もちろん私も特権享受者である。本書に刺激されて、久々に世界史的空想の羽根を広げることが出来た。

(のぐち・ゆきお 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問家)
波 2012年1月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

塩野七生

シオノ・ナナミ

1937年7月7日、東京生れ。学習院大学文学部哲学科卒業後、イタリアに遊学。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくむ(2006 年に完結)。1993年、『ローマ人の物語I』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2007年、文化功労者に選ばれる。2008ー2009年、『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)を刊行。2011年、「十字軍物語」シリーズ全4冊完結。2013年、『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』(上・下)を刊行。2017年、「ギリシア人の物語」シリーズ全3巻を完結させた。

関連書籍

判型違い(文庫)

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

塩野七生
登録
世界史
登録

書籍の分類