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大江健三郎 作家自身を語る

大江健三郎/著 、尾崎真理子/聞き手・構成

1,980円(税込)

発売日:2007/05/31

  • 書籍

なぜ大江作品には翻訳詩が重要な役割を果たすのでしょう? 女性が主人公の未発表探偵小説は現存するのですか?――世紀を越え、常に時代の先頭に立つ小説家が、創作秘話、恋愛観、フェミニズム、自爆テロ、同時代作家との友情と闘いなど、半世紀に及ぶ作家人生と時代の考察を一年をかけて語り尽くした、対話による“自伝”!

目次
第1章
 詩
 初めての小説作品
 卒業論文


作家生活五十年を目前にして
子供時代に発見した言葉の世界
伊丹十三との出会い
小説家を志す
渡辺一夫先生との交流
第2章
 「奇妙な仕事」
 初期短篇
 『叫び声』
 『ヒロシマ・ノート』
 『個人的な体験』


芥川賞受賞のころ
小説はこのように書き始める
「戦後派」への畏れと違和感
「安保批判の会」「若い日本の会」
「セヴンティーン」を読んだ三島由紀夫の手紙
一九六三年 長男・光誕生
『個人的な体験』刊行当時の評
第3章
 『万延元年のフットボール』
 『みずから我が涙をぬぐいたまう日』
 『洪水はわが魂に及び』
 『同時代ゲーム』
 『M/Tと森のフシギの物語』


故郷の中学校にて
一九六〇年の安保闘争
『同時代ゲーム』をいま読み返す
メキシコ滞在時の刺激
『洪水はわが魂に及び』を文壇はどう受け止めたか
『M/Tと森のフシギの物語』のリアリティー
第4章
 『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』
 『人生の親戚』
 『静かな生活』
 『治療塔』
 『新しい人よ眼ざめよ』

女性が主役となった八〇年代
『新しい人よ眼ざめよ』とウィリアム・ブレイク
『静かな生活』の家庭像
父という存在
第5章
 『懐かしい年への手紙』
 『燃えあがる緑の木』三部作
 『宙返り』


一九八七年 分水嶺となった年
詩の引用と翻訳をめぐる考察
祈りと文学
主題が出来事を予知する
第6章
 「おかしな二人組(スゥード・カップル)」三部作
 『二百年の子供』


ノーベル文学賞受賞の夜
長江古義人という語り手
『二百年の子供』のファンタジー
どこからがフィクションか
聖性と静かさ
自爆テロについて
若い小説家たちへ
大江健三郎、106の質問に立ち向かう
あとがき

書誌情報

読み仮名 オオエケンザブロウサッカジシンヲカタル
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 324ページ
ISBN 978-4-10-303618-0
C-CODE 0095
ジャンル 文学賞受賞作家、ノンフィクション
定価 1,980円

書評

波 2007年6月号より 大江山脈をすがすがしく見晴らせば  大江健三郎『大江健三郎 作家自身を語る』

沼野充義

 東大新聞に掲載された短編「奇妙な仕事」を平野謙に激賞され、大江健三郎が東大在学中から学生作家として華々しい活躍を始めたのが、一九五七年のことだった。そのときから数えて、今年でいよいよ作家生活五〇周年を迎える。
 五〇年間、現役作家として書き続けるのは並大抵のことではない。三島由紀夫はそもそも四五歳で死んでしまった。あれだけ巨大な長編群を残したドストエフスキーでさえ、作家としての活動期間は三五年でしかない。いまや大江健三郎の全著作は、巨大な山脈のようにそびえたっていて、初心者はいったいどこから登山道を見つけたらいいのかわからず、途方に暮れるのではないだろうか。私自身も最近、おそらく大江山脈の最大の難所の一つである『同時代ゲーム』をそのロシア語訳と対照しながら再読するという機会があり、その構想力と日本語の文体の達成度の高さに改めて驚嘆するとともに、このような作品を正確に外国語に訳した翻訳家の労苦を想像せざるを得なかった(翻訳自体はソ連時代のものだけに、時代の制約を受けている面があるのはやむをえないことだが)。
 今回出版された『大江健三郎 作家自身を語る』は、読売新聞文化部の文芸担当記者として長年活躍してきた尾崎真理子さんが、長時間にわたって大江氏にインタビューした内容を構成してできた本だが、まさに大江山脈への理想的なガイドブックになっていると言えるだろう。四国の村での生い立ちから、最新の長編『さようなら、私の本よ!』にいたるまで、大江氏みずからが生涯と作品を語ったこの本を読むと、人を寄せ付けないごつごつした急峻な山に苦労して登ったというよりは、なだらかな丘の上に立ち、広大な景色を見晴らすようなすがすがしさが感じられる。
 大江健三郎が自分の生涯と作品について、ここまで率直に語ったのはおそらく初めてではないだろうか。これまでにもすでに『私という小説家の作り方』(新潮文庫)という一種の自伝があるけれども、これは比較的小さな本であり、しかも中心になっているのは読書体験であって、実生活のディテールは乏しかった。もちろん、小説を読むには小説のテキストに専念すればいいのであって、作家の私生活など知る必要はない、という考え方にも一理はある。しかし、大江氏の場合、ある時期から、私生活の事実とフィクションが複雑に絡みあい、作家自身でさえも「小説に書いたことと現実の区別ができな」くなるほどの様相を呈し、それが日本の伝統的な私小説とはラディカルに異なる大江文学の世界を形成してきたのであって、読者はしばしば、「いったいどこまで本当で、どこからフィクションなのか?」という疑問に悩まされることになった。
 今回の本には、そういった読者の関心に応える様々な話題が詰まっている。学生時代に親友、伊丹十三を面白がらせるために書いたという未公開のまま散逸した「探偵小説」、長男との共生、丸いメガネを愛用する理由、恋愛観、作品中の詩の引用とその翻訳について、サイードを初めとする世界の文化人との交友。いずれも読者にとっては、大江健三郎という人物像に光をあてる内容ばかりである。巻末に収められた一〇六の質問に対する回答もまたじつに楽しい。
 しかし、大江文学を本当に楽しむためには、おそらく、こういった「知識」をいったん脇に置いて、テキストそのものに向かいあわなければならないだろう。そのためにも、この本は非常に優れた入門書になっている。というのは、聞き手が大江氏の作品を年代順に追いながら、舌をまくほど的確な引用を次々に繰り出しているので、読者はそういった引用を読み進むことによって、大江作品の「感触」を(ほんのさわりだけにしても)味わうことができるからだ。私はこの本を読み進むうちに、尾崎真理子さんその人も、ひょっとしたら大江文学に現われる聡明で、優しく、強い女性の登場人物の一人ではないのだろうか、という感じにとらわれた。



(ぬまの・みつよし ロシア・ポーランド文学者)

著者プロフィール

大江健三郎

オオエ・ケンザブロウ

(1935-2023)1935(昭和10)年、愛媛県生れ。東京大学文学部仏文科卒業。在学中に「奇妙な仕事」で注目され、1958年「飼育」で芥川賞を受賞。1994(平成6)年ノーベル文学賞受賞。主な作品に『個人的な体験』『万延元年のフットボール』『洪水はわが魂に及び』『懐かしい年への手紙』『「燃えあがる緑の木」三部作』『「おかしな二人組(スゥード・カップル)」三部作』『水死』『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』などがある。

尾崎真理子

オザキ・マリコ

1959(昭和34)年宮崎生れ。青山学院大学文学部卒業後、読売新聞社に入社。1992(平成4)年から文化部記者として文芸を担当する。東京本社文化部長を経て編集委員。著書に『現代日本の小説』、『大江健三郎 作家自身を語る』(大江氏との共著)、『詩人なんて呼ばれて』(谷川俊太郎氏と共著)など。2015(平成27)年『ひみつの王国 評伝 石井桃子』で芸術選奨文部科学大臣賞、新田次郎文学賞、同作品を含む執筆活動により2016年度日本記者クラブ賞を受賞。

判型違い(文庫)

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