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大地〔四〕

パール・バック/著 、新居格/訳 、中野好夫/補訳

825円(税込)

発売日:1954/03/29

  • 文庫

新時代は、孫をやり直させた。大地に根ざして生きる人々の流転の人生を描く感動の大長編、完結!【激動の三世代を描く大河ドラマ】

六年間の孤独なアメリカ留学生活を終え、故国に帰った王淵(ワンユァン)はひとりの女性と再会する。義母が自堕落な自分の娘・愛蘭(アイラン)のかわりに引き取って育てた孤児の美齢(メイリン)は、医学を志す美しい女性になっていた。美齢の自立した進歩的な考えに引かれ、淵はしだいに美齢を愛するようになるのだが――。激動の時代に翻弄されつつも、力強く生きる男女の姿を壮大なスケールで描く、大河小説の名作。

書誌情報

読み仮名 ダイチ04
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 400ページ
ISBN 978-4-10-209904-9
C-CODE 0197
整理番号 ハ-6-4
ジャンル 文芸作品
定価 825円

書評

テキストは絶対ではない

堀井憲一郎

 新潮文庫はえらいんである。
 私の中ではそういうことになっている。特に欧米の文学がたくさん読めるところがえらい。なかでも長い小説がえらい。
 若いころは読めなかったけど、ある程度の年齢になると長い小説も読みきれるようになった。もし十七歳の自分にそのことを告げたら驚いて腰をぬかして馬鹿になっちゃいそうだけどそのころはもともとかなり馬鹿だから心配しなくていい。
 昔はすぐに跳ね返された。『魔の山』では山に登らず、『誰がために鐘は鳴る』では鐘も見えず、『アンナ・カレーニナ』はアンナにさえも出会っていない。アンナ、クリスマスキャンドルの火は燃えているんだろうか。違います。いろいろ混ざってしかも間違っています。では、パリは燃えているのか。燃えてません。落ち着きなさい。
 長い本が読めるようになったのは、たぶん、自分でも何冊か本を出したからだ。
 テキストは絶対ではない、作者にさえ制御しきれてない部分がある、早い話が、あとで自分で読んで、なんだこりゃ、誰が書いたんだ、とおもえるようなものがおもしろいのだと悟った。細かいところは気にせず読むようにした。わからなかったり、想像できなくても、かまわず読み進める。ぐいぐいと読む。それでいいと割り切った。
 そうなると、小説は長ければ長いほどおもしろい。

チャールズ・ディケンズ『デイヴィッド・コパフィールド(一)』

 お薦めは『デイヴィッド・コパフィールド』4巻、『レ・ミゼラブル』5巻、『大地』4巻。あわせて新潮文庫で私の好きな13冊だ。
 ディケンズは「おもしろい小説を書く人」として頭抜けている。
『デイヴィッド・コパフィールド』はめちゃめちゃおもしろい。ディケンズの自伝的小説らしいが、たぶん嘘いっぱいの自伝である。それでいい。楽しい嘘をつけるのは偉大なる才能だからだ。
『レ・ミゼラブル』もめちゃめちゃおもしろい。ジャンバルジャンは逃げる。ジャベールが追う。コゼットが愛らしい。そういう展開だ。
 でも、この小説のすごいところは作者のユゴーが物語と関係なくどんどん出てきて、ひたすら自説を説くところにある。「ワーテルローの戦い」「修道院」「浮浪児について」「七月革命」「隠語」「暴動」「パリの下水道」など、ストーリーとはまったく関係なくユゴー翁が自説を説きまくる。ほぼ、酒席での上司の無駄話である。ダイジェスト訳では、このへんはばっさり切られる。でもそれはなんか違うんである。
 無駄を省くと、たぶん、人生は貧しくなる。

ユゴー『レ・ミゼラブル〔一〕』

『レ・ミゼラブル』はジャンバルジャンの生涯を追っただけでは、その作品の半分しか読んでないとおもう。ユゴー翁の無駄話に付き合ってこその「噫、無情」なのだ。
 パール・バック『大地』は知ってはいたがまったく手にさえしたことのない小説だった。それを「長い小説が読みたい」という心持ちで読み始めたら、はまりこんでしまった。めちゃめちゃおもしろい。
 作者名とタイトルから、欧米のどこかの土地を汗水たらして耕す実直な人の話だと勝手におもっていたのだが、全然ちがってたまげた。

パール・バック『大地〔一〕』

 中国ものだった。劇的な中国のお話。清朝末期から新時代への中国を舞台に、波瀾万丈捲土重来一石二鳥焼肉定食な中国の男たちの物語だった。これ、めちゃめちゃおもろいやつやーん、それやったら早く言ってよー、といいながらすっと読んじゃった。

 残る長いのは『風と共に去りぬ』くらいかとおもって、先週からうかうかと読み始めたら、これもめっちゃおもしろい。予想もしてない世界が展開して驚いてる。
 昔の名作は、想像していたのとまったく違っていることが多く、それは想像が悪いというのもあるが、作品の持ってる「とっても身近に感じさせる力」がすごいからだとおもう。
 古いのに、いまだに新潮文庫で売られてる小説はすべて力を秘めた作品たちである。新潮文庫で売られている昔の小説を読むといいとおもう。私はまだまだ読むぞ。

(ほりい・けんいちろう=京都生まれ。調査するコラムニスト。主な著書に『若者殺しの時代』『落語の国からのぞいてみれば』『東京ディズニーリゾート便利帖』等)
波 2020年7月号より

著者プロフィール

パール・バック

Buck,Sydenstricker,Pearl

(1892-1973)米国ウェスト・バージニア州に生れる。宣教師の両親と共に幼くして中国に渡り、そこで育つ。高等教育を受けるため一時期帰国したのち再び中国にとどまり、中国民衆の生活を題材にした小説を書き始める。代表作『大地』(1931)でピューリッツァー賞を受賞、1938年に米国の女性作家としては初めてノーベル文学賞を受賞した。

新居格

ニイ・イタル

(1888-1951)評論家、社会運動家。徳島県生れ。東京帝大政治学科卒。新聞記者から文筆業に入り、左翼系新聞、雑誌に評論を多数発表。戦後は杉並区長、日本ユネスコ協会理事などを務めた。

中野好夫

ナカノ・ヨシオ

(1903-1985)愛媛県松山市生れ。英文学者・評論家・翻訳家。東大英文科卒。シェイクスピアやモーム、スウィフト等の名訳で知られる。

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