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最後のひと葉―O・ヘンリー傑作選II―

O・ヘンリー/著 、小川高義/訳

572円(税込)

発売日:2015/10/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

ユーモアと温かみと少しの毒。ニューヨークの悲喜劇を描き続けた作家の名作短篇を新訳。

「あれが最後ね。てっきり夜中に落ちるんだろうと思った。風の音がしてたから。きょうには落ちるでしょうね。そのときに、あたしも死ぬわ」老画家が命がけで彼女に贈った希望とは。表題作のほか、「感謝祭の二人の紳士」「芝居は人生だ」「金のかかる恋人」など、O・ヘンリーの名作短篇14篇を新訳。ニューヨーカーたちの魂をふるわせ、優しく暖め、温かく笑わせた選り抜きの物語たち。

目次
最後のひと葉
騎士の道
金銭の神、恋の天使
ブラックジャックの契約人
芝居は人生だ
心と手
高らかな響き
ピミエンタのパンケーキ
探偵探知機
ユーモリストの告白
感謝祭の二人の紳士
ある都市のレポート
金のかかる恋人
更生の再生
訳者あとがき

書誌情報

読み仮名 サイゴノヒトハオーヘンリーケッサクセン02
シリーズ名 Star Classics 名作新訳コレクション
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-207205-9
C-CODE 0197
整理番号 オ-2-5
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 572円
電子書籍 価格 539円
電子書籍 配信開始日 2016/04/29

書評

RockとBookに首ったけ

佐橋佳幸

 小学校高学年の担任だった恩師O先生は、日曜日に自宅に僕らを招いて息子さんとスケボーで遊ばせたり(ナウい!)職員室でギターを爪弾いたり、学級文庫にこっそりつげ義春の漫画を並べたりするような、素敵な先生でした。ある時、先生に「サハシ、こんなの読んでみたら?」と勧められたのがO・ヘンリー『最後のひと葉』でした(当時は『最後の一葉』だったかも)。
 ルパンやホームズなどの“定番”を除けば、これが“邦訳された洋書”の初体験でした。洋楽に夢中になっていた僕にとってまさにタイムリー! しかも病床にて生死を彷徨うアーティストのストーリー。それまで読んできた謎を解決するようなお話ではなく、かつて体験したことのない複雑な感慨を抱きました。
 当時チャートを賑わしていた、ジェイムス・テイラーやキャロル・キングを代表とする、ディラン以降のシンガーソングライターたちの作品と同様の内省的な作風が心情にフィットしたのかもしれません。

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 学生時代を経て、現在のような音楽界の裏方のお仕事をさせていただくようになってからも、読書熱は冷めやらず。
 そんなある日、友人に勧められて観た映画「ガープの世界」に衝撃を受け、すぐに書店で原作を手に入れ、久々に“邦訳された洋書”と対峙しました。「こりゃすごい!」と、そのままアーヴィングの作品を貪り読みすっかり大ファンに。堕胎を扱った『サイダーハウス・ルール』や『ホテル・ニューハンプシャー』然り、WeirdというかStrangeというか……決してまともとは言えない登場人物たちが、予測不可能なストーリーを繰り広げていく“アーヴィング節”には、いつもスリルとスピード感が溢れていて、スリーコードとグルーヴが信条の創成期のロックンロールが、その後知性をそなえて成長していく様と重ね合わせてみたりもします。チャック・ベリーあってのスティーリー・ダンみたいな。

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 1990年代後半のある日、佐野元春さんのHobo King Bandの一員として、日々ご一緒させていただいたときのこと。ツアーのリハーサル中、佐野さんが「じゃあ次は『ブルーの見解』っていう曲をやってみたいんだけど、まずは『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』というアルバムの音源を聴いてみてくれるかな?」と言われました。「一応当時使ってた譜面もあるけど、そういうタイプの曲じゃないんで、歌詞カードのテキストを見てもらった方がいいかな」。スタジオでプレイバックされたその曲は、ジェイムス・ブラウン・マナーのファンクグルーヴの上で、佐野さんがラップというか、ケルアック・マナーのポエトリー・リーディングをするというものでした。あまりにも衝撃的だったので、「佐野さん、この曲には元になったストーリーがあるんですか?」と質問したら、「サハシくん。ポール・オースター読んでみて。きっと気にいるから」と答えが返ってきて、すぐに書店でチェックしてみたところ、『幽霊たち』からインスパイアされたのだと気付きました。
 この出来事を機に、ポール・オースターの全作品を読破することになり、かつての“翻訳書アレルギー”は、どっかに吹っ飛んでしまいました。オースターの作品は実際に体験したことを、日記を読み上げるような独白体で表現していますが、常にクールだし、虚無感のデパートのような救いのない読後感が、読者のM感をくすぐるのでしょう。初期のトム・ウェイツの作品やルー・リードの作品が持つ、ビートニックの新しいカタチと似た印象を受けました。アーヴィングの作品同様、小説とは思えないほど視覚的なので、一本の映画を観終わったかのような感覚を得られるのですね。二人とも映画界との関わりが多いのがうなずける気がします。

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 この三冊を選んでみて思ったことは、僕が心惹かれる本と音楽には、ポップでキッチュな色彩と強靭なグルーヴ感という共通項がある、ということ。ミュージシャンといえども、日々の暮らしをガラリと変えてくれるような出来事にはそうそう遭遇しませんが、こうして振り返ってみると、音楽や映画や小説との出会いが、僕の人生の節目節目でエナジーを与えてくれていることだけは確かなようです。

(さはし・よしゆき ギタリスト)
波 2021年7月号より

名作は何で出来ている?

倉本さおり

 名作と呼ばれるものはたいてい、すぐれた骨格を持っている。幼い私たちはその立派な、すこしカビ臭い骨の標本こそが物語の姿なのだと思い込み、各々のガラスケースにとりあえずしまっておく。やがて背丈が伸びるにつれ目に映るものが変わり、苦かったりしょっぱかったりする出来事の数々が胸の内側をひたひたに満たす。そうやってケースなど丸ごと押し流してしまう頃になって、ふいに驚嘆することになるのだ。その物語が、いつのまにか肉を伴って生きていたことに。
 〈「最後の一枚が落ちたら、あたしも終わりね」〉。
 病床の窓から見える蔦の葉を数えながら死を待つ娘を勇気づけるため、老画家が仕掛けた一世一代の大勝負。O・ヘンリーの名前を知らない人でも、「最後のひと葉」の話ならなんとなく知っているはず。けれど、ほれぼれするほど肌理のこまかい訳文の力を借りつつ、改めて「小説」として読み直してみれば、これまで取りこぼしてきた細部に思いがけないほどの示唆が詰まっていたことに気づかされる。たとえば会話。生きる気力を失っているジョンジーをどうにか前向きにさせるべく、医者が彼女のパートナーであるスーに「気になる男でもいないのか」と尋ねる場面がある。スーはすっとんきょうな声を出したあとに狼狽し、こんなふうに答えるのだ。〈「男?」「男なんてものは――あ、いえ、先生、そういうことはありません」〉。以前ひどい目に遭わされたことでもあるのか、あるいは最初から「男」を拒絶した生き方をしているのか。いずれにせよ、彼女の鋭敏な反応からは何通りもの意味や関係性を読み取ることができる。すると、偏屈なくせに彼女たちにだけは何かと目をかけてやろうとする隣人・ベアマンの心情も、社会的な問題を抱き込んだ複雑な厚みを備えて浮かび上がってくる。加えて色彩。レンガに張りついた蔦の葉に象徴されるように、おしなべて晩秋の深い色合いに染まった世界のなか、じつは二つの「青」がはっとするほどの鮮やかさで対比されていることに気づく。その明瞭なコントラストによってあぶり出されるのは「理想と現実」のあり方だけでない。
 実際、この短篇集のなかには対照的な価値観を持った人間がたくさん登場する。「金銭の神、恋の天使」では、すがすがしいほどの成金おやじ(!)と、愛こそすべてだと信じる妹が、恋に悩める若者のため各々のやり方で手を差し伸べる。「感謝祭の二人の紳士」では与える者と与えられる者、双方の強烈な使命感がもたらすトホホな顛末があたたかい筆致で描き出され、「金のかかる恋人」では世間知らずなお坊ちゃまとしたたかで現代的なヒロインの生活感覚の食い違いがユーモラスな結末を連れてくる。だが最も大切なポイントは、どの価値観もけっして否定されないということ。役割を担った登場人物たちを待ち受けるのは、単純な悲劇でもハッピーエンドでもない。彼らが生きている場所は、一元的な教訓話の埒外にある。そこには「フィクションと人生」のあるべき関係に対する、O・ヘンリーの力強いメッセージが込められているのだろう。
 さて、男女三人の古典的なドタバタ恋愛劇を見事な塩梅で描写してみせた「芝居は人生だ」の中に、こんな発言が出てくる。〈舞台はみんな世界で、役者だって人間なんだ。人生があって芝居になる。シェークスピアとは逆のことを言わせてもらうぜ〉。これは語り手自身が言及しているとおり、「お気に召すまま」に登場する一節――世界はみんな舞台で、すべての男女はその役者にすぎない、という内容の主旨をあえてひっくり返した主張になっている。ちなみに原題は“The Thing’s The Play”。これまたハムレット王子の有名な台詞、“The play’s the thing” の語順をきれいにひっくり返した形だ。
 人生があって、芝居になる。すなわち、現実があるからこそフィクションに味わいが生まれる――その考え方は、「ある都市のレポート」に登場する魅力的な文筆家の言葉ともそっくり重なっている。退屈な風景が延々と続く平凡な町に住む彼女は、その退屈さと平凡さゆえに身を持ち崩した夫に手足をもがれ、代わりに想像の翼を広げているのだ。
 ここに収められた作品が読み返すたびに新しい姿で語りかけてくるのは、そのつど現実を生きてきた私たちの胸の内側に新しい溶媒が満たされているからなのだろう。ただただしょっぱい思い出も、舌がひん曲がるくらい苦い経験も、この名作と向き合っている間は千両役者の声音で私たちを読書の愉楽へと誘ってくれる。

(くらもと・さおり ライター)
波 2015年11月号より

著者プロフィール

(1862-1910)アメリカ生れ。乱脈経営だった銀行の出納係を退職後、横領罪で告訴され真相不明のまま服役。獄中で小説を書き始める。出獄後は短編の名手としてニューヨークで活躍。「最後のひと葉」「賢者の贈りもの」「いそがしいブローカーのロマンス」「二十年後」など、十年間で約二百八十の短編を著した。

小川高義

オガワ・タカヨシ

1956年横浜生れ。東大大学院修士課程修了。翻訳家。『緋文字』(ホーソーン)、『老人と海』(ヘミングウェイ)、『ねじの回転』(ジェイムズ)、『変わったタイプ』(トム・ハンクス)、『ここから世界が始まる トルーマン・カポーティ初期短篇集』(カポーティ)など訳書多数。著書に『翻訳の秘密』がある。

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