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スティグマータ

近藤史恵/著

737円(税込)

発売日:2019/01/29

  • 文庫
  • 電子書籍あり

ドーピングで墜ちた元王者がツールに戻ってきた! 「サクリファイス」シリーズ第四弾。

あの男が戻ってきた。三度の優勝を誇ったもののドーピングで全てを失った、ドミトリー・メネンコが。ざわめきの中、ツール・ド・フランスが開幕。墜ちた英雄を含む集団が動き始める。メネンコの真意。選手を狙う影。密約。暗雲を切り裂くように白石誓(ちかう)は力を込めペダルを踏む。彼は若きエースを勝利に導くことができるのか。ゴールまで一気に駆け抜ける興奮と感動の長篇エンタテインメント。

書誌情報

読み仮名 スティグマータ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 AP/カバー写真、アフロ/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 416ページ
ISBN 978-4-10-131265-1
C-CODE 0193
整理番号 こ-49-5
ジャンル 文芸作品
定価 737円
電子書籍 価格 737円
電子書籍 配信開始日 2019/07/19

インタビュー/対談/エッセイ

選手たちの持つ悲哀と色気

近藤史恵

――シリーズ待望の最新刊は、『サクリファイス』『エデン』のその後の物語でもあり、ツール・ド・フランスという世界最高の自転車レースを舞台にしたサスペンスでもあり……これまでのファンはもちろん、初めて触れる方にも楽しんでもらえる作品ですよね。
 白石誓こと「チカ」が主人公の長編という意味では、二作の続編にあたりますね。『エデン』の後に『サヴァイヴ』『キアズマ』の二作がありますが、前者は外伝的な短編、後者は大学自転車部の話。
 前作の『キアズマ』は、読者の方から「このシリーズで初めてロードレースの世界に触れた」という嬉しい声をたくさんいただいたので、そういう方たちに向けて、主人公自身も何も知らない状態からこの世界に入っていく、という設定で書いてみようと思ったのがきっかけでした。
 でもやっぱり、ドラマとして面白いのは、ツールだったり、プロの世界。さらにいえば、チカは年齢的に、そろそろ選手としては下り坂に差し掛かってきます。その悲哀みたいなものを書いてみたいというのもありました。
――二十代の終わりにして下り坂……。プロスポーツの世界は厳しいですね。
 肉体的なピークはとうに過ぎていますからね。三十代が見えた時点で、今後のことも考えていかなければいけない。
 今回は、国内で活躍していたチカのかつての同僚、伊庭も、ツールを走ります。これも、選手としての終わりを見据えた時どうしたいか、という問いに、「ヨーロッパに出ていきたい」と、私の中の伊庭が答えた結果です(笑)。それなら彼にもツールを走らせよう、そうしたらチカの方も触発されて、また違った感情が湧いてくるかなと。ツールを走る唯一の日本人という立場が揺らいで、居場所を奪われるような苛立ちとか、嫉妬とか……。
――シリーズ全体に言えることですが、いわゆる「スポ根」的な青春小説とは一線を画した物語です。
 諦めとか、人生の苦さというものを含んだスポーツ小説を書きたいと思っています。チームのエースであるニコラも、『エデン』ではキラキラしたキャラクターとして書いたので、だからこそ今回は、うまくいかなくなった時の葛藤を書きたかった。
 ロードレースに限らずスポーツ全般で言えることですが、出てきた時には「驚くべき才能」と絶賛された選手が、どこかで突然、思うようにならなくなり、苦しい状況に追い込まれることがありますよね。それは傍観者としてみれば、すごく深みがあるというか、色気のある状態でもあると思うんです。
――作中の表現でいえば、選手のもつ「物語」に引き寄せられるというか……。
 人は皆、自分勝手な物語を描きながら生きていると思うんですよね。誰しもが自分にとって都合のいい物語をつくることで、いろいろな物事を処理している。
 でも、それは決して悪いことばかりではなくて、物語があれば、しんどい状況でも切り抜けられたり、しんどいこと自体に気付かないまま、そこに没頭してやり過ごしたりもできる。それが、物語というものの持つ効用だと思うんです。
――他のキャラクターもそれぞれに魅力的ですが、人物造形はどのように?
 特に年表などをつくっているわけではなく、書いているうちに、自然とその人の歴史ができあがってくる感じです。
 今回は、ドーピングの発覚により一度姿を消したけれど再びツールに復活する、メネンコという人物が出てきますが、彼などはロードレース好きの方が見れば、「あの選手がモデルかも」と思われるかもしれません。実際は特定の人物がモデルというわけではなく、何人かの事例を組み合わせたうえで、「今、あの人が戻ってきたら、どうなるんだろう」という思考実験のような側面があるのですが。
――近年、ロードレースにおける日本人選手の活躍は益々目覚ましいですよね。
 彼らのさらなる飛躍を期待する気持ちと共に、小説は常にその一歩先をいっていなければいけない、という思いもあります。かといって、絶対起こりえないことを書いてもつまらないです。日本人選手初のステージ優勝とかも、現実になる前に書きたい気持ちはあるのですが。とりあえず、チカが引退するまでは筆を置けないと思っています。
 特殊な世界のようですが、彼らの直面する悩みや問題は、ある意味では私たちと変わりません。彼らの物語をご自分の物語に引き寄せて、読んでいただけたら嬉しいです。

(こんどう・ふみえ 作家)
波 2016年7月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

近藤史恵

コンドウ・フミエ

1969(昭和44)年大阪府生れ。1993(平成5)年『凍える島』で鮎川哲也賞を受賞し、作家デビュー。2008年『サクリファイス』で大藪春彦賞を受賞。ほかに『ときどき旅に出るカフェ』『インフルエンス』『震える教室』『わたしの本の空白は』、「ビストロ・パ・マル」シリーズ、「清掃人探偵・キリコ」シリーズ、「猿若町捕物帳」シリーズなど、著書多数。

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