ホーム > 書籍詳細:お家さん〔下〕

お家さん〔下〕

玉岡かおる/著

825円(税込)

発売日:2010/08/30

  • 文庫
  • 電子書籍あり

なお語り継がれる日本流商いの王道。男たちを育て支え続けた女。心震える波乱の一代記!

台湾への進出が成功、さらに戦争特需の波に押され、一隻の小舟から世界に冠たる巨艦となった鈴木商店。しかし戦後不況という時代の潮に揺さぶられ、やがて関東大震災がもたらす未曾有の衝撃が、その船体を歴史のはざまへと沈めてゆく──そんな困難の中でも、彼らが最後まで捨てられなかった、商売人としての哲学と希望は何だったのか。幻の商社の短くも太い航跡、感動の完結編。

  • 舞台化
    お家さん(2019年5月公演)
  • 舞台化
    兵庫県立ピッコロ劇団第48回公演/ピッコロシアタープロデュース『お家さん』(2014年2月公演)
目次
第四章 地平
第五章 紅炎
エピローグ
あとがき
解説 吉崎達彦

書誌情報

読み仮名 オイエサン2
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 480ページ
ISBN 978-4-10-129618-0
C-CODE 0193
整理番号 た-51-8
ジャンル 文芸作品
定価 825円
電子書籍 価格 737円
電子書籍 配信開始日 2016/09/30

書評

「マンボウ調」にあこがれて

吉崎達彦

 子供の頃、富山市の清明堂書店で新潮文庫の長い書棚を見て、どこから攻めたらよいのか、と思案したものである。
 最初の一歩は星新一であった。SF小説から推理小説、そして歴史小説へ。それから海外文学も。今までに何冊の新潮文庫を読んだか見当もつかない。「3冊選べ」とはかなり酷なご注文である。
 大学時代に嵌まった倉橋由美子作品などは、その多くが絶版になっていよう。なにしろジェフリー・アーチャーでさえ危ういそうなので。コナン・ドイルシェイクスピアはさすがに安全圏で、アルベール・カミュも健在だが、ジャン=ポール・サルトルは風前の灯であるらしい。
 風雪に堪えて現存する3000点の中から何を選ぶべきか。まずは、自分にとって重要な作家から始めるべきだろう。

北杜夫『どくとるマンボウ航海記』

(1)『どくとるマンボウ航海記』(北杜夫
 1960年のベストセラーである。若き医師が、水産庁のマグロ調査船の船医になって、世界各国を見て歩く、という設定が既に時代ものである。
 最初の寄港地シンガポールは、今では日本以上に進んだ都市国家であるが、本書の中ではのどかな途上国であり、日本軍による占領の残滓があった。60年前の世界と日本人はこんな感じであったのだ。
 しかし文章のリズムは今も新鮮で、韜晦と含羞の名調子である。マンボウものは『青春記』『昆虫記』などのシリーズとなり、今も多くのファンに愛され続けている。
 筆者もまた、「マンボウ調」の文章にあこがれた。今から約20年前、「溜池通信」というホームページを作ったときに、マンボウに似せて「かんべえ」というハンドルネームを作った。今も誰かに「かんべえ節ですね」などと言われると、秘かに嬉しくなってしまうのである。

司馬遼太郎『項羽と劉邦』

(2)『項羽と劉邦』(司馬遼太郎
 司馬遼太郎の主要長編は、ドラマ化されるたびに脚光を浴びる。その点、中国を舞台とした本作は盲点となっているのではないだろうか。
 漢楚の興亡の物語である。偉大なるダメ男・劉邦は、一代の英傑・項羽に敗れ続ける。両者を取り巻く張良や韓信、陳平や范増など脇役陣も魅力的だ。膨大な人物像を語りつつ、「古代中国の戦争とは、兵士に飯を食わせることだった」とさらりと喝破してしまう。司馬流史観の面目躍如である。
 項羽と劉邦の力関係は、最後の最後に逆転する。司馬遷の『史記』にある通り、「虞や、虞や、なんじ奈何いかんせん」というドラマに至る。もともとは「司馬遷を望んで遼かなり」というペンネームであったそうだが、ここで両者は混然一体となる。
 書庫で埃をかぶっていた上中下巻を開いたら、あれよあれよという間に最後まで読み返してしまった。こんなに満ち足りた時間を与えてくれるのだから、文庫本とはつくづくありがたい存在である。

玉岡かおる『お家さん』

(3)『お家さん』(玉岡かおる)
 最後の1冊は、ささやかながら自分が関係した新潮文庫のご紹介。
 大正から昭和初期にかけて、日本一となった商社、鈴木商店の物語である。神戸の洋糖輸入商だった鈴木商店は、女主人・鈴木よねと大番頭・金子直吉の下で世界に雄飛する。よねは直吉に全権を託し、直吉はよねのために全力を尽くす。台湾進出に成功し、多くの企業を誕生させる。他方、急成長の余波もあり、「コメを買い占める悪徳商社」と言われなき誹りを受け、本店を焼き討ちされたりもする。最後は関東大震災のあおりを受けて倒産するのだが、不思議と後味は悪くない。よねの一人称のやわらかい関西弁のせいもあるのだろうか。著者の玉岡かおるは兵庫県出身。女性経営者の大河小説を、多く世に送り出している。
 この鈴木商店の末裔が、今日の双日の一部となっている。筆者のように1980年代までに日商岩井に入社した世代は、ご先祖様に「お家さん」と呼ばれる女性オーナーが居たことを記憶している。その家庭的でエネルギッシュな社風の名残りとともに。
 そのご縁で本書の解説を書かせていただいた。筆者が思い描いていた鈴木商店の歴史とは畢竟、男の視点によるものであったことを思い知らされた。あの当時、『坂の上の雲』を仰ぎ見ていたのは、男たちだけではなかったのである。

(よしざき・たつひこ=双日総合研究所チーフエコノミスト)
波 2020年11月号より

著者プロフィール

玉岡かおる

タマオカ・カオル

1956(昭和31)年、兵庫県生れ。神戸女学院大学文学部卒。1987年、『夢食い魚のブルー・グッドバイ』で神戸文学賞を受賞し、作家デビュー。2009(平成21)年、『お家さん』で織田作之助賞、2022(令和4)年、『帆神』で新田次郎文学賞、舟橋聖一文学賞を受賞。主な著書に、『蒼のなかに』『天涯の船』『タカラジェンヌの太平洋戦争』『銀のみち一条』『自分道』『負けんとき』『虹、つどうべし』『ひこばえに咲く』『天平の女帝 孝謙称徳』『花になるらん』『われ去りしとも美は朽ちず』『春いちばん』など。

関連書籍

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

玉岡かおる
登録
文芸作品
登録

書籍の分類